第77話 来ない手紙
十二階層の宿屋には、下の階層では見慣れない物が置いてあった。
「うわー、暖炉なんてアタシ初めて見たかも」
パチパチと木を燃やす音を鳴らす暖炉。
それを見てるサラは、子供のようにはしゃいでる。
「ルクス、まだ手紙は書き終わらないのかよ?」
「あとちょっとで終わるよ」
ヴェイクにそう急かされながらも、机の前に座り視線だけは手紙に向ける。
宿屋に到着するなり俺たちは解散した。
リタさんとレオナルドさんはどこかへ買い物に。
モーゼスさんとラフィーネもどこかへ買い物に。
エレナとティデリアもどこかへ買い物に。
皆が買い物に向かった。
だけど一緒じゃない、別々に向かった。
そして俺とサラとヴェイクは、男部屋でだらだらとしてる。
「二人も皆と一緒に防寒の服でも買いに行けば良かったのに」
二人はなぜか俺といる。
ヴェイクはベッドに横になって、サラは暖炉をジーッと眺めてる。
「俺らまで行ったら、ルクス一人になんだろ?」
「まあそうだけど、別に一人でもいいんだよ?」
「またまたー、ルクスは寂しがり屋だから一緒にいてあげるよ」
「そういうこと。つか、誰と一緒に行けばいいのかわからねぇってのもあんだよな」
ヴェイクが上半身を起こして苦笑いすると、サラも暖炉に手を当てながら同じような表情をする。
モーゼスさんと何を話せばいいのかわからないってのは、たしかに俺もある。心配かけまいとモーゼスさんはいつも通りの表情するけど、それが逆に困ったりする。
「お前だって悩んでんだろ? さっきから手が止まってんぞ」
父さんと母さんに手紙を書こうとしてるんだけど、頭の中には明日のことで一杯だ。
俺は椅子の背もたれによしかかりながら、天井を見上げる。
「なんかね……嫌なことばっか想像しちゃうんだよ」
「それは、アタシもかな。だってどんな状況か教えてくんないんだも、あの二人」
「自分たちの口からは言わねぇ、自分の目で見て確かめろ、だもんな。少なからず説明してくれれば、対応ができるんだけどよ」
「対応してほしくないのかもね、リタさんとレオナルドさんは」
「対応してほしくない? それどういうこと?」
「先に言ったら絶対に止めるから、とかかな。わかんないや」
俺は二人じゃないからわからない。
それに知りたいけど知りたくないってのが本音だ。
「死んではいないけど、死んだほうがマシかもしれない。それって、どういう意味なんだろうね」
「さあな。深く考えても仕方ねぇよ。ただまあ、皆一人になりたくねぇってのは確かだな」
「一人に?」
ヴェイクは二段ベッドの上から飛び降りると、そのまま壁に背を付けた。
「一人になったら嫌でも考えちまう。俺たちはルクスみたいに小さい頃からモーゼスさんといたわけじゃねぇから、リュイスって人がどんな人か知らねぇ。だからなんて声をかけていいかもわからねぇし、どんな話をすればいいのかもわからない。だけどな、こうして一緒に世界樹で上を目指してる仲間だ。少なからず、それぞれが心配してんだよ」
「まあ、そうだよね」
俺もきっと、一人になったら考えてしまう。
だから手紙を書いて、書いた部分を消して、また書いてる。
ずっと進まない手紙の内容。それに二人が一緒にいてくれるから、気持ちが落ち着いていられる。
「それに」
ヴェイクが低い声を発する。
「この関係が崩れるのが怖いんだよ」
その言葉にサラも頷いた。
「それはアタシも同意見かな。ルクスはさ、ずっと一緒に頑張ってきた仲間が、突然別れるのって、どういう状況かわかる?」
「それは……」
「誰かが死んだ時と、上を目指す志を失った時がほとんどなの。仲間の死ほど辛いものはない、それに、上を目指す志がなくなったら、もうその人とは一緒にはいれない──アタシたちは仲間であっても、家族ではないんだよ」
サラはため息をついて、嫌だ嫌だと言わんばかりに首を左右に振った。
「ここに来たのはそれぞれ目的があると思うの。だけどそれを、誰か一人の為に辞めるのは無理って話さ。だからこの二つの出来事があったら、よく仲間関係が崩壊するって聞くね」
「きっと、リタとレオナルドが一緒にいた仲間ってのも、リュイスって人がいなくなってから、自然と解散したんだろうさ」
「そうかもね……」
「ああ、だから俺はよ、モーゼスさん、今回のが終わったら探索者を辞めちまうんじゃねぇかって思うんだよ、辛くてさ」
「で、でもっ!」
つい声を大きくしてしまった。
立ち上がった俺を、二人は悲しそうな表情で見つめる。
「リュイスさんは、まだ死んだわけじゃないよ……」
「それはルクスの希望的な意見だろ? だがリタもレオナルドも、生きてんなら俺たちにそう言うはずだろ? それなのに、どれぐらいの実力かどうかを試すような真似して、あれじゃあ、誰かと戦えって言ってるようなもんだろ……」
「エレナもティデリアも、ラフィーネも……モーゼスさんだって、みんな口にしないだけで覚悟はしてるんだよ。だからもしかしたら、あの二人はそう諭してるのかもね。リュイスさんはもういない、会うのを止めるなら今だぞ、ってさ」
二人のは正論だ。
俺が否定したいと思ってるだけで、正論かもしれないんだ。
だけど、
「そう、かもね……だけど俺は、どんな状況であっても、モーゼスさんにはリュイスさんと再会してほしいんだ。俺の、第三者の勝手な希望であっても」
会えるのであれば、話せるのであれば、そこにいるんなら会ってもらいたい。
会ってから後悔するかもしれないけど、ここまで来てモーゼスさんだって止められないだろ。
そう思ってると、ヴェイクに肩を組まれた。
「まっ、お前はそのまんまでいろよ」
「ちょ、止めろよっ、暑苦しいな」
「これからモーゼスさんが一緒に上がるか下りるかは、その時にでも決めようぜ」
「そうだね、決めるのはモーゼスさんだしさ」
「ああ。それよりお前は、早くお父様とお母様にエレナのことを紹介しろよ」
「──なっ! 何を紹介するっていうんだよっ!」
いきなり何を言うんだ。
慌てて立ち上がって二人を見ると、人を馬鹿にするような気味悪い笑みを浮かべてる。
「紹介、するんだろ?」
「隠し事は、なしだよ?」
「べ、べつに……ただ、仲間ができたって、皆と同じように紹介してるだけだから」
「んー、ほんとー? とか言って、大切な人がいるって紹介したんじゃないのー?」
うっ、となってしまった。
大切な人とは言ってないけど、まあ、そんな感じで書いたのは事実だ。
「えっと、前……あの、一〇階層で手紙を送った時には、エレナの名前も出したかな……」
「ほうほう、両親に伝えたってことは結婚も秒読みってことか」
「結婚って……エレナの気持ちだってあるだろ。まったく」
そう伝えると、なぜか二人は顔を見合わせてため息をついた。
「はいはい、ごちそうさん。んで、返事は来たのか?」
「なんだよごちそうさんって。いや、来てないよ」
「ありゃ、そうなん? ルクスのいたフィレンツェ王国って、そんな離れてたっけ?」
「いや、返ってきてもおかしくないと思う。エレナの送った手紙は返ってきてたし」
「ってことはあれだな、反対なんじゃね?」
ヴェイクはニヤニヤとそんなことを言う。
「結婚はまだ早い、駄目だ、ってな?」
「結婚って……べつにエレナの名前と加護の話しかしてないよ。あとは今どこにいるかとか、そんな他愛もない話だよ」
「んー、ならなんで返事こないんだろ。へんなの」
「まっ、待ってればくんだろ。それより俺たちも冬服を買いに行こうぜ?」
「それもそっか。うん、行こうか」
手紙の返事がきたら、また送ればいいか。
それに今は二人と一緒にいて、少し暗い気持ちが払拭されてるのは確かだ。
♦
「準備はいいか?」
次の日の朝。
リタさんの言葉に俺たちは頷く。
それぞれが温かい服装に身を包んで、だけど動きにくくはない格好をしている。
そして中へ、俺たちはリュイスさんがいるというモンスターエリアへ向かった。
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