第41話 彼女の信念

 ■調合結果



 1% キングゴブリンランス【Sランク】

 触れた対象の生気を奪い、一瞬にして死へと誘う呪いの逸品。

 ただ使用者からも生気を奪うため、使いすぎには注意。



 ゴブスレイヤーランス【Aランク】

 重さを極限まで軽減し、使用者に負担なく扱える逸品。

 ただ使用者から微量の生気を奪うため、使いすぎには注意。



 ゴブゴブランス【Cランク】

 普通の槍より扱いやすい。



 ゴブリンランス【Eランク】

 槍としては普通。ゴブリンが嫌がる鳴き声を出せる。



 ■調合結果


 ゴブリンランス【Eランク】



 とりあえず調合しても、結果はやっぱ最低ランク。

 簡単に最高ランクが出るわけない。だけどやるしかない。


 ティデリア監視長はゆっくり俺へと近づいてくる。

 その後ろにはエレナ。不思議そうな顔して俺を見てる。

 だから急いで、俺はクスクスを調合する。


 クスクスランス【Eランク】

 クスクスランス【Eランク】


 だけどやっぱり駄目。俺の運が悪いのは理解した。

 それでもラストにかけたい。なんとか、なんとかきてくれ──。



 ウルフィスランス【Cランク】

 普通の槍よりは斬れ味が良く扱いやすい。

 大量の体毛により、軽度の攻撃なら防げる。



 その文字を見た瞬間、俺は言葉を発さずに心の中で叫んだ。

 嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。だけどこれで終わりじゃない。


 ウォーウルフと同じふさふさした薄茶色の体毛が、手に持つ細い部分を埋め尽くしていて、両端には、尖った刃が二枚ついている。

 そのウルフィスランスを俺は、



「エレナ!」



 エレナに投げた。

 それを見たエレナは、完全に機嫌が悪くなった。



「ちょっと! なによこれ、私のはどうしたのよ!?」


「えっと……そう、エレナに買っておいたんだ、それ、使いやすいから使って!」


「わけわかんないことを……まあいいわ。後でちゃんと説明しなさいよ!」



 離れていたから見えなかったのか、それはわからない。でも、エレナに加護を知られなくて良かった。

 だけど目の前の彼女は、俺をジーッと見つめ、動きを止めた。



「お前の加護、それはなんだ……? いや、今の武器を変えたのを、お前がしたのか?」


「さあ、どうだろう」


「そうか。では後でゆっくりと話を訊かせてもらおう」



 またゆっくりと近づいてくる。

 だけど、



「エレナ!」


「わかってるって! ああもう、この毛が邪魔で持ちにくい!」



 それでもエレナは、両側に刃が付いたウルフィスランスを普段通りに扱ってみせた。

 すると、さっきまで文句しか言わなかったエレナは、目を見開いて、少し笑った。



「なによこの変なの、結構軽くて扱いやすいじゃない」


「変なのとはなんだ、それ、めちゃくちゃ当たりの部類なんだぞ!」


「当たり? わけわかんないけど、まっ、気に入ったわよッ!」



 両手で持って突き刺すウルフィスランス。

 それを避けたティデリア監視長は、なぜか俺を睨む。


 エレナの動きがいい。

 武器一つでかなり変わった。

 そして、ルシアナが言ったように、俺とエレナの武器のランクは同じなのに、明らかにウォーウルフを素材にしたエレナの武器のほうが強い。



『だから言ったではないか。この強さはそのモンスターによって変わるとな』



 そう、ルシアナのドヤッた声が脳内に響く。

 だから俺も、心の中で伝えた。



『勝手に人の心を読むな……てか、もしかして、ずっと俺の中にいたのか?』


『言ったであろう、我はお主の加護を具現化したものじゃと。だから、お主がエレナという女子おなごに惚れてることも、そのいやらしい妄想とかも知っておったぞ』



 俺の頭の中でケラケラ笑うルシアナ。

 よし、こいつは無視しておこう。


 そしてティデリア監視長を二人で追い詰める。

 エレナの動きが良くなったのも理由の一つだと思うけど、ティデリア監視長の動きがどんどん悪くなってるのは、戦っていてよくわかった。


 そして使い道に迷っていた、ゴブリンファイヤーの魔術玉を俺は左手に持つ。

 使い方は確認した。これをティデリア監視長にぶつければ発動する。

 だから当てろ。確実に当てろ。今の鈍った彼女になら大丈夫だ。


 俺は剣を振り上げたティデリア監視長と鍔迫り合いをし、そのままはじき返す。そして背後から攻めるエレナに注意がいったとこで、



「ここだぁっ!」



 俺は投げた。

 林檎ほどの大きさの丸い玉。

 それは真っ直ぐティデリア監視長へと飛んでいく。



「エレナ、離れろ!」


「えっ、なによこれ!」



 エレナはすぐさま後退する。

 走りやすい革製のエレナの靴が地面を擦る音を響かせながら離れると、ティデリア監視長は、俺が投げたゴブリンファイヤーの魔術玉を視界に入れた。


 だけど当たる。当たれ!

 そう思っても、彼女に当たるよりも、彼女の反射神経の方が上回った。

 ティデリア監視長は地面に剣を突き刺し、



「くっ──絶氷斬アイシクル・スレイド!」



 ティデリア監視長よりも大きな青白く輝く六亡星が彼女の背後に出現すると、そこから無数の氷の槍が出現する。

 そして、魔術玉がティデリア監視長にぶつかる前に、激しい爆炎を発生させ、この辺りには爆煙が蔓延した。


 見えない。予想以上に威力があったな。


 これならやれたか? とも思うけど、最後に確認したのは氷の槍で相殺して防ぐ光景。


 だからおそらく……駄目だった。


 次の一手を考えた。

 だけど爆煙が晴れて確認できたのは、ティデリア監視長の小さな体がガクッと沈み、そのまま左膝が力無く地面に付けた姿だった。


 息も荒い。立とうとしてるのだろうけど、それができないでいる。

 その状態が、エレナの加護を使用するときに消費するマナが切れた姿に近い状態と同じだと、すぐにわかった。



「……ティデリア監視長、そろそろ見逃してもらえないですか?」



 おそらく氷の柱と壁を維持するのに、彼女は何らかのエネルギーを使っていたはずだ。そして今使った氷の槍で、そのエネルギーが空になったはずだ。

 その証拠に、ティデリア監視長の体はぐったりと、疲労しきった表情をしていた。


 だが彼女は俺を見て、強い眼差しを向けてくる。



「私は……まだ負けてない。私は、アイツの元に行かねば──」



 だけどそこで限界を迎えた。

 パリン! と周りの氷が粉々に割れて、微細なダイヤモンドダストのように綺麗に舞った。

 そして倒れたティデリア監視長を見つめている俺に、エレナが側に寄ってくる。



「限界だったのね……一人でよくやるわ」


「ああ、凄い人だね」


「執念で生きてきたような人なのかしらね。ヴェイクに話を訊きたいがために、ここで働いて、やっと再会できたヴェイクに繋がる私たちを、逃がしたくなかったんじゃないのかしらね」


「……かもね」



 俺には真似できない。

 ただヴェイクに話を訊きたくてここまでするなんて……。


 だけど彼女には、曲げられない信念があったのだろう。


 それを共感できるか? と問われれば、俺は無理だと答える。だって俺なら、こんな敵対するような生き方はしない。

 何かお互いに事情があったとしても、その理由を、こんな争う形ではなく、ちゃんと話し合って知りたいと思うからだ。


 だけど彼女はヴェイクの敵として前に立った。


 俺たちが迷宮監獄に侵入して、それを監視長である彼女が止める──理由としては間違っていない。いないけど……これはやっぱり違うと思う。

 それにきっと、理由がなくてもこうなってたはずだ。そして、このままだとまた、ヴェイクや俺たちに危害を加えてくる。



「……どうするの?」



 エレナに訊かれた。

 見捨てるのか、それとも……。



「彼女の傷を治してあげられる? このまま、ヴェイクと話をさせないで別れさせるのは、少し可哀想かな」



 そう伝えると、エレナはため息をつく。



「言うと思った。連れてくつもり?」


「そうなるかな」



 エレナは、はあ、とさっきよりも大きくため息をついて、眠るティデリア監視長に手を差し伸べる。



「連れてく途中に殺されても知らないわよ?」


「そうならなければいいかな……ねえ、俺の考えは甘いかな?」



 エレナは、俺を見つめて答えた。



「甘いわね。あまあまね。だけどまあ、あんたってそういう性格だから、いいんじゃないの?」


「どういう性格だよ」


「馬鹿だってことよ──聖樹の導きよ──治癒の息吹エアリアブレス



 柔らかい光がティデリア監視長の全身を包み込む。

 そしてエレナは、加護の力を使うと立ち上がって俺を見る。



「はい、外傷と疲労はある程度だけど回復させたわ。眠ってるのまでは、起こせないけどね」


「そうか。それじゃあ、このまま出ようか」



 エレナにそう伝え、俺はティデリア監視長の小さな体を背負った。

 強かったのに、背中に感じるのは、とても小さな重みだった。



「こんな小さいのに、俺なんかよりもしっかりしてる。凄く心地のいい、優しい感触だよ」



 眠っていれば普通の子供のようだ。

 そして眠った顔も、さっきまでの殺伐とした雰囲気はない。

 優しい風のような、そんな感触があった……。



「あんた……」



 エレナが俺を見て動かない。透き通ったオレンジ色の瞳が、どんどん目蓋を閉じ細くなっていく。



「……もしかして、小さいのが好きなわけ?」


「は? 何が小さいのが好きなんだよ……」



 そこで気づいた。

 エレナが腕を組んで、そっぽを向いてるのを。

 そしてぺったんこ寄りの胸を、少しだけ中央に寄せてるのを。



「俺は……まあ、小さいのも、好き、かな」


「……なんで片言なのよ。というより、どこ見て言ってんのよ」


「え? それはエレナのちっぱ──いってぇぇ! やめっ、蹴んな、おいっ!」



 痛い。めちゃくちゃ痛い。

 容赦ない蹴りをしてくる女は、黄昏色に頬を染めて、涙目だ。



「この変態! 帰れ、帰れ帰れ帰れ! なによなによ、胸なんてただの脂肪の塊じゃない! あんなの、あんなの──認めないわよ!」



 何を認めるのか。

 俺は逃げるようにして、この建物から出て行った。 

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