第40話 運任せの力と無限の可能性


 ここは?

 一面真っ白な世界。

 さっきまでの灰色の壁も、氷の柱や壁も、エレナもティデリア監視長もいない。



「全く……使い方を理解せぬ主には困ったものじゃ」



 呆れているのか、少しため息混じりの声が目の前から訊こえた。

 視線を前に向けると、椅子に座った少女がいた。


 俺よりもずっと子供の姿。椅子に座ってるからわからないけど、身長は一三〇とかその辺だと思う。

 そんな彼女は、朱色と金メッキで彩られた椅子の肘おきに、白く細身の肘を付けながら、小さな顔は、ぐにっと少しだけ拳で頬が潰れてる。

 赤髪に一房だけ黒色の前髪があり、腰あたりまでまで赤髪が垂れている。


 そんな少女は俺を細目で見つめながら、何度か、はっきりとわかるため息をついた。



「ポカンとした顔をするでない、我が主よ。我が名はルシアナ。お主に与えられた調合師スペシャリテを具現化した姿じゃ」


「えっと……」


「ほれ、こっちに。そこで突っ立ってても聞こえずらいのじゃ」


「はい」



 なぜか少女に呼ばれた。

 白い床は、俺が歩くたびに丸い波が生まれる。

 まるで湖を歩いているかのような感じがする。

 そして、ルシアナと名乗った彼女の近くまで行くと、小さな唇から八重歯を出し、ニヤリと笑った。



「ふむ、今回の主はいたって普通の者のようじゃな」


「今回の?」


「もしかして、知らぬというのか?」



 俺が不思議そうな表情をしてるので何かを察したのか、ルシアナは、お腹に溜まった空気を全て吐き出すようなため息をつく。



「どうなっておるのじゃ、最近の人間というのは……。よいか主よ、加護というのは継承すると言われておる。先代が使用してた場合もあれば、知らぬ者が使用してた場合もある。要するに、加護というのは順繰り順繰り受け継がれるのじゃよ」


「で、でも……俺の父さんも母さんも、俺の加護とは違う──支援職じゃなかったぞ?」


「……支援?」



 少し目つきが鋭くなったルシアナ。



「お主はこの力を支援や補助といった、後方の加護だと思っておるのか?」


「だって、これは誰かを強化するための力だろ? 武器を強化して、防具を強化して、アイテムを──」


「その認識から、改めてやらんといけんようじゃな」



 ルシアナはパチンと指を鳴らすと、何の変哲もない剣と、一階層で見つけたゴブリンが出現した。

 だけどゴブリンは動かない。危害を加えられるようなことはなさそうだ。



「よいか主よ、お主に与えた力は創造する力じゃ。世界中に既に存在するモノを、モンスターと呼ばれるモノとを合わせて、全く違った力に変える」


「うん。なんか確率みたいなのが出て、姿を変える力だよね」


「うむ。この力はこの世界の物作りとよく似ておる。物作りは絶対に成功するとは言えぬであろ? 成功する場合もあれば、失敗する場合もある。どちらに転ぶか、それは実力もあるが、大きな要素としては運じゃ。そんな運次第の力こそ、お主の力となるのじゃよ。例えるのであれば、これは世界を創った者と何ら違いはないのじゃ」


「世界を……なんか、いきなりスケールが大きくなったね」


「まあ、少し大袈裟かもしれんがな。ではここにじゃ、普通の剣と、普通のゴブリンがおる。これを組み合わせると──」



 動きのなかった二つのモノが重なりあうと、全く別のモノへと変化した。

 俺がよく見る、ゴブリンを調合した時に見る武器と変わりはなかった。



「物作りというのは難しい。運が良ければ強いモノが生まれるし、逆に、運が無ければ弱いモノが生まれる。じゃが作られたモノには全て、意味があるのじゃ」



 ルシアナは出来たばかりのゴブリンソード《Eランク》を手に取り、



「これは普通の剣とゴブリンを調合したらできるゴブリンソード。まあ、ネーミングに関しては我が独断で決めたんじゃがな。どうじゃ、いい名じゃろ?」



 カカカカッ、と高笑いするルシアナ。

 あんまりカッコよくない名前が多いと思ったら……彼女が決めてんのか。クスクスソードとか、微妙だったしな。

 そう思っていると、なぜかルシアナに睨まれた。



「なんじゃ、その馬鹿にするような目は?」


「いや、別に……」


「まったく、我がネーミングセンスを馬鹿にしたら、ただじゃ済まさぬからな」



 腕を組んでプンプンしてる。

 わからないけど、少し怒らせてしまったらしい。



「それで、ルシアナ。この加護は強いの? 弱いの?」


「強いに決まっておるだろ。まったく、今回の主は馬鹿なのじゃ。ほんと、馬鹿なのじゃ」


「……ごめん」


「まあよい。それでじゃ、我はお主をずっと見てきたが、この力をあまり使いこなせないように感じておったのじゃ」


「使いこなせない? いや、だって《Eランク》の武器ばっか出てくるんだよ?」


「それはお主の運が無いだけじゃ。それに関して加護は関係ないのじゃよ」


「そう、なんだ」


「要するに、武器にしろ防具にしろ、その他のアイテムにはそれぞれ違った特性がある。その特性を理解し、適材適所、しっかりとした使い方をすれば戦えるはずじゃ」


「特性?」


「うむ。ではこの表を見るのじゃ」



 ルシアナが指差すと、俺と彼女の間には表のようなモノが現れた。




 ■調合結果


 1%  キングゴブリンソード【Sランク】


 3%  ゴブスレイヤーソード【Aランク】


 20% ゴブゴブソード【Cランク】


 76% ゴブリンソード【Eランク】



 これはたぶん、普通の剣とゴブリンを調合した結果だよな。



「これの見方はわかるな?」


「えっ、まあ。確率と、名前と、強さのランク、だよね?」


「うむ。それに少しだけ手を加えると、こうなるのじゃ」



 ルシアナが指を鳴らすと、調合結果の表の文字に変化が表れた。



 ■調合結果


 キングゴブリンソード【Sランク】

 触れた対象の生気を奪い、一瞬にして死へと誘う呪いの逸品。

 ただ使用者からも生気を奪うため、使いすぎには注意。


 ゴブスレイヤーソード【Aランク】

 重さを極限まで軽減し、使用者に負担なく扱える逸品。

 ただ使用者から微量の生気を奪うため、使いすぎには注意。


 ゴブゴブソード【Cランク】

 普通の剣よりは斬れ味が良く、扱いやすい。


 ゴブリンソード【Eランク】

 剣としては普通。ゴブリンが嫌がる鳴き声を出せる。



 これが、それぞれの特性?



「なんか……微妙だね」



 そう伝えると、ルシアナはぷくーと頬を膨らませた。



「微妙とはなんだ、微妙とは! お主にはこの凄さがわからぬのか!?」


「いや、凄いとは思うよ? 上の二つは。だけど下の二つは……うーん、まあ、普通よりはいいんだもんね」


「なんじゃ、その態度は! 教えてやらん、どれだけ凄い力なのか教えてやらんぞ!?」


「え、あっ、ごめん……」



 子供っぽく膨れて怒るルシアナをなだめる。

 だってこれ、本当に上の二つは凄いけど、下の二つはあまり変わらないじゃん。ゴブリンが嫌がる鳴き声って、相手がゴブリンじゃないと意味ないし。



「お主はゴブリンをなんじゃと思っておるのだ?」


「えっ、世界樹のモンスターの中でも一番弱いモンスターだよね?」


「そうじゃ。そのモンスターに何を期待しておる? これくらいの力で当たり前ではないか。これでも譲歩したつもりじゃ」


「じゃあ……もしかして」



 ぴょんと椅子から立ち上がるルシアナは、腰に手を当て無い胸を張った。



「もっと階層を上がれば手強いモンスターがうじゃうじゃおる。そいつらと調合すれば、ゴブリンとは比較にならない力を手に入れられるじゃろ?」


「そうか。そうだよね……」


「まったく、どこまでも抜けた主じゃの」


「でも、俺にはこの説明文なんて見えないよ?」


「当たり前じゃ。最初から見えておったら、つまらないじゃろ」



 何を言い出すかと思えば……。



「ただそれだけの理由で?」


「まあ理由は他にあるのじゃ。お主が今まで、アイテム袋にモンスターを入れた数は何体じゃ?」


「えっと……」


「一七体。それは我の力の源となるのじゃよ」


「力の源?」


「うむ。要するにモンスターをアイテム袋に入れれば入れるほど、調合師という加護が具現化した我は強大になっていく。我が強くなれば、また新しい力に目覚めるのじゃ!」


「その新しい力ってのは?」



 そう訊くと、彼女はニヤリと口角を吊り上げ、



「内緒じゃ。それを言ったらつまらんじゃろ」


「……そういう問題なの?」


「そういう問題じゃ。この世界樹は謎を解く面白さがある。創った奴はきっと愉快な奴じゃな。だから我も、まだ使えない力を主に教える気はないのじゃ。モンスターを沢山モンスター袋に入れ、我に力を与えてくれれば、その時は教えてやるのじゃ」



 なんだか適当だけど、今んとこは教えてくれないようだ。

 まあ、たしかに何でも先に知ってしまったらつまらないか。それに、初めて調合した時は、少し興奮したしな。



「とりあえず、俺はこのまま世界樹の上に進めばいいってことだよね?」


「うむ。さすれば強くなれるじゃろ。武器を強化して戦える戦闘職にも、仲間を強化する支援職にも、お主は必ずなれるじゃろ。だからもっと、先に進むのじゃよ」



 ゆっくりと俺に近付いてくるルシアナは、満面の笑みを俺に向ける。



「お主は努力のできる天才じゃ。もっと自分に自信を持て、そして大切な者を守るために、もっと強くなるのじゃ。さすれば、我も力を授けるからの」



 その言葉を最後に、俺は元の場所に戻っていた。





 目の前にはティデリア監視長、その後ろにはエレナ。

 元の場所で俺は、ゴブゴブソードを握っていた。



「……って、結局なにも変わってないじゃんかよ」



 この加護が無限の可能性を秘めてることと、これからどうしたらいいのかってことは訊いたけど、この局面の打開策は見いだせていない。

 結局は自分の力でなんとかしろってことかよ……。


 だけどまあ、少しだけ変わったことはあったし、やるべきことはわかった。



「エレナ、こっちに武器を投げて!」


「私の!? なんでよ!?」


「いいから!」


「もう、壊さないでよ!」



 エレナから飛んでくる槍を手に取る。

 思い入れのある槍とかだったら、めちゃくちゃ怒られそうだな……まあ、強くなれば許してくれると信じたい。


 そして俺の手持ち──


 ゴブリンファイヤーの魔術玉

 自分に使用すれば傷を癒やす炎が生まれ、対象にぶつければ炎の魔法を発生させる。


 ゴブリン    一体。

 ウォーウルフ  一体。

 クスクス    二体。


 エレナの武器を強化して、自分のこの手持ちでなんとかするしかない。

 運任せの力だとしても、俺の力で、少しでも勝てる可能性を上げてやるしかないんだ。

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