第49話 違った一面


「ルクス、あの赤ちゃんをお前のアイテム袋に入れられないか?」



 ヴェイクや、他の皆が神妙な面持ちだったのは、これを言いたかったのか。



「フェリアを?」


「フェリア? それがあの赤ちゃんの名前か?」


「うん、エレナが言ってたからね」


「名前を覚えてるってことは、自分のことは少なからず覚えてるってことだな。それで、アイテム袋に入れれそうか?」


「……俺のアイテム袋はモンスターと、武器とか防具、それに消耗品だけで人は入れれないよ?」


「ああ、つまりだな……」



 ヴェイクは頭をかいて、歯切れが悪かった。



「要するにだな、あの赤ちゃんがモンスターかどうか、一度お前の持ってるアイテム袋に入れてみればわかんじゃねぇか、ってのが俺たちの考えなんだよ」


「えっ、それって……」



 俺は他の皆を見る。

 どうやらその意見には、皆が賛成のようだ。


 フェリアをアイテム袋に入れて、武器とかと調合できればモンスターという証明になる。

 別に調合結果だけを確認して途中で止めることもできるんだし、いいかもしれないな。



『主よ、我は反対じゃ』



 と不意に声が聞こえた。

 俺の加護を具現化した存在のルシアナ。

 その言葉に、俺は心の中で言葉を返す。



『どういうことだ? 試すだけならいいんじゃないのか?』


『試すだけ、か……別に無理強いはせんが、あやつは人間でもモンスターでもない可能性があるのじゃ』


『どちらでもない可能性って、神様とか言うんじゃないよね?』


『……我にもよくわからんのじゃ』


『なんだ、いつになく歯切れが悪いな』


『……うむ、なんとなくは、わかるのじゃ。ただ確実ではないなら何もしないほうがいいと思うのじゃ。今の段階で言えるのは、その赤子が異質な存在ということ。そして、その異質な存在に主と、主の想い人が選ばれたってことじゃな』


『想い人……まあいいや。俺とエレナが、その異質な存在に選ばれたってこと? ……それはマズいことなのか?』


『……我は神ではない、ただの加護を具現化した存在だから、そこまではわからんのじゃ。ただ二人は導かれたのじゃろ、よくわからぬ存在に。それに、このアイテム袋には死んだモンスターしか入れられぬのは知っておるだろ?』


『あっ、そうだった』


『主よ、忘れておったのか?』


『……別に。じゃあ入れるには、フェリアを殺さないと駄目ってこと?』


『うむ、赤子を殺したくはないであろう?』


『それは勿論──』


『おい、アイントゴーレム! 我の足下もしっかり掃除せぬか、アホが』



 ん、いきなりどうした?



『ルシアナ、なにかあったの?』


『んん、主が沢山連れてきたアイントゴーレムに家事を教えたのだが、どうも手際が悪くてのう、まだクスクスのほうが器用でマシじゃ。──あっ、おい、その雑巾は濡らして使うのじゃ! ……なに? 水が嫌い? お主の好き嫌いなぞ知らぬ、いいから水を付けて拭くのじゃ!』



 どうやらアイテム袋の中では、ルシアナは女王様のような存在らしい。



『というより、モンスターたちを殺さないとアイテム袋に入れられないって、さっきルシアナが言ってたけど、アイテム袋の中では生きてるの?』


『我の力にかかれば、こんなの朝飯前じゃ!』


『そ、そうなんだ……よくわからないけど』


『主には少し難しかったかの。だがまあ、話を戻すと、どうするかは主に任せるのじゃ。だが……あの娘は、その謎の赤子を気に入っておるのじゃろ? それなのに、試したいからと言って殺したら、あの娘を泣かせてしまうのではないか?』


『それは……』


『まあ、この件は全て主に任せるのじゃ。──あっ、これ、アイントゴーレム、今度は雑巾に水を付けすぎじゃ! で、では、我はこれから忙しいのでな』



 と、そこでルシアナの会話が途切れた。

 アイテム袋の中は忙しい、後は自分で判断しろ……ってことなんだろうか。


 たしかにエレナはあのフェリアって赤ちゃんのことを気に入ってるような気がする。

 それなのに殺してアイテム袋に入れたら、エレナは泣いて俺のことを嫌いになるかもしれないな。


 俺は少し悩んで、皆に伝えた。



「アイテム袋に入れられるのは、死んでるってのが条件なんだ。それに、まずはフェリア本人から話を聞くべきじゃないかな?」


「まあ、それはそうだが」


「うん。そうと決まれば、まずはエレナが聞き出した情報を……」



 俺は立ち上がり、エレナとフェリアを呼びに行こうとした。

 が、止めてまた座る。そしてサラを見て、



「……サラ、エレナを呼んできてくれる?」


「ん、アタシが?」


「うん、サラが」


「なんで?」


「なんでも」


「んー、よくわかんないけど、わかったよ」


「ありがとう、でも廊下で大声を出しながら部屋まで向かったほうがいいよ。エレナのためにも、サラのためにも」


「……ルクス、どったの? なんか変だよ」


「いや、なんでもないんだ」



 申し訳ないが、まだお母さんみたいにフェリアとじゃれてたら、俺は部屋の中には入れないんだ。


 ふーん、とサラは納得してるのか納得してないのかわからない反応をしながら、廊下へと向かう。

 そして廊下には「エレナー、エレナー!」と叫びながら歩いていくサラの声が響く。



「な、なんぞ!?」



 上の階からエレナの間抜けな声が聞こえ、ドタドタと慌てるエレナの足音が聞こえる。

 そして上の階がシーンとなると、サラとエレナ、それにフェリアは部屋へと入ってくる。



「……ごめん、少しだけこの子に話を聞くのに手間取ったわ」



 エレナはそんなことを言ってる。

 ただフェリアが可愛くて遊んでたんだろ!

 と笑いたくなる気持ちを胸にしまって、にんまりとした笑顔をエレナに送る。


 するとエレナは俺を見て、



「……なに、なんで笑ってんのよ」


「わ、笑ってないよ、別に」


「笑ってるでしょ、あんた」



 エレナは慌ててるが、フェリアを抱きかかえてるから俺を叩くことはできずにいた。

 そして前を向き直ると、



「それで、何か方針は決まったの?」



 エレナは俺の隣に座り、これからのことをヴェイクに聞く。



「微妙だな。とりあえず、その赤ちゃん……えっと、フェリアだっけか? そのフェリアから何か情報は聞けたか?」



 ヴェイクの言葉に、エレナは目を見開いた。



「……なんで、この子の名前を知ってるのよ?」


「なんでって、ルクスがエレナから聞いたって言ってたぞ?」


「あっ、それは……」



 ヤバい。エレナから聞いたんじゃなくて、エレナのの話を盗み聞きしただけなんだった。



「ルクスから……?」



 ギギギ、と壊れかけのオモチャみたいな固い動きで俺を見るエレナ。

 その目は、なぜか殺意が宿ってるように感じた。



「……私から、聞いた? ……私は、言ってないわよね?」


「それは……その……」


「どうやって、知ったの……? ねえ、どうやって?」



 少しずつ、少しずつ、エレナは俺に近寄ってくる。

 これほど怖いと思ったのは久しぶりのような気がする。


 俺は苦笑いを浮かべながら、



「いや、ごめんね、中の声が聞こえちゃったからさ、あははっ」



 と可愛く伝えると、エレナの唇がプルプルと震え涙目になりながら、



「この……」


「ん? なにかな?」


「この……バカルクスゥッ!」



 エレナは近場にあった物をポンポン俺へと投げつけてくる。



「やめっ、やめろっ、痛いって」


「うるさい、バカ、アホ、バカっ!」



 比較的に柔らかい物だから助かった。

 それよりも、エレナが顔を真っ赤にしながら暴れてる姿を見て、なぜだかいいモノを見れたという嬉しい気持ちになった。


 周囲の皆は、微笑ましい光景を見てるような、そんな表情をして助けてくれそうにない。


 そして、エレナの凶暴化が収まったのは、それから一〇分後ぐらい──エレナが弱々しく涙した時だった。



「……ぐすっ、ぐすっ……最悪よ、あんたに見られるとか……最悪よ……」


「あーあ、ルクスがエレナを泣かせたー。悪いんだー」


「ルーにぃ、女性を泣かせるのは酷いと思うのです」



 ぐすぐすと泣くエレナ。

 そして、サラとラフィーネに責められてる俺。

 別に悪いことはしてないんだが……まあ、泣くほど聞かれて嫌なことだったんだろう。



「ごめんって、エレナ」


「うるざい……バカ」



 だがエレナが泣くとこを初めて見れて、なぜか俺は嬉しく思ってしまってる。

 普段は強気な女性が弱々しく泣いてる姿というのは、なんとも魅力的だと思う。


 そんなことを考えていると、ヴェイクは呆れ顔で俺を見る。



「……とりあえず、ルクスが悪いということで、後でエレナの命令をなんでも一つ聞くということで手を打とうじゃねぇか」


「なんでだよ!」


「なんでも……? まあ、それならいいけどさ」



 それで許せるエレナにも驚きだ。



「とにかく、まずはこのルクスとエレナの赤ちゃんをどうするか決めようぜ?」


「俺の子じゃない!」


「私の子じゃない!」


「息がぴったりでございますね。わたくしはとても嬉しく思います」



 なぜかモーゼスさんが嬉しそうにしてる。

 そしてフェリアはニコニコと、俺たちを見て笑ってる。



「ママとパパ、なかよしっ!」



 フェリアの言葉に、俺とエレナは同時にため息をつく。

 そしてヴェイクも何故かため息をつきながら、



「んで、フェリアから話は聞けたのか?」


「残念ながら聞けたのは名前だけよ。他は覚えてないってさ」


「情報は無し、ってことか」


「あの、フェリアちゃん」



 ラフィーネがフェリアの目線に合わせる。



「なんで、ルーにぃと、エレナさんが、パパとママなのです?」


「んー、パーパとマーマだからっ!」


「えっと、その理由を聞きたいのですが……」


「パパはパパっ! ママはママっ!」


「そうですよねー、だそうです」



 ラフィーネは俺を見て、助けを求めるような表情をする。


 そこで、



「少し私からいいだろうか?」



 ずっと黙っていたティデリアが口を開く。



「この赤ちゃんとは関係ないんだが、周辺で少し妙な話を聞いてな」


「妙な?」


「ああ、この七階層から八階層へと向かうモンスターエリアが、立入禁止になってるらしいんだ」


「立入禁止?」

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