第71話 始まり


「ここでいいのかな……」



 次の日の朝。


 俺たちはクエストを依頼した人の元を訪れる為に、左下にある居住区にいた。


 結果として、移動式ハウスが報酬のクエストではなく、リヴィーサのネックレスが報酬になってるクエストを受けることに決めた──のだが、普通のクエストなら内容が記されてるのに、そのクエストだけ内容は非公開だった。 



「……胡散臭せぇクエストだから、用心はしておいたほうがいいだろうな」



 依頼人の名前は『リタ・アルベリオ』という、おそらく女性の人で、その人が暮らしてるであろう一軒の家屋の前に到着し、ヴェイクが疲れた様子で口を開く。


 疲れたのはクエストのこととは関係はない。

 昨日の夜、ティデリアからネチネチとした説教を受けたらしく、終わってから『余計なこと言うなよ』と不機嫌そうに言われた。


 まあ、それはいいのだけど。それらのことがあって、ヴェイクとティデリアは朝から険悪なムードだ。



「まあ、入ってみればわかることよ、用件と違うなら、すぐに帰ればいいわ」


「まっ、それもそうだねー」



 このクエストを受ける理由を教えた、エレナとサラは悲しそうな表情をしている。



「ここに……モーゼスさんの奥さんの、居場所の手掛かりがあるのですね」



 このクエストにモーゼスさんの奥さんである、リュイスさんの手掛かりに繋がる可能性があるということを伏せるかどうか迷ったけど、モーゼスさんが『ラフィーネに隠しごとはしたくない』と言ったので、教えることとなった。

 大丈夫だろうか、暴走しないだろうか。心配だったけど、ラフィーネは悲しそうに俯くだけで、それ以上は何も言わなかった。



「手掛かりになれば、いいな」


「ティデリアさん……はい、なのです」



 何に対して悲しんでるのか、それは俺にはわからない。だけど、ティデリアさんが隣に寄り添ってケアをしてくれている。

 だからラフィーネは、少しだけ笑顔を見せる時がある。ティデリアと目が合うと無言で大丈夫と伝えてくれた。


 俺は頷き。



「それじゃ、入ろうか」



 振り返って皆に伝えると、先頭を切って前を歩く。


 一瞬だけど、モーゼスさんの表情を見てしまった。その悲しさを隠すような、無理に作った笑顔は印象に残る。


 だけど先に進めば、その笑顔が心の底からの笑顔になると信じて家の中へ入る。


 家の大きさは一般的だ。一階と二階があって、広さも普通ぐらい。



「あの、すみません……」



 声を出しながら玄関部分で立ち止まると、生活感のないことがはっきりと見てわかる。

 家具はなく、ただ客人と話をするような椅子が幾つかあって、大きなテーブルが部屋を埋め尽くしている。


 二階で生活してるのだろうか? そう思ったけど、入口の目の前にある階段を上がった先はすぐに廊下になっていて、見てもよくわからない。



「いない、のかな?」



 返事がない。

 だけど、ヴェイクは首を横に振って小さな声で答えた。



「いや、いるな」


「人の呼吸をする音が聞こえる、かな?」



 聴覚が人一倍いいサラが言うなら間違いないのだろう。

 そして何度も声をかけてると、二階部分から足音が聞こえた。


 ギシッ、ギシッ、と木の床を踏む音は、次第にこちらへと近付いてくる。

 セーフエリア内での戦闘は厳禁。それでも、ヴェイクとティデリアは警戒するように上半身を低く、階段部分を見つめる。



「……朝から、うるさいわね」



 聞こえたのはダルそうな女性の声。

 そして階段を曲がった先から現れたのは、ボサボサしただらしない茶髪を腰まで伸ばした女性で、開いてるのか閉じてるのかわからないほど細い目に、大きく開いてあくびをしている彼女からは色気など微塵も感じない。

 一六〇ほどの身長で、服装は二の腕を出した赤色の上着に短パンとラフな格好。



「えっと、あなたが『リタ・アルベーロ』さんですか?」



 ここに暮らしてるっぽいから、きっとそうなんだろう。

 そして、二〇代後半ぐらいの年齢であるリタさんは、更に目を細めて俺を──いや、俺の手に持ってるクエストの紙を見つめた。



「それ……あんた、クエストを受けに来たの?」


「えっと、まあ……このリヴィーサのネックレスのクエストを受けに来ました」



 受けるというよりも、話を聞く為だが。

 そう伝えると、訝しそうな表情をしながらジーッと、今度は俺の顔を見つめた。



「ふーん、あんたがこのクエストを受けようと思ったのか?」


「えっ、俺……」



 ではない。

 だけどラフィーネの手前、なんて言えばいいかわからず困っていると、



「わたくしが、受けたいと言ったのです」



 モーゼスさんが一歩前に立つ。

 リタさんは、今度はモーゼスさんを足下から頭の天辺まで観察していた。


 少し考えてから、リタさんはモーゼスさんに問いかける。



「……名前は?」


「モーゼス=アルバレオでございます」


「……アルバレオ、か」



 モーゼスさんの家名で何かを察したのか、何度か頷くとテーブルまで向かう。



「中に入って」



 入れということか。

 俺たちは適当に置かれた椅子へと座る。



「お茶なんかはないわ。それで、このクエストを選んだ理由を聞かせてくれる?」


「その前に、リタさんは、リュイス=アルバレオという女性を知っていますか? 三〇代くらいの女性だと思うんですけど」



 今から一〇年前に亡くなったということだから、リュイスさんを知ってるとすれば三〇代ぐらいの頃のリュイスさんだろう。

 モーゼスさんとリュイスさんは歳が離れた夫婦だ。だから六〇代手前のモーゼスさんを見ても夫婦だと気付かないかもしれない──けど、リタさんは目を見開いて、すぐに俯いた。



「……その人と、あんたたちの関係は?」


「……わたくしの、妻です」


「そう」



 リタさんは腕を組んで息を吐いた。



「リュイスから、よく旦那の話を聞かされてたわ」


「えっ、リタさんはリュイスさんと知り合いだったんですか?」



 俺は食い入るようにリタさんを見つめる。すると、彼女は頷いて話してくれた。



「私とリュイス、それと残り四人は同じギルドには所属していなかったけど、いつも一緒に世界樹を探索していたわね。まあ、形式上ではギルドじゃないけど、やっていたことはギルドのようなものだったかな。その時に、あんたの話をリュイスから聞かされてたのよ」



 リタさんは立ち上がると、棚から氷の花びらのネックレスを手に取ると、それをモーゼスさんに渡した。



「これ、リュイスの持ち物で間違いない?」



 それを受け取ったモーゼスさんは、ジッと、悲しそうな目でそれを見つめた。



「……どう、でしょうか。年数が経っていて氷の花びらが欠けておりますから」


「そうよね。リュイス、これを肌身はなさず持っていたからボロボロなのよ。それをクエストの報酬にしたのはずっと前──あいつが亡くなった頃なのよ」


「やっぱり、リュイスさんは亡くなってるんですね」



 その質問に、リタさんは返答に困っていた。

 そして少し間を空けてから、俺たちの顔を見ないで小さな声で答えた。



「亡くなっていた方が、良かったかもしれないわ……」


「えっ、それって、どういうことですか?」


「……そのことは、あたしの口からではなく、自分たちの目で確かめた方がいいかもしれないわ」



 リタさんは立ち上がると、モーゼスさんをジッと見つめた。



「モーゼスさん、だったわね。あなたはリュイスと会う覚悟はある?」


「会う覚悟、とは?」



 無表情ながら、リタさんの表情には悲しさと申し訳なさが入り混じっていたように感じた。


 ──そして、悲しい物語の始まりを告げた。



「リュイスはまだ──この世界樹であなたを待ち続けているのよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る