第38話 チーム戦
ヴェイクとティデリア監視長は昔から顔なじみなのはわかる。というより、かなり込み入った仲なのは見てわかる。だけどそれが良い関係、とは思えない。むしろ悪い。最悪だ。
「……久しぶりの再会でそれか。やっぱり性格キツいな、お前」
ヴェイクは苦笑いするが、その表情は少し悲しそうな感じがする。
そしてティデリア監視長は、キッとヴェイクを睨む目つきは変えない。
「久しぶりの再会だからこそだ。お主が消えてからの三ヶ月、私は一度たりともお主のことを忘れたことはない。一度たりともだ……」
「モテる男は辛い……なんて言えねぇか。なあ、怨みがあるのは俺だけだろ? こいつらは見逃してくれねぇか?」
ヴェイクはそう言った。
だけどティデリア監視長はそれを一蹴する。
「……私は私に与えられた仕事をする。お主を捜す為だけに勤めた仕事だが、それぐらいの覚悟は持ってる」
「……固いな、相変わらず」
「お主が適当なだけだ……ヴェイク。なぜあの時に逃げた? お主がいれば、あの黒龍を倒せたかもしれないだろ」
「……理由は言わねぇよ。お前の想像に任せるぜ」
「そうか。お主は適当な奴だが、仲間思いの奴だと思っていた。だが……わかった。これ以上の話は不要のようだから、私は私の仕事をさせてもらおう」
「そうだな」
二人は悲しそうな表情をしてるように見える。
なぜ戦うのか、その理由は知らない。知ったからって第三者の俺が何かできるわけじゃない。これは二人にしかわからないこと、二人だけの問題。
だけど……。
「エレナ、援護を頼むよ」
「……わかったわ」
ヴェイクは強い。それは俺よりも遥かにだ。
だけどティデリア監視長はもっと強い。
因縁のある二人の戦いに割ってはいるべきではないのだと思う──だけど、ここで仲間を一人で戦わせるわけにはいかない。
俺はヴェイクの隣に並び立つと、ヴェイクは威圧的とも優しそうともとれる、いつもの目をしていた。
「……手を、貸してくれんのか?」
「まあね」
「……今の話を訊いてたら、なんとなくわかってんだろ?」
それはティデリア監視長の言葉が真実だと言っているようだった。
ヴェイクが仲間を置いて逃げた──それがどうした?
俺はずっと周りから馬鹿にされてきた。直接も、陰からも、知らない奴らにだってそう。いろんな奴らが面白がって俺を馬鹿にした。
俺は、
「人から訊いたことを簡単には信じないんだよ。俺がこの目で見たことだけが真実なんだ。俺は……ヴェイクがこの世界樹に連れて来てくれて、この世界樹のことを教えてくれて──ここに助けに来てくれた、ヴェイクの姿しか知らないんだよ」
俺の知ってるヴェイクは胡散臭いけど、仲間思いで優しい男だ。仲間を置いて逃げたのだって、何か理由があったのかもしれない。そんなの知らないけど、俺はそう信じたい。
もしかしたらこれは、俺が誰かに信じてもらいたいからヴェイクを信じたいと思うのかもしれない。いやになるんだよ、人の噂に踊らされた人を見るのも、人の噂に踊らされるのも。
だったら目の前のことだけを信じよう。俺を見て、少しはにかんだヴェイクのことを。
「お前、やっぱ面白い奴だな。……んじゃ、悪いが力を貸してくれよ」
「仕方ないね。その代わり、後で俺の代わりに、エレナにご飯を奢ってあげてよ……またいらぬ借りを作っちゃったからさ」
笑ってそう伝えると、なぜか鼻で笑われた。
「はっ。そんなことしたら、俺があいつに殺されるっての」
強敵を前にして妙に落ち着いてる。仲間がいるからだろうか。
そしてティデリア監視長は不機嫌そうな表情で「話は終わったか?」と訊いてきた。
その手には氷の剣。あれは厄介だ。
「モーゼスさん!」
「かしこまりました!」
俺とヴェイクの背後からモーゼスさんが走る。
そして鍔迫り合い。ティデリア監視長の攻撃を防げるのはモーゼスさんしかいない。そしてヴェイクは「へぇ、氷を防ぐ加護かなんかか」と驚きながら、フッ、と消えた。
隙を狙うのか──だけどティデリア監視長はすぐさま氷の壁を周囲に展開する。
姿を消したヴェイクを見つけるため……だけど、
「サラ、まだ魔弾はあるか!?」
「あと少しならいけるよ!」
「じゃあ、あの氷の壁を破壊してくれ!」
「……ルクスはむちゃ言うねぇ……仕方ない、巻き込まれないでよねッ!」
氷の壁に触れれば、氷の剣と同様に侵食されるかもしれない。だったらサラに任せるのがいい。
爆炎と爆風がティデリア監視長の周りを包み込む。それを上手く避けて、ティデリア監視長に一撃を食らわそうとするモーゼスさんとヴェイクの戦い方は、やっぱり俺とは次元が違った。
避けながら攻撃──そんなこと、俺にできるのか?
わからないけど、ここで見てても仕方ない。
「モルルン、皆さんを援護してなのですっ!」
『モルッ!』
ハム助に乗ったラフィーネが周りを牽制し、
「回復役を置いてかないでよねっ!」
とエレナが槍を振り回してティデリア監視長を狙う。
チーム戦。今回の目的は、決してティデリア監視長を殺すことじゃない。ティデリア監視長の加護を使用できなくさせることだ。
俺は走った。
仲間の邪魔にならないようにして、ティデリア監視長へと近付くのは容易なことじゃない。だけどモーゼスさんの側は動きやすい。それはモーゼスさんがチラッと俺を見て、攻撃しやすいように剣の道筋を用意してくれるからだ。
そこを突く。ゴブゴブソードの剣先がティデリア監視長の頬を掠めると、鋭い眼差しを向けるティデリア監視長は手を俺に向ける。
避けないと。そう思って後退しようとしたが、
「──ッ!」
ティデリア監視長の左足がガクッと崩れ、氷を生成できていなかった。
どうした? そう思ってティデリア監視長の次の一手を用心するが、なんの攻撃もしてこない。
「限界のようだな……ティデリア」
スー、と姿を現すヴェイク。
ティデリア監視長は荒い息のまま、ヴェイクを睨む。
「……まさか、私に限界などない」
「あるさ。加護は永遠じゃない。何かしら弱点だってある。俺にも、お前にも──」
「お主と一緒にするなっ! 私は、私は……」
ティデリア監視長は氷の剣を地面に突き刺す。全体重は氷の剣に乗っていた。
そして目を閉じ、
「──氷帝よ、氷の神騎たる我の呼び声に応えよ、炎神すらも凍らし、雷帝すらも貫く力を与えよ──轟け──
氷の槍。氷の柱。氷の壁。
それらが幾つも地面から出現するのを走って逃げる。
「──エレナ、こっちに!」
「なによこれっ!」
逃げ惑い、気付くと、俺たちは背丈よりも高く横並ぶ氷の壁で分断された。
出口方面にヴェイクとサラとラフィーネとモーゼスさん。
そして建物の内部側に、俺とエレナ──そしてティデリア監視長。
「大丈夫か!?」
そう叫ぶと、氷の壁の先からうっすらと三人の声が訊こえた。
氷の壁が邪魔で向こう側が見えない。向こうへ行くにも……。
「……この氷は、なかなか壊せない。私が成せる最高の力だからな……」
はあはあ、と息を荒くさせるティデリア監視長の持っていた、氷の剣がパリンと音を出して消える。
加護の限界。いや……全ての加護の力を今ある氷たちに集中させてるのか。
そして、剣が氷で弾かれる音が鳴り響く。モーゼスさんでも無理か……。
「三人は先に行ってくれ! 俺とエレナもすぐに行く──出口を確保してくれ!」
「……チッ。いいか、ルクス! ティデリアの加護はもう使えねぇ、この氷も、何時間かしたら消える……こっからは真剣勝負だかんな!」
「ルクス、六階層に続くとこで待ってるからね!」
「ルーにぃ……待ってるのです。ずっと待ってるのですよ!」
「ルクス様、あなたはお強い方です。それを信じて、どうかご無事で」
四人の走る音が訊こえる。
行った。四人は氷の壁が消えた時に逃げやすいように、外の監視員を倒してくれるはず……。大丈夫、四人なら。
俺はゴブゴブソードを構える。
氷の剣を失ったティデリア監視長は、予備で持っていた銀の剣を握る。
俺は隣に並び立つ悪運の彼女に笑いかけた。
「……エレナってほんと、運悪いな」
「うっさい。別に、あいつを倒して無事に逃げられるなら、どっちでもいいわよ」
「そっか。じゃあ、もう少しだけ付き合ってもらうよ」
「仕方ないわね。これで二食分は奢ってもらうわよ」
加護が無くてもティデリア監視長は強いだろう。だけど負けるわけにはいかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます