アイツが最強なのを、私だけが知ってる
柊咲
第一章 勘違いを現実に
第1話 私は、俺は、そう思っている
「──ルクス、このパーティーを抜けてくれないか?」
──私は知っている。
ルクス=フィレンツェが本当は強いのに、弱いフリをしていることを。
「な、なんでだよ?」
だけど他の皆はそれを知らないし、信じない。
アイツの事を『無能』だとか『外れ七光り』だと罵る。
──それは、ルクスが本気を出さないからだ。
何をもったいぶってるのかは知らない。だけどルクスが──アイツが強いのは血筋から証明されてる。
「君の血筋を見込んでパーティーに入れたんたが……悪いね、君はただの無能だったみたいなんだ」
「む、無能、だと!?」
剣王と呼ばれ、崩壊寸前だったフィレンツェ王国を偉大な一大国家まで築き上げた英雄──エレオス=フィレンツェを父に持ち。
誰もが羨む魔術の才能、そして強力な魔術を使用できるだけのマナを保有する大賢者──リオネ=フィレンツェを母に持つアイツが、そこら辺の雑魚達に劣るはずがない。
「じゃあ、今回の訓練で君が、何の役に立ったのかを教えてくれないか?」
「そ、それは……」
ルクスは頭をかきながら、視線をキョロキョロとさせてる。
ルクスが今日した手助けといえば、ゲレーテの街で購入した一本、ユグシル銀貨二枚の安物の剣を持って戦ったことくらいか。
だけど安物の剣は、すぐに折れてしまった。
武器が安物だったから仕方ない。
結果を見ればそうなんだけど、皆は信じない。
それを言ったら、大抵の奴らは言い訳だって捉えてルクスを馬鹿にする。
それをアイツは知ってるから、言い訳だって取られるような事は絶対に言わない。
「お、俺は……お前達の援護をしようと思って、だな……。その……ポーションの調合をして、傷を癒やそうと思ったんだ」
言い訳ではなく手助けをしたことを口にしたルクス。
だけどその言葉が、リーダーを更に頭を抱えさせる。
「……なんだそれ。回復ならエレナがいる。ポーションで回復できない箇所まで回復できる《
「ぐっ……」
エレナ=ティンベルとは私のこと。
そして、私は皆の傷を一瞬で回復させることのできる加護を持ってる。
だからパーティーの回復は私一人で十分。ルクスがしたと言ったことは、更に自分の役立たずさを暴露してしまう結果になった。
「悪いが僕らは、
「外れ……ッ! ああ、わかったよ! 抜けてやる、後で後悔すんなよっ!」
……ハァ。また怒って走り去っちゃった。
「英雄と大賢者の息子がパーティーに入ってくれた時は手放しで喜んだのにな……。やっぱり噂通りの無能か。さっ、僕達は先を急ごうか」
リーダーは長いため息をつくと、そのまま回れ右して、天高く伸びる一本の大樹──
その後をメンバーが付き従う。それはこのパーティーのメンバーである私も。
だけど、
「ごめん、私ちょっと用事を思い出したから」
私は怒って逃げ出したアイツの背中を追う。
「ちょ、エレナ!? 用事って何だい!? 僕達と一緒にその用事を──」
「ごめん、あんたらじゃ無理だから!」
私はルクスの後を追って走る。
背中からリーダーが呼んでるけど、それも無視をする。
あのリーダー、あまり好感持てるタイプじゃないし、これ以上返事したら、しつこそうだもの。
そして追いかけてる最中、昔の記憶を思い出した。
『いいかい、エレナ。この世は愛よりもお金が全てなの。あんたは将来有望な男を見つけて玉の輿を狙うのよ?』
わかってるよ、おばあちゃん。
貧民街育ちの私。
あの街を出てから三ヶ月が経った。
もう、あんな生活には戻りたくない……。
だから私には、強くて将来有望な、人生のパートナーが必要だ。
そんな時、偉大な両親の子供であるルクスと知り合った。
世界中の者に与えられる神の力──
それは遺伝だと言われていて、両親の加護が強力だと、その子供も、必然的に強力な加護を持って生まれるって言われてる。
だからこの世界で裕福な生活をしてる王族や貴族、それに世界樹で活躍してる
だからルクスは、本気を出さないから『無能』とか『外れ七光り』とか馬鹿にされてるけど、これは間違ってる。
──絶対に、ルクスは将来有望な男になる。
顔は、まあ、中の中くらいだけど、それでも悪くはない。
身長は一七〇くらいで、私よりちょっと高いくらい。適当に伸ばされた黒髪とか、透き通るほど綺麗なブルーの瞳とか……まあ、少しはカッコいい部分もあると思う。
周りの連中がアイツを馬鹿にして相手にしないから、ライバルも少なくて助かる。
数え切れないほどの恩は売ってきた。
後は返してもらうだけ。
ルクスは……まだ涙を拭いながら走ってる。
口は達者なくせに打たれ弱いのよね、アイツ。
そして今日もまた、私とアイツはパーティーを出ていく。
だけどいつか、絶対に私はアイツが秘密にしている強さを暴いて、世界の中心にある遥か彼方まで伸びる世界樹の最上階まで到達してみせる。
誰も到達したことのない、雲の上の世界で──。
「何不自由ない──悠々自適な玉の輿ライフを迎えてやるんだから!』
♢
クソ……。
クソクソ。
「クソがっ!」
俺は仲間達から逃げるように走った。
いや、元仲間達か。
……まあ、それはどうでもいいや。
てか、俺が何をしたっていうんだ。
俺だって必死に頑張ったじゃないか。
「ちくしょうが……」
パーティーに加わる前はあんなに喜んで迎え入れてくれたのに、いざ実力がわかるとこれだ。
まるで役立たずを見るような目で、俺の事を嘲笑う。
「まあ、事実なんだけどさ……」
足を止めて空を見上げる。
綺麗な青空に鳥が飛んでいる。
三羽が連なってる、きっと家族だろう。
前を飛ぶのが父さんと母さんで、後ろを飛ぶのが子供かな。
あの鳥は両親から飛び方を教わって、ちゃんと飛べてるから優秀だ。
「俺とは違って」
父さんと母さんは偉大な存在だ。誰もが認めるほどの。
そして俺は、そんな偉大な両親から生まれ、両親から戦う為の指導を受けて育った。
……なのに、遺伝というのは俺に冷たかった。
両親が凄い人だからって、子供が必ずしも凄い存在になるとは限らない。
だから普通なら、俺は両親と同じ加護、もしくは、二人の良い部分を受け継ぐはずだった。
父さんの《
母さんの《
そのどちらか、あるいは、どちらも受け継ぐはずだった。
なのに俺は……両親とは全く異なる加護を与えられた。
■
世界樹に生息するモンスターとアイテムを調合し、武器や消耗品といった別のアイテムを生成することができる。
生成されたアイテムは、調合したモンスターによって異なり、生まれるアイテムは無限大。
■アイテム袋
どんな大きさのモンスターでも飲み込み、それと一緒に武器や消耗品、この世界のあらゆるアイテムを入れると、全く別のアイテムに変えてくれる魔法の袋。
小さな茶袋だが、一度でも調合したアイテムは自由に出し入れできる優れもので、持ち運びに便利。
俺だけが使える力。
だけど一人じゃあ、最下級のゴブリンすら倒せない。
だから俺には、この加護の強さがわからないし、使えない。
エレナのような一瞬で仲間の傷を癒やす力も。
父さんのような一瞬で敵を葬る力も。
母さんの破壊力のある魔術も。
俺には何もない。
「世界樹に行ければな……」
加護を使えない俺がいつもしてることと言えば、何の強化もされていない武器で突進して、仲間に邪魔がられることくらい。
「外れ七光りか……」
クソッ。完璧なネーミングセンスじゃねぇか。
「なんで最強の戦闘職である両親の息子が、支援に特化した加護なんだよ……」
三ヶ月前、両親に強くなったと胸を張りたいと思い国を飛び出し、そのまま世界樹を攻略する探索者になる事を決めた。
だけど世界樹には、人間を軽々と殺すほど強力なモンスターが沢山生息していて、強者でないと足を踏み入れることすら許可されない。
……自分に才能が無いのは理解している。
世界樹にしかモンスターはいない。
俺の加護は、今のままでは無いに等しい。
だからこの戦えない力を持って、一人で行動することを諦め、誰か強い者に付いて行く事を決めた。
カッコ悪くてもいい。
俺は両親の名前を出して、パーティーに入れてくれる強い仲間を探した。
恥ずかしくても。
男らしくなくても。
……なんだっていい。
世界樹に入ることさえできれば、俺の加護である調合師が効果を発揮できるかもしれないモンスターが、うじゃうじゃと生息してる。
弱いけど、そこまで行けば、もしかしたら成り上がれる可能性はある──そう思った。
だけどだ。
最初は両親の名前を訊いて喜んで仲間にしてくれる奴らも、世界樹攻略の前段階である、探索者のライセンス取得の試験で、ほとんどの奴が俺の無能さに気が付いて、俺をパーティーメンバーから外した。
指を指して罵倒する者。
周囲に聞こえるほど大きな声で笑う者。
……関係ない両親の悪口を言ってくる者までいた。
悔しかった。
めちゃくちゃ悔しかった。
だけど、そこで落ち込んでも仕方ない。
わかってたことだ。こうなること。こうされることを。
だから才能が無くても、俺は必死に努力をしてきた。
どうしたら立派な探索者になれるか。
どうしたら両親に偉大な姿を見せられるか。
それだけを必死に考えてきた。
なのに──誰も俺という一個人を見てはくれなかった。
一度でも偉大な両親の息子である事を知った奴らは、期待外れな無能さを知って、皆が皆、俺を馬鹿にした。
別に力の無い加護の奴なんて、そこら辺にうじゃうじゃいる。
だけど両親が偉大な俺は、そこら辺の奴よりも、もっと馬鹿にしてきた。
外れ七光り。外れ加護。無能。役立たず。
そんな罵倒の言葉を何度も浴びせられた。
もう、何回言われたかとか覚えてない。ただ、めっちゃ言われてたのを覚えてる。
直接的にも──間接的にも。
努力は誰よりもしてきたのに、無駄だったのかもしれない。
『才能』と『遺伝』と『両親』という、この三つの言葉が邪魔して、俺の居場所を奪った。
「やっぱもう、探索者を辞めようかな」
どっかの村で細々と生計を立てれば、なんとか生きていけるかもしれない。
俺にだってプライドはある。だけどもう、プライドなんてものは消えかけてた。
──惨めな思いをするのは、もう辞めたい。
それに、これ以上、尊敬する両親の顔に泥は塗りたくない。
両親も、足掻くのを辞めてくれた方が喜ぶかもしれない。
だけど、
「……あんた、足遅いから簡単に追いつけるわね」
俺をちゃんと見てくれる人が、一人だけいた。
「エレナか、また付いてきたのか?」
コイツだけは、何があっても付いてきてくれる。
俺のことを、両親と切り離して接してくれる。
──ちょっと刺々しい性格だけど、凄くいい奴だ。
「まあね。別にあんたが心配ってわけじゃないんだけど、ちゃんと恩は返してもらわないと、と思ってね」
腕を組んで顔をぷいって背ける。
エレナは、まあ、めちゃくちゃツンツンちゃんだ。
「いつも言ってるが、その恩ってのはなんだ?」
「あんたを何度も助けた見返りとして、前に言ってたでしょ? 『いつかお前に、世界樹の最上階をプレゼントしてやる』って」
「……言ったな」
「そっ。だから早くプレゼントしなさいよ」
「いや、まだその時じゃない」
「どの時よ」
俺の勘だが、エレナは俺の事が好きだ。
じゃなかったら、無能で役立たずの俺なんかに付いて来てくれるわけがない。
だから俺はエレナに、遠回しだが言った。
世界樹の最上階は誰も到達したことのない未開拓の地で、色々な噂がある。
雲上の絶景が見える世界だとか、沢山の黄金が眠っているだとか。
噂でしかない世界が、世界樹の最上階にはある。
そんな誰にも到達できなかった場所に到達することができたら、俺は自分に自信が持てると思った。
自分は強くなったんだって。自分は偉大な両親に少しでも近付けたんだって。
だから俺は、
『最上階に到達したら、ずっと好きでいてくれるお前に俺が強い男だと証明できる。そしたら一緒になろう』
って意味も込めて、俺とエレナが出会った頃、遠回しのプロポーズをした……。
まあ、自分でも恥ずかしい言葉だ。
これで勘違いだったら、もう生きていけない。
だけど俺がエレナに惚れたのは確かだ。
皆が俺を馬鹿にする中、出会ってからずっと、エレナは俺を──フィレンツェ国王の一人息子のルクスではなく、一個人のルクス=フィレンツェとして見てくれた。
それが嬉しくて、俺はエレナにすぐ惚れた。
「えっとだな……」
返答に悩む俺。
するとエレナは、組んでいた右手を俺に差し出す。
「……んっ。早く頂戴よ」
「いや、そんなすぐには無理で──」
「もう、わかってるわよ。私だって本気ですぐに頂戴なんて言わないわ。ただ、あんたが忘れてないか心配になっただけよ」
「忘れるわけないだろ。俺から言ったんだからな」
「だったら、なるべく早くしてよね。……その、私だって、ずっと待ってられないからさ」
──催促されてる。
早く一緒になりたいから、そう言ってるのだろうか。
やっぱり、自分の勘は正しかった。
エレナは俺が好きで、俺と一緒になりたかったんだ。
「そうだったのか……。まあ、その、あまり催促されると……困るんだ。俺にだって心の準備とかがあるからさ」
「あんたに何の準備が必要だって言うのよ」
とエレナは難しそうな顔をしてから、
「──まさか、今は何か理由があって本気を出せないとかなの!?」
と目を丸くして驚きだした。
ん?
本気?
何のことだ?
少し俺は考える。
まさか……!
コイツは生半可なプロポーズではなく、本気のプロポーズを期待していたのか。
その本気のプロポーズが、世界樹の最上階を攻略してすることか。
……だが待てよ。すぐに世界樹の最上階をプレゼントすることなんてできない。そんなことできる力があれば、今日だってパーティーから外されていない。
そもそも──まだ世界樹に踏み入れてすらいない。
いつか、まあ、いつかプレゼントしたいな……くらいの軽い気持ちで言った言葉だしな。
だけどそれをここで言ったら、コイツに愛想つかれるかもしれない。
俺は腰に手を当て、大嘘を堂々と言い放つ。
「ああ、まだ理由があって本気は出せないんだ」
「……やっぱり。私の考えは間違ってなかったわね。それで、いつになったら本気を出せるのよ」
なんだ、今日のエレナは随分と積極的だな。
いつもは冷たい視線を浴びせてくるくせに。
いつになったら本気を出せるか? か……。
そうだな、
「俺が、ここって決めた時だな」
その時に告白しよう。
世界樹の最上階をプレゼントできなくても、きっと、エレナは喜んでくれるだろう。
照れくさそうに言う俺。
そしてエレナは、恥ずかしがることなく顎に手を付けて、
「ここって時ね……命の危険が及んだ時か、世界樹のエリアボスと戦う時ってことね」
なんかブツブツ言ってる。
そして何度か頷く。
「うん。わかったわ。アンタがそう言うなら、私はその時を楽しみに待ってるわ」
楽しみに待ってるか……。
本当に、コイツは俺の事が好きなんだな。
まあ、ツンツンしていて愛想ない時もあるけど、たまに見せる笑顔が堪らない。
薄いオレンジ色の髪を腰まで伸ばして、目つきは少しきつめに見えるが、くっきりとした鼻筋と小さな桜色の唇が、きつめの印象よりも、大人の女性っぽく見せる。
誰が見ても、めちゃくちゃ美人で、同じ20才とは思えない。
こんな美人に好かれてる俺は、かなり幸せ者だと思う。
だから俺は、少し恥ずかしいがエレナにお礼をする。
「まあ、なんだ……いつもいつも、お前の気持ちはすっげぇ嬉しいよ」
「……はっ? あんた何を──」
俺は手を前に出して、恥ずかしがっているであろう彼女の言葉を止めた。
「いい、いいんだ。もう俺には伝わってるから……」
お前の気持ちはギリギリまで訊かないでいよう。
それの方が、お互いに話しやすいだろ?
「さっ、エレナ。早いとこどっかの街に向かおうぜ?」
「ちょ、なんでアンタが仕切ってんのよ! 本気出さないと弱っちぃくせに」
「ん、なんだって?」
「別に」
エレナは俺の近くまで走ってくる。
ふっ、可愛い奴だな、本当に。
そして俺は、雲を突き抜けて伸びる世界樹の頂上を見上げる──。
『いつか世界樹を完全攻略できるほど強くなって──エレナに想いを伝えるんだ!』
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