第85話 それぞれの考える仲間

 ラフィーネも階段を下りてきて、ここにはルクスとモーゼスさん以外の全員が集まった。



「わ、私も、このままは、嫌なのです」



 ラフィーネはそう言って俯いた。

 その主のしょんぼりした姿に、ショートカットの黒髪の上に乗ったハムちゃんも、少しだけしょんぼりした感じがした。


 そしてヴェイクは壁に背を付けながら、難しい表情をした。



「まっ、ラフィーネの言う通りだな。このままじゃあ、俺たちが何のために一緒にいるのか、それに、世界樹にいるのかわからねぇ」


「ええ、そうよね」


「だが、ルクスはまだ準備していたいのだろ?」



 ティデリアの質問は、私に向けられていた。


 ルクスはそう、まだモンスターを狩って準備をしたいんだと思う。

 武器を作って、防具を作って、アイテムを作って。

 その時間がまだ欲しいのか、それはアイツが「上を目指そう」って言わないから、まだ欲しいんだと思う。だけどここにいる五人は、何をすればいいのかわからない。


 私は宿屋から窓の外を眺める。


 この十二階層のセーフエリアは、下の階層のどこよりも何も無い。寒くて永住しようと思う探索者がいないから人がいなくて、何の施設もないのだろう。だから私たちにとってここに長くいるのは、言ってしまえば退屈なのだ。


 だけどルクスが……。


 ルクスがモーゼスさんと二人で一緒にモンスターエリアに向かうから、私たちはここを離れられない。

 一緒に行けばいいのだと思うけど、それを、アイツはあまり良く思わないのかもしれない。


 その理由は、



「失いたく、ないのよね。ルクスは私たちを」



 私たちと離れてるのは、私たちと離れたくないから。

 自分が強くなればいい、強くなってみんなを守るんだ、そんな気持ちをアイツは持ってる。だから別で行動しようとしてる。


 だから私たちは、ルクスに何も言えないでいる。

 本当は言いたい。

 私たちは、仲間なんだって。

 仲間なんだから、力を合わせようって。



「あーもう!」



 サラは右足で床をダンダンと何度も踏んで、彼女なりのどこに向ければいいのかわからない苛立ちを見せる。



「あたしたちは仲間だよ!? 仲間なら、一緒に乗り切ろうよ! そりゃあ……ルクスのあたしたちを大切に思ってくれる気持ちは嬉しいよ。モーゼスさんの事もあったから、誰も失いたくないって思うのもわかるよ。だけどさ、そう思ってるのはルクスだけじゃないじゃん! あたしたちだって、そう思ってるのは一緒じゃん! これじゃあ……ルクスだけに押し付けてるみたいじゃん」



 サラの意見はごもっともだ。

 私たちはルクスに背負われてこの世界樹を進みたいんじゃない。


 ──隣を一緒に歩いて、様々な景色を見たいんだ。



「そうよね。アイツはきっと、勘違いしてんのよ。何でも自分一人でできるって」


「そうそう、そうだよっ! だからさ、あたしらも一緒にやりたいなって、そう、ラフィーネとずっと考えたのさ、ねっ、ラフィーネ!?」


「はいなのです! モルルンも、もう寒いのは嫌だって言ってるのです!」


「モルモル!」


「なんだよ、その理由は。まっ……俺も寒いのはもう飽き飽きだぜ」


「貴様は凍えてしまえばいいと思うのだが」


「おい、ティデリア……俺に冷たくねぇか?」


「ふん、貴様がわたしに──そうだ、さっきの件についてだがな」


「げっ、忘れたんじゃねぇのかよ」



 まただ。

 また、あの明るい雰囲気が戻った。


 モーゼスさんの奥さんの一件から消えていた、あの楽しい雰囲気が。



「んじゃよ、エレナ、ルクスに今日でも話しといてくれよ」



 ティデリアに睨まれているヴェイクが、私を見て言う。



「なんで私よ。みんなで言えばいいじゃない」



 そう言うと、サラが人差し指を立ててイラッとする表情をしながら、



「のんのん。ここはエレナが言うのが賢明なのさ。それに、ずっと二人で話してなかったでしょ?」


「……」



 図星だ。


 モーゼスさんの一件。

 ルクスの両親との一件。

 そして、私の父親の一件。


 それが理由で、私はルクスと二人で話してなかった。



「久しぶりに話せるし、いいんじゃないの?」


「まあ、みんながそう言うなら……」



 二人で話すのは久しぶり。なんだか少しだけ、ドキドキしてるのがわかる。


 だけどそれを顔に表すと周りがうっさいから、私は髪を触りながら適当な返事をした。

 にんまりしたサラとヴェイクの表情は、見なくてもなんとなくわかった。









 ♢







 出会いがあれば別れがある。

 だけど別れることなんて、誰も望んではいないだろう。


 一期一会の関係ではなく、ずっと続く関係がいい。


 それでも別れる時は、きっとくる。

 嫌だけど、仕方ない。嫌だけど。

 ただ別れるなら、モーゼスさんのように作った笑顔だとしても、笑っていたい。


 俺は、そう思う。


 だから嫌な別れ方は、ごめんだ。

 そんな別れを経験しないためにも、俺には力が必要だ。

 自分を守り、仲間を守り、大切な──彼女を守る力が。




「ルクス様、そろそろ戻りましょうか」


「そうだね」



 あれから五日間。

 俺とモーゼスさんは毎日のようにモンスターエリアに入り浸っていた。

 その理由は自分の加護である調合師スペシャリテを強めるため。


 だけど二人でモンスターエリアにいて思うのは、寂しいという気持ちばかりだ。



「そろそろ、皆さんと共に上へ目指すべきではないですか?」



 刀を腰の鞘に戻したモーゼスさんは言う。



「そう、だよね。俺も上へ向かいたいよ」



 だけど今の実力で、安全な世界樹の探索ができるかはわからない。というよりも無理だ。たぶん。絶対に。だから怖いんだ。


 どんなに武器や防具を作っても不安になる。

 どんなに便利なアイテムを作っても心配になる。


 どこまで備えれば、みんなと安全に先へ進めるのか。

 俺は、あの日から臆病になってしまった。



「主よ」



 帰り道。

 ふと腰に付けたアイテム袋が輝く。


 そして現れたのは、一三〇ほどの背丈に一房だけ黒色の前髪があり、腰あたり伸ばした赤髪のルシアナだった。

 彼女は少し疲れた表情をしていた。



「加護に限界はない。使い手が成長すれば、加護も自ずと成長するのじゃ。じゃがな、お主のようにずっとこの場に止まっていれば、これ以上の成長はないのじゃよ?」


「成長は……だけど、ここでモンスターを沢山討伐すれば」


「この階層のモンスターばかり討伐して何になるのじゃ? ヴァンウルフの装備とアイテムばかり揃えても、それは戦術の幅を広げるとは言わないのじゃよ?」



 この階層にはヴァンウルフしかいない。

 少し下りればスライムがいるけど、それでも、あまり種類に変化はない。



「上へ向かって、新しいモンスターでアイテムを作らないと成長しないってこと?」


「うむ。それにこの世界樹にはボスモンスターだっておるのじゃ。強くなりたいなら、より強いモンスターを武器や防具、アイテムにする。それが成長への近道なのじゃ」


「だけど、強いモンスターと戦えば危険が……」


「──パーパッ!」



 ふと何かが飛んできた。

 ふわふわしたクリーム色の髪に、中心に曲がった二本の角。

 赤ちゃんの姿をしたフェリアは、ギューッと力強く俺を抱きしめる。



「パパ、さいきん、げんきないっ!」


「俺は、別に……」


「ママも、げんきないっ! だいじょーぶ? パパとママ、けんかしたの?」


「ほれ主よ、娘が心配しておるぞ?」



 腕を組んだ幼女が全てを知ってるかのような表情で俺を見てくる。



「心配かけて、ごめんな」


「ううん、パパとママが、げんきになってくれたら、フェリアはうれしい!」


「主よ。一人でできる成長なんてのは限られておる。じゃがな、お主にはちゃんと仲間がおるであろう。その仲間と一緒に成長した方が良いと、我は思うのじゃよ」


「一緒にか」


「ルクス様、わたくしもそう思います。仲間を失いたくないと思っておられるのは、わたくしも、皆さんも同じでございます。なので力を合わせて、共に進んではいかがですか? もう少し、皆さんを信じてください」


「モーゼスさん……そうだね。少しだけ、背負い過ぎてたのかもしれない」



 一人で抱え込まないでいいのかもしれない。ずっと共にいてくれる仲間がいるんだから。


 俺はそう思い、フェリアの頭を何度も撫でた。









 ♢







「……ちょっと、後でいい?」



 セーフエリアへ戻った俺たちは、みんなで食事をする。そんな時、エレナはそっぽを向きながらそう聞いてきた。



「ああ。その前にみんなに伝えなきゃいけないことがあるんだ」



 俺はみんなに伝えた。

 どうしてずっとモンスターエリアにこもってたのか。

 どうしてモーゼスさんと二人でモンスターエリアに行ってたのか。


 自分が、これからどうしたいのか。


 そう伝えると、真っ先に答えたのはそっぽを向いていたエレナだった。



「……タイミング、良すぎでしょ」



 それが何を意味するのかよくわからなかったけど、他のみんなは俺の気持ちを知って、これから上へ向かいたいことに賛成してくれた。


 そしてその後は、エレナと二人で話す予定だったのだけど──。



「エレナなら、明日は朝早いからってもう寝たよ?」


「えっ、さっき話があるって」



 女性部屋の前でサラにそう言われた。



「まあ、あれだね。タイミングが悪かったってことだよ」


「タイミング? エレナはタイミング良すぎだって」


「んー、それはエレナにとってはタイミングが悪かったのさー」


「よくわかんないけど、話は無しってこと?」


「まあねー」



 それはそれで少し悲しい。

 久しぶりに二人で話せると思ったのだけど。



「そうか、わかったよ。また明日」



 俺はそう言って帰ろうとした。

 すると、



「あー、ルクス、一つだけ伝えておくとね」



 頭をポリポリ掻いたサラは、次の言葉を言おうかどうか躊躇っていた。

 だけど結局、彼女は口にした。



「エレナね、ルクスがみんなを頼ってくれて嬉しいってさ」


「えっ?」


「まあ、不器用なツンデレちゃんだから、あんまり顔にも口にも出さないようにしてたんじゃないのかな? まっ、それはあたしらも同じだけどね。んじゃ、おやす──」



 おやすみと言おうとしたのだろう。

 だけどその途中で、サラは部屋の中から伸びた腕に中へと引っ張られてしまった。


 そして、バタンと扉が閉まると聞こえたのは、口を閉ざされているであろうサラの悲痛な叫びと、ラフィーネのあわわとした声だ。



「エレナかな」



 まあ、中の様子は知らない方がいいだろう。というよりも、知ったら知ったで怒られそうだ。


 だから俺は部屋へ戻り明日に備えた。

 明日は十三階層。この寒い気候とはおさらばだ。

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