第2話 楽しみの一つ

 商業都市フェゼール。

 ここで探索者になる為の第一歩、ライセンス試験を受けようとしていた。



「えっと……申し訳ありません。お二人では、探索者のライセンスを取得する試験をオススメしていないんです」



 だが、受付のお姉さんは困り顔をする。



「でも、受けれるんですよね?」


「もちろんです。受けることは可能ですし、お二人で試験官を倒せばライセンスの発行もできます」


「二人で、ですか……」



 ライセンス試験は元探索者の試験官と模擬戦をして、勝利すればライセンス発行となる。


 基本的に相手は一人、こちらは四人。


 普通に考えれば簡単な試験だけど、この試験官、優しさとか全くなくて、今まで三〇戦ぐらいしてきたけど全く勝てる気がしなかった。

 試験官曰わく『引退した試験官に勝てないようでは犬死にするだけだ』ということ。確かに、世界樹ユグドラシルに足を踏み入れて帰ってこない者は大勢いて、世界樹の中で命を落とした者は沢山いると、父さんも母さんも言っていた。

 だけどそれは、世界樹の中で居着いたとも言われてる。



「本当に自信がないかぎり、勝利するのは厳しいかと思いますよ?」



 一度も勝てなかった相手に俺とエレナの二人でとか、無理だよな。



「無理ね。あんたが本気出さないと」


「うっ、そ、そうだな」



 いつも本気を出してるんですけど……。

 とツッコミを入れたかったが、それは止めておこう。



「少し、考えます」



 ショボショボと歩き出す俺。

 その後ろをエレナが付いてきてくれるが、辺りをキョロキョロしていた。



「どうした?」


「いいえ、なんか慣れちゃったなって。陰で笑われるの」


「ああ、それか」



 ここに入った時から出て行くまで、周囲の者からずっと笑われてる。

 決して真っ正面からではない。

 椅子に座ってる者。壁に背中を付けてる者。

 俺の事を知っている奴は笑いのネタとして、俺の事を知らない奴に教える。そうして広まった笑いは、全方向から溢れる。



「エレナは、嫌じゃないのか?」


「最初は嫌だったわ。だけど慣れた、かな? というより、構ったとこで無駄だって理解したのよ」


「まあ、そうかもしれないな」


「言いたい奴は言わせておきなさい。言っている奴らだって大したレベルの連中じゃないのよ、どうせ。そんな奴ら相手にしてたらめんどうでしょ」


「なんか、メンタル強いよな」


「あんたが弱いだけでしょ。……というより」



 目を細めて毒を吐きそうな顔をされた。



「笑われてるのは私じゃなくて、あんただけだからね?」


「うっ!」



 グサリと背中に何かが刺さった。

 痛い。痛いけど言い返せない。当たってるから。


 わざとらしく胸を押さえてる俺を置いて、エレナは前へと歩く。



「それで、どうするのよ? この周りから馬鹿にされてる状況じゃ、試験を一緒に受けてくれる人はいないわよ」


「だな。どうするかな……」



 俺達はニタニタとした笑いを無視して、ライセンス試験受付所を出ていく。


 外はすっかり暗くなっていた。

 朱色を主体とした、レンガの家屋にレンガの道。

 家屋の前には簡易ライトの電灯が幾つもあり、夜ご飯の時間ということもあって、威勢のいい声を張り上げたおっちゃんとおばちゃんが運営してる屋台からは、離れていても美味しそうな匂いが届いてくる。



「まあ、決めるのは明日でもいいんじゃないかしら? 夜に仲間集めは疲れるだけだもの」


「そうだな。じゃあ、今日は宿屋に泊まるとするか」


「んっ」



 とエレナは俺に向かって手を出す。

 ニコニコと、悪い笑みを浮かべながら。



「……お手か?」


「あんたはいつから犬になったのよ」


「じゃあ、この手はなんだよ?」


「あら、毎回言わないと理解できない?」



 言いたいことはわかる。

 この姿を毎日のように見てるから。



「俺もかなり厳しいんだが……?」


「そう。私はもっと厳しいわね」



 いや、その腰に硬貨入れてる茶袋が見えてるんだが?

 パンパンに膨らんで、めちゃくちゃ金持ちに見えるんだが?



「……俺より、持ってるよな?」


「──いつも、パーティーメンバーの勧誘は、誰がしてるか知ってる?」


「いや、その」


「──あんたを馬鹿にしてる奴らを黙らせてるのが、誰か知ってる?」


「……えっと」


「危険な目にあったらすぐ回復してるのは、誰か知ってる?」



 その言葉を受けて、すぐに硬貨を入れた袋を手に取った。



「……幾ら必要なんだ?」


「私も鬼じゃないわ。ルクスの少ない財産で泊まれる、一番安い宿屋でいいわ」



 優しい!

 人から金を巻き上げてるくせに、少し優しさを見せやがる。

 いつもこの手法を使ってくるんだ。そして俺は、その優しさを断って見栄を張ってしまう。



「き、気にすんなよ。エレナを安くてボロい宿屋に泊めるわけには──」


「そう。じゃあ、あの宿屋の代金をもらおうかしら」



 指差したのは中級宿屋。

 ユグシル金貨一枚という、かなり高価な宿屋で、夜食と朝食が付いていて部屋も豪華。

 風呂なんかは、他の宿屋とは比べものにならないほど大きい。


 驚くほどの飛び級。

 銀貨三枚が、金貨一枚の損失に変わった。


 だが自分から言ったことだ。

 なぜ見栄を張ったのか、なぜいつも同じ過ちをするのか。

 こうなった自分の謎なプライドを恨みながら、俺は金貨一枚をエレナに渡す。



「あれ、あんたは?」


「えっ、ああ……俺はちょっと呑んでこようかなって」



 この街には美味しいお酒があるし。

 すると、エレナは「ふぅん」と相槌を打って、



「じゃあ、あんたのも予約しとくから」


「えっ、いいのか?」


「別にそれぐらいいいわよ。あんたのお金だし」



 まあ、そうだよな。

 俺は合計ユグシル金貨二枚をエレナに渡すと、電灯に照らされたオレンジ色の長髪を、クルリと靡かせ回れ右をする。



「あまり遅くまで呑むんじゃないわよ? あんたがお酒好きなのは知ってるけど、めちゃくちゃ弱いんだからさ」


「ああ、うん。エレナも行かないか?」


「パスよ。宿屋に向かって故郷に手紙とか書いたりしたいから。じゃあね」



 手をひらひらとさせるエレナは宿屋へと歩く。


 故郷か。

 まだエレナの故郷の話を訊いてないな。

 いつも訊いたら、誤魔化したり嫌な顔するから。



「まっ、話したくなったら話してくれるだろ」



 俺だって故郷の話はエレナにしない。

 お互いに隠してるわけではないんだけど、あまり話題にはしたくない。一回だけ話題にしたことがあるけど、大して盛り上がらなかったか。



「さてさて、早く酒屋へ向かうかな」



 俺はすぐ側にある酒屋へと向かった。



「いらっしゃいませー!」



 もうすっかり外は暗くなっていて、歩く人は減った。だけど明るい店内は騒がしかった。

 ウエイトレスの女性達は店内を駆け回り、客達は楽しそうに酒の入った木樽を煽っている。


 俺も適当な場所に座る。

 いつも決まって端の席。もう、なんだか体が他人を避けるように染み付いてしまった。



「ご注文はどうしますか?」



 ウェイトレスの女性の作り笑いが嬉しく感じる。



麦酒ビールを一つ下さい。それと、この辺の料理をお願いします」


「かしこまりー」



 ウェイトレスは勢いよく立ち去る。

 一人残された俺。背中からは笑い声が聞こえる。

 俺を笑ってる? と思うのは、俺が普段から笑われてるからだろう。


 エレナじゃないけど、なんだか少し慣れてきた。



「あれ、フィレンツェ王国のお坊ちゃまじゃないですか?」



 いや、やっぱり慣れないし嫌だ。



「なになに、フィレンツェ王国のお坊ちゃまは一人で呑んでるんですか?」


「俺達と一緒に呑もうぜ?」



 絡まれた奴らへ振り返る。

 どちらも探索者を目指してる感じの風貌で、ガチガチに固められた鎧の大男と、細身の魔術師らしきネズミ顔の男。



「すまないが、今日は一人で呑みたいんだ」



 適当な返事をする。

 丁重に断りを入れて聞いてくれる連中ではない。

 笑い声が店内に響く。



「あははっ、そう言うなって、なっ?」



 身をすくめてる肩にゴツい手が乗る、肩を組まれてる状況だ。



「俺達が酒を呑みながら戦闘のコツってのを教えてやるって言ってんだよ」


「別に……」


「外れ七光りのルクス=フィレンツェ君の為にな!」



 またか、またそれか。

 こういう輩は無視しておきたい。

 だが、



「おい聞いてんのかよっ!?」



 それは酔っ払い以外に限る、だな。胸ぐらを掴まれ持ち上げられた。

 身長差は一〇くらいあって、軽々と持ち上げられてるのは情けなく思う。



「お店の方々に迷惑かかるので止めてもらえないでしょうか?」


「あっ? 雑魚のお前が俺達を見下すのか!?」



 いや、お前らが胸ぐら掴んで持ち上げてるんだけど。そりゃあ、見下す形になるだろ……。

 というツッコミを入れても話は解決しない。

 いつもそう。だからこういう時はひたすら謝って終了──。



「おい、その手を離してやったらどうだ?」



 謝ろうとしたのだが、誰かが割って入った。

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