第50話 高級店にて


「立入禁止ってどういうこと?」



 ティデリアに聞くと、彼女は難しそうな表情をしていた。



「ルクスたちが買い物に向かってる時、私も少しこのセーフエリアを探索しててな。その時に耳にしただけだから、なんとも言えないのだが、モンスターエリアで黒龍が暴れているらしい」


「黒龍って、この階層のボスモンスターだよね?」


「ああ、そうだ」



 ティデリアの言葉に、今度はヴェイクが口をへの字にしていた。



「だがよ、俺たちの知ってる黒龍ってのは、かなり気性が穏やかな奴じゃなかったか?」


「そうだ。だから私もおかしいと思ったのだが、実際にモンスターエリアの近くへ向かった時、門を守る連中がピリピリしていた。立入禁止までとは言わないが、あまりモンスターエリアに踏み込むのは良しと思われんだろうな」


「……めんどくせぇな、それっていつまでとかわかるか?」


「そんなの私にもわからん。黒龍が暴れてるのが収まるか、討伐されるまでか、だろうな」


「黒龍がこの階層の連中に討伐されるとは思えねぇな……ってことは、聡明騎士団が主力として動いてんのか?」


「聡明騎士団? なにその、王国の騎士団みたいな名前」



 俺の言葉に、ティデリアは鼻で笑った。



「聡明騎士団はこの七階層を拠点にしてるギルドの名称、つまりは、あの馬鹿みたいに大きな城の主たちだな。まあ、騎士に憧れた連中の寄せ集めみたいなギルドだ」


「いやだねー、そんな妄想だだ漏れのギルドネーム。アタシならもっとカッコいい名前を付けるよ」


「たとえば?」



 サラが自信満々な感じにしていたので、とりあえず聞いてみた。

 すると、腰に手を当てた彼女は言い放つ。



「ギルドネームは、そのギルドのシンボルなのさ。だからアタシなら《世界樹の星》とかだね。どうどう、めちゃくちゃカッコいいしょ?」


「……あんた、世界樹の星になってどうすんのよ、こんな星のない空間で」


「なんだとー!? 世界樹を照らす星になるって意味に決まってんじゃん! じゃあ、エレナはどんなのがいいのさ!?」



 サラのいつものめんどくさい絡みに、エレナは顔を引きつらせる。

 だが、この場の空気はエレナの考えるギルドネームに興味があり、全員がエレナの言葉を待っていた。

 そしてエレナは悩んでから、少し恥ずかしそうに小声で答えた。



「せ、世界樹の……加護、とか?」


「世界樹の加護?」



 シーンとなった空間。

 そしてサラは、腹を抱えて大爆笑した。



「あはははっ、世界樹の加護って、なにさっ、どんな加護ですかー!? あはははっ!」


「う、うるさいっ! 世界樹全体を照らす加護みたいな、そんな意味合いよ!」


「そんなのアタシと変わらないじゃん! あはははっ!」



 大爆笑するサラと、顔を真っ赤にするエレナ。

 俺たちは変な空気のまま、何も決まらずに夜ご飯にすることにした。







 ♦






「ほら、早くしなさいよ」



 なぜか俺は、エレナにセーフエリアを連れ回されていた。

 それは勿論、フェリアも一緒にだ。フェリアはエレナの腕の中でニコニコとしながら周囲を見ている。



「パーパとマーマと、おっでかけっ!」


「そうね……あれはパパじゃないけど」



 宿屋の時は俺のことを『パパ』と呼んでくれたのに。それに、あの時のフェリアにデレデレしていたエレナはどこへいったのか。

 まあ、俺の前だから隠してるのだろう。

 もう皆が知ってるのだからいいのに、とも思うが、そんな事を言えば殴られそうだ。



「……なあなあ、どこ行くんだよ」


「高級料理店よ」


「なぜ?」


「後で私の命令を何でも訊いてくれるって言ったじゃない」


「俺は何も言ってない。言ったのはヴェイクだ」


「同じことよ」


「同じじゃない!」



 それは俺が約束したことじゃなくて、ヴェイクが話を進めるために勝手に決めたことだ。


 そしてエレナは、フェリアを前に出し、



「フェリアのパパ(仮)は嘘つきなのよ」


「パーパ、うそはだめっ」


「嘘はついてない。というより、まず(仮)ってのを否定しような、フェリア?」



 こういう時だけ、パパ呼ばわりするなよ。



「美味しい夜ご飯を奢るで許してあげるんだから、有り難く思いなさいよ。ねえ、フェリア」



 いつも通りだろ、それ。

 俺はそう言いたかったが、隣を歩くエレナにそれを言えば、おそらく激怒されるから止めておこう。



「まあ、いいけどさ。あんまお金無いのにな」


「大丈夫よ。──まだ金貨一〇枚ぐらいはあったでしょ」


「なぜそれを知ってる!?」



 俺の財布の中身を見たのか!?

 そう思ってエレナを見るも、彼女は反対側を向いて俺を無視してくる。



「ま、まあいいや。というよりさ、このセーフエリアって、ほんとあの城みたいなのが無ければ地味だよな」


「そうね。だけどあの場違いなのが無かったほうが私は好きね」


「地味なのがいいの?」


「全然、地味じゃないわよ。……もっと地味で、つまらないとこなんて沢山あるわよ」


「……エレナ?」



 少し悲しい雰囲気を出すエレナ。



「まあ、私はそういうとこが好きだけどね。あんなお城で暮らすより、よっぽど幸せだわ」



 だけど、すぐに笑顔で大きなギルド会館を指差していた。

 だから俺は隣を歩き、鼻で笑った。



「それなら、あの約束は無しでいいかな、世界樹の最上階をプレゼントするっての」


「それとこれとは別よ。貰える物は貰わないとね」


「……がめついな」


「……うっさい。タダなら貰うのがいいでしょ」


「タダって言うな、タダって」


「タダなんだからいいでしょ。それより、ねえ、ここにしましょ?」



 エレナが足を止めて見つめるのは、明らかに高そうなお店の看板。

 その看板には『ルッフェル・マルシェ』って書いてあって、そこが俺の好きなお店でないのは一目瞭然だった。



「……本気で言ってる?」


「ええ、本気よ」


「……めちゃくちゃ高そうだよね?」


「ええ、そうね。だけどルクスのお金だから私は痛くないわ」


「……最低だ」


「フェリアもここがいいわよね?」


「んー、フェリア、わかんないっ!」


「ほら、フェリアもこう言ってる」


「わかんないって言っただろ!?」


「わかんないは、ここがいいって意味なのよ。ほら、早く行くわよ」



 エレナはそう言って、フェリアと共にお店へと向かう。


 これはマズい。


 そういう直感がしたから、俺はお店へと続く階段を上るエレナの背中を見送った。

 エレナは俺に向けて「ルクスってこういうお店とかよく来るの?」とか喋ってる。返事のない質問を続けるエレナを、俺は鼻で笑って見送る。


 そしてピタッと、お店の入口で足を止めたエレナは、ゆっくりと後ろを振り返り、



「ねえ、なにしてるの? 私、一人で喋ってたじゃない」 



 冷たい声で投げかけられた。

 少し恥ずかしかったのか、顔を赤くさせたエレナは今にも飛び蹴りをお見舞いしてきそうな雰囲気があったので、俺は覚悟を決めて、そのお店へと入っていく。



「いらっしゃいませ」



 上品なお出迎えをしてくれた店員。

 俺たちがよく行くお店は「しゃっしゃっせー」とか、よくわからない大声を出してくるので、やっぱりここが高価なお店であるのは理解できた。



「……やっぱり帰らない?」


「……今、入ったのに出れるわけないじゃない。ほら、席に付くわよ」



 こういうお店を渡り歩いていそうな雰囲気だったエレナは、上品なお出迎えをした店員を見て、少しかしこまっているようだった。


 そして俺たちは席に付く。


 上品そうな白い布が敷かれた丸いテーブルが幾つも置かれた空間。

 よく行くお店のような油汚れとかは一切ない壁に、床とかもピカピカしていて綺麗だ。



「なあ、ここって金貨一〇枚以内で足りるのか?」


「無理でしょうね。まあ、足りなかったら私も出すから安心して」


「……優しい、なんか裏でもあるんじゃないのか?」


「失礼ね。ただ金貨一〇枚丁度に計算するって意味よ」



 それは、自分は出さないって言ってるのと一緒じゃないか。



「こちらがメニューになります」


「ありがとうございます。じゃあ私は──」



 メニュー表を見たエレナは目を丸くさせ固まった。

 嫌な予感がする。俺はメニューを見たくなかった。



「……ルクスが決めていいわよ」



 ニッコリとした笑顔で俺にメニュー表を渡してくるエレナ。

 


「まじかよ……。うげっ」



 メニュー表に記された値段はどれもこれも馬鹿みたいな値段だった。

 フェリアを抜いたとしても、決して二人分を金貨一〇枚で支払えるとは思えない。

 俺は店員がいないのを確認してから、正面に座るエレナを、メニュー表から目だけを出して聞く。



「なあ、幾ら持ってきた?」


「……秘密」


「教えてくれよ」


「ヒ、ミ、ツ」


「人差し指を付けて可愛く言っても誤魔化せないからな」


「……チッ」



 エレナはなぜか舌打ちした。

 そして指を二本出し、



「二枚」


「えっ?」


「私とフェリア合わせて二枚よ」


「お前、それしか持ってきてないのかよ……てか、フェリアを合わせるなよ」


「私とフェリアはセットなのよ」


「稼げない赤ちゃんとセットって……」


「そこはもういいわよ。それより絶対に金貨一二枚で収めるわよ。あるでしょ、なんか安そうなの」


「あるとは思うけど……。それに、金貨一〇枚しか持ってきてないとは言ってないけどさ」



 そう言ってメニュー表を見ると、ジーッとした目線が前から飛んできた。



「……増えた」


「えっ?」


「私の計算から増えてる。なんで?」


「……まず、その計算ってのはどこから計算してたんだ? なあ?」


「それはいいでしょ、別に──」


「おじゃまするぞ!」



 エレナの声に被るようにいかつい声が店内に響く。

 扉が開いて入ってきた集団は、統一された赤色の鎧を着ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る