第39話 声
「ヴェイク以外をはじき出す予定だったが……まあいい」
ティデリア監視長は俺をジッと見つめる。
「私は私のやるべきことをしよう。それからアイツを追わせてもらう」
「そうされたら困るんだけど……」
状況としては互角、それか優位だと思える。だけど用心しておいたほうがいい。
加護を使える余力は残ってないかもしれないけど、他人の加護はどんな力があるかわからない。もしかしたら、周りを埋め尽くす氷の柱や壁が消えたら、また加護を使えるだけの体力が戻ってくるかもしれない。
ジリリ、と足を擦ってティデリア監視長に近寄る。
右手に持つゴブゴブソードを握る手に力を込めると、後ろにいるエレナも、両手に持った槍をギュッとする。
「ルクス、どうするの?」
そう訊かれ、俺は迷う。
どうする。いや、やらなきゃいけないことは決まってる。ティデリア監視長から逃げる、ただそれだけ。だけどそれが難しい。
問題点は二つ。
出口へと続く氷の壁と、出口を塞ぐティデリア監視長。
その二つを取り除くには、ティデリア監視長を弱らせるしかない。
──だけど、
「はッ!」
ポンっ、と足に力を入れて飛んでくるティデリア監視長。
速い。決して加護を使えないほど弱った相手だと思えない。
振り下ろされた剣をゴブゴブソードで防御し、弾き返す。
だけど加護はない。やっぱり加護は使えないんだ……。
それならやれる。今度は俺から攻める。
一足飛びで開いた間隔を詰め寄り、そのままゴブゴブソードを振り下ろす。
だが手練れな彼女に一撃で勝負をつけられるわけない。弾かれ、また振り下ろし、また弾かれる。
攻めて攻めて、どちらかが隙を作るか、体力の限界を迎えないと勝負は決まらない。
実力ではティデリア監視長が上、だけど──
「エレナ、後ろに回れ!」
「わかったわ!」
こっちは一人じゃない。
エレナがティデリア監視長の背後に回ると、背後が気になるのか、肩と顔を動かして、俺たち二人を警戒しているのが見てわかる。
その表情は苦しそうに、最初に感じた覇気は消えていた。
「……二対一、加護も使えない、か。絶望的だな、私の状況は」
「そう思うなら、この氷を消して見逃してくれないかな?」
そう伝えると、彼女は鼻で笑った。
「それをすれば、監視長を辞めないといけなくなるな。監視長が脱獄補助をした者を見逃す……あってはならんだろ」
「そもそも、モーゼスさんは悪いことしてないじゃないか。ただラフィーネを助けようと──」
「──理由は私には関係ない。私は結果しか見ない。あの男が人を殴った、ただそれだけを見ていたから捕らえた。その過程や理由に左右していては、この仕事はできないのだよ」
「理由がなんであれ、モーゼスさんが悪いって言うのか?」
「理由を知ったとこで何になる? 全ては結果だ、結果がどうなったか、それだけで十分だ」
「……ヴェイクのしたこと、そんなに憎んでるのか?」
そう訊くと、ティデリア監視長は視線を下げた。
やっぱりか。
彼女がどうしてここで働いているのか、それがずっと疑問だった。
正義感が強いから、っていう理由ならわかる。だけど過程や理由を蔑ろにする彼女には、正義感なんてものはこれっぽっちもない。正義感があるのなら、モーゼスさんではなく、あのストーカー男のレオナルドを裁くべきだ。
だから彼女を突き動かしてるのは正義感ではなく、自分が思った事を正当化して、そのように生きていきたいと思ってるだけ。そして、そんな彼女を作った出来事は──おそらくヴェイクとの一件。俺たちが知らない、二人だけの出来事が関係してるはずだ。
そして、それは正解だった。
「お前に、何がわかる……」
キッと睨みつけてくるティデリア監視長。
その表情を怖いとは思わない、ただ悲しくなるだけだ。
「アイツは仲間を置いて逃げた! 私と、ギルマスを置いてだ! そんなことをする奴じゃないって信じてた、なのに、なのに──お前らに、何がわかるって言うんだッ!」
飛び出したティデリア監視長。ただ、さっきまでの努力や経験で培われた剣技はない。ただの力任せの攻撃。
力は強い、だけど剣が弱くて単調な動き。感情に任せた攻撃を弾き返し、ティデリア監視長を吹き飛ばす。
「二人に何があったのか、それは俺もエレナも知らない……だけど俺は、ティデリア監視長の言葉や過去の記憶じゃなくて、俺が見たモノだけを信じるって決めてるんだよ。だから俺たちを助けに来てくれた、ヴェイクを信じるよ」
「なぜ……なぜだ、なんで信じられる。アイツはさっき、自分で認めた、なのになぜ」
「そいつは」
エレナがため息混じりな声を発する。
「そういう奴なのよ。自分が『無能』とか『外れ七光り』だって言われて、周りの連中が、ルクスのことをなにも知らないで罵倒したから、ルクスは自分の目で見たモノしか信じないのよ」
「エレナ、それを言わなくても」
「外れ七光り……そうか」
ティデリア監視長は、ふう、と息を吐いて笑った。
「お前は、フィレンツェ王国の一人息子……だったのだな」
「そうだけど」
また馬鹿にされるのか、と思ったら違った。
「エレオス・フィレンツェは元気か?」
「えっ、父さんを知ってるのか?」
「知り合いというほどでもない。ただ、だいぶ前に、お前の父上と、この世界樹で共に戦ったことがあったのだよ」
父さんと……。
たまに世界樹に行ってることがあるって母さんが言ってたけど、どうして彼女と?
「あの人は芯の真っ直ぐな男だった。その息子となれば、私と違う考えになるのは当然だな。お前の父上は嬉しそうに言っていたぞ、『息子が世界樹を目指そうとしてる』とな」
「そっか。ヴェイクも父さんのことを知ってたの?」
「あいつは知らんだろうな。なにせ、私と会ったのはこの迷宮監獄でだからな」
「ここで?」
迷宮監獄になんで?
父さんはそんな話をしてなかった。
そもそも、父さんは世界樹のことをあまり話さなかった。理由は『自分の目で世界樹を見てこい』って、俺には何も……。
「理由は私も知らんが、誰かを捜しているようだったぞ。結局、その者を捜せたかは不明だがな」
「そう、なんだ……」
「脱線してしまったな──さて、続きをしようか」
ティデリア監視長は剣を構える。
ぶらんと下を向いた剣先を上げ、俺に向ける。
「父さんと知り合いだったから……見逃してくれる、というのはないのかな?」
「ない。というより、エレオス・フィレンツェの息子だと知って、尚更お前と戦いたくなった。これは……そうだな、私自身の興味が湧いたんだな」
「勘弁してよ」
俺はゴブゴブソードを構える。
これじゃあ、ティデリア監視長に時間を与えただけじゃないか。
くそっ、しかもさっきの怒り狂った感じじゃなくて、しっかりとした構え。息を切らしてたのに、今では少し落ち着いてる。体力が、回復したのか?
──どうする、どうすればいいんだ?
戦う理由もわけわからない。
ゴブゴブソードを構えるが、話をして見逃してもらえないかと弱腰になってしまう。
父さんの話をもっと訊きたい、なのに彼女は俺へと走り、綺麗な太刀筋を作って攻撃してくる。
エレナもいるのに、俺しか見ていない──だからさっきよりも遥かに強く感じる。
剣が俺の頬を掠め、足を掠め、腕を掠める。
それによって、エレナは回復に専念せざるを得ない。
反撃の手とすれば、一つだけある。
アイテム袋に入ったゴブリンファイヤーの魔術玉なら、別の攻撃ができる。だけど、これを使うには間合いが近すぎる。
サラの魔弾よりも、おそらく爆炎も爆風も凄いと思う。それをこんな距離で使ったら、お互いに怪我じゃ済まない。
エレナの加護で治せるのも限りがある──死んでしまったら、治せるものも治らない。
だから慎重に攻める。
──力が欲しい。
無い物ねだりをしてもしょうがないんだけど、そう願ってしまう。
──そんな時だった。
『力なら、もうあるではないか』
そんな声が脳内に流れた。
誰だ? 誰の声だ? エレナじゃない、ティデリア監視長じゃない、じゃあ……?
『使い方が悪いだけ、絶対的な強者になれる力はもう、とっくのとうに授けておるぞ?』
ティデリア監視長の連撃で頭がいかれたか?
そう思ってしまうほどに、甲高い少女の声が響き続ける。
『まったく……使い方の知らぬ主には困ったもんじゃな。どれ、少しだけ教えてやろうかの』
その声を最後に、俺の視界は一瞬で変わり、一面真っ白な部屋にいた。
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