第104話 エレナと
「……ルクス……きて」
真っ暗な部屋の中。
ベッドで横になったエレナは、両手をこちらへと伸ばす。
「……ルクス……早く、きて」
顔を赤らめながら、少し恥じらうエレナ。
ついにこの日が来たのか。
俺は唾を飲み、エレナへと手を伸ばす。
「エレナって、意外と大胆だったんだな」
「別に、そんなことないわよ……。それとも、こんな私は嫌い」
「いいや、そんなことないよ」
「そう、じゃあ……」
目を閉じたエレナ。
そんな彼女に顔を近付け──。
「──いい加減に、起きなさいよ!」
「うぐっ!?」
キスをしようとした俺の体が勢いよく回転すると、そのままベッドから叩き落された。
全身への痛みに驚いた俺が目を開けると、不機嫌そうな表情のエレナがシーツを掴みジッと俺を睨む。
「あれ、エレナ……なんで」
「なんで、じゃないわよ。いつまで寝てるつもりよ」
「寝てる……?」
辺りを見渡して、俺は状況を理解する。
「変な夢見てないで、さっさと朝食にするわよ。後はあんただけなんだから」
エレナはプンプンしながら部屋を出ていく。
ボスアウレガを倒してから俺たちは、十三階層のセーフエリアへと戻ってきた。
モンスターエリアに生息する多くのアウレガを倒したことによって、この階層の特徴である温泉は一時的に利用できなくなった。
けれどそれは、本当に一時的なことだった。
ボスアウレガを倒したことが原因なのか、暴走していたアウレガたちは急に大人しくなり、寝る前には元通り温泉が利用できるようになったと聞かされた。
俺たちは、十三階層の危機を救った、ということになるのかな。
この十三階層で暮らす多くの人々に感謝されることとなり、昨夜はお祭り騒ぎだった。
「エレナと、進展はなかったけど……」
想いを伝え合って途中まではいい雰囲気だったんだけどな。
それなのに俺は、お祭りの雰囲気にのまれ、ヴェイクと一緒に大量のお酒を呑んでしまった。
結果、酔い潰れ、どうやってベッドまで来たのかも覚えていない。
だから無事に恋人になれたのかも曖昧な感じで、今に至るといった感じだ……。
「とりあえず朝食だな」
まだ少し頭が痛い。
俺は部屋を出て、宿屋の一階へと向かった。
「おっ、やっと起きたか」
「おっはよー、ルクス!」
一階にある食事をとる広間に行くと、先に朝食を済ませたのであろう、ヴェイクとサラと会った。
「頭が痛い」
「だろうな。俺が止めたのにあんだけ呑むからだ」
「そんなに呑んだ覚えはないんだけど……」
「いつものことだろ。それより、エレナとは仲直りしたのか?」
「仲直り……?」
どういうこと?
そう思って首を傾げる。
ヴェイクは何かを察したようにサラを見ると、彼女は大きくため息をつく。
「覚えてないんだねー」
「まっ、なんでもないや」
「おい、嘘をつくな。もしかして俺、また酔ってエレナに何かしたのか……?」
「何かした、というよりも、何もしなかったのが駄目というか……まあ、後は本人から聞け、じゃあな!」
そう言って二人は去っていった。
広間には数人のお客さんの姿があった。
そんな中に、周囲に誰も寄せ付けないオーラを発したエレナが一人で座っている。
「えっと、エレナ……おはよう」
「……おはよう」
ムスッとした表情のエレナ。
隣に座ると、頼んでいないのに料理が運ばれてきた。
「え?」
「私が代わりに頼んでおいたから」
「エレナが?」
普段なら絶対にしないような優しさ。
エレナがそんなことするわけないだろ、みたいな反応をすると、さらに不機嫌そうにしたエレナに睨まれた。
「なに、文句ある?」
「いえ、ないです。ありがとうございます」
「……ふん」
エレナはパンをちぎって、口の中へと放り投げる。
「昨日、なにかあった……?」
「別に。強いて言えば、あんたがバカみたにお酒を呑んで、ぶっ倒れて、みんなに迷惑かけたぐらいじゃない?」
「えっ、また!?」
「それはこっちのセリフよ」
確かに途中から記憶なかったけど……。
「じゃあ、ヴェイクがベッドまで運んでくれたのか」
いつもならそうだ。
そう思って口に出すと、なぜだか沈黙が生まれる。
「エレナ?」
「……なんでもない。あとでヴェイクにお礼でも言っておけば」
「ああ、うん。そういえば他のみんなって、もう出掛けちゃったの?」
「今日は休息日だって自分で決めたのも、お酒を呑んで忘れちゃったの?」
「いや、いつもなら休息日でも、誰かしら宿屋にいるのになって」
今までも、みんなの表情に疲れが見えたり、傷を負ったりしたとき、モンスターエリアに向かわずにこうやって各々が自由に過ごせる休息日を設けていた。
とはいえ、モンスターエリアを通って別の階層に向かう……ことはなく、このセーフエリアで過ごすだけなので、やることがない者は宿屋でのんびりしていることが多い。
だからこうして、朝から宿屋に誰もいないというのは初めてな気がする。
「みんな、行きたいところがあるって言って、朝ご飯を食べたら出掛けちゃったわよ」
「そうなんだ。じゃあ、俺は……」
あれ、もしかして。そう思って止めた。
みんなが俺がここへ来る前に出掛けたのは理解した。
だけど、なんでエレナはまだ出掛けてないんだろうか。
いつもならサラとかラフィーネとかティデリアとか、女性陣は一緒に出掛けて日用品とかの買い物に行っているイメージがある。
それにここには温泉がある。普段なら、サラとかから真っ先に一緒に行こうと誘われているような気がする。
「なに人の顔、じろじろ見てんのよ?」
「いや、なんでも……」
もしかして、俺を待っていてくれた?
じゃなきゃ、俺を起こすはずない。だって今まで、一度もそんなことないんだから。
「もしさ、予定とかないんだったら一緒に出掛けないか……?」
そう聞くと、エレナは本日初めての笑顔を浮かべた。
「もしかして、美味しいものをご馳走してくれるの?」
「え?」
「わあ、嬉しい。ありがとう。あっ、そういえば、ちょうど欲しいものがあったのよ」
指を折りながら、次々と出てくる欲しいものたち。
これいるか? みたいなのもあるけど、少しだけ機嫌が直ったのだろうか。
アイツが最強なのを、私だけが知ってる 柊咲 @ooka
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