第31話 銀髪碧眼の少女
……なんだ、あの子。
俺は周りにいる人達の視線をたどって、一人の少女に目を向けた。
透き通るような綺麗な銀髪碧眼の彼女。
そして彼女の前には尻餅を付く三人の男達。顔面蒼白で、額からは大量の汗をかいてる。
まだ一〇才くらいの彼女を見て脅えてるのか?
有り得ないと思ったけど、銀色に輝く剣の先端を彼らに向けた彼女の表情は、まるで氷のように、周囲の動きを止めるように冷たかった。
「──二度は言わぬ。大人しく迷宮監獄に付いてこい」
「く……くそっ」
周りの人達は息を飲む。
「……あれが世界樹の監視長ね。ティデリア……あんな子供なのに、なんか怖いわね」
「そうだね。威圧感がここまで伝わってくるよ」
エレナと小声で話しながら、彼女を遠くから見る。
なんだろう、本当に威圧感が凄い。少し肌寒い空気が周囲を包み込むような感じがする。それを感じてるのは俺達だけじゃない。周りで見てる者も、ゴクリと唾を飲んで、目の前で起きるであろう事の成り行きを見守ってる。
そして剣先から逃れようと後退りする男が、
「お、俺達が、何したって言うんだよ」
「うむ。お前たちの罪状は傷害と窃盗。この世界樹の中で人に危害を加えることと、人の物を盗む行為の罪が重いのは知ってるな? それをお前たちが犯したのだ。人違いだ、などとは申すなよ?」
「そ、その証拠は──」
「証拠? まさかこの期に及んでそんなことをほざくとは……では、その手の中に入ってるのは何だ?」
呆れた様子の彼女の声は、幼い雰囲気のある高い声。
相手の動きを封じるほどの威圧的な空気と、可愛い声のギャップが、全く比例していない気がする。
そして、彼女の剣が男の握りしめる拳を差す。
男は、その握った拳をより一層強く握りしめ、開こうとはしない。
「ふむ。往生際の悪い手だな」
彼女は剣で円を描くように、ゆっくりと刃先を天に向ける。
そして、真上から地面に突き刺した。
「その右手は一生、使いモノにならぬだろうが後悔はするなよ──凍てつけ、
地面に突き刺した剣。
すると、彼女の背後から青白い六本の線が交差する六亡星が描かれ、氷柱のような氷の槍が幾つも出現する。
逃げようとする三人組。
だけどできない。ゆっくりと六亡星から姿を現した氷の槍達は、その六亡星から離れると、勢いよく三人組に飛んでいく。
「う、うあああぁぁっ!」
「や、やめろ、止めてくれっ!」
「ぎゃああああっっっ!」
三人の体に突き刺さる氷の槍。
傷口が赤く血で滲むけど、すぐにそれが氷付く。
だけど三人は刺さった瞬間は苦痛の表情を浮かべたけど、すぐに表情が緩やかになる。
「あ、あれ……」
「我の氷は一時間は溶けぬ。そして、体の全神経を麻痺させるほどの冷気だ。痛くなかろう?」
「あ、ああ……じゃあ──」
「だが、その氷が溶けて消えたら、お主達の体が──その大きく穴が空いた体がどうなるのか、わかっておるだろ?」
端から見ていた俺達には、三人組の体の異変は見てわかるけど、本人達は気付いていないみたいだ。
彼らはキョロキョロと周囲を確認する。俺とエレナとも、目が合った気がする。
「穴? 何を言って──な、なんだよ、これっ!」
彼らの体には無数の穴が空いてる。そして、その穴に透明な氷の槍が刺さってる。
全身が痺れて痛覚が感じられないから、自分の体の変化に気付けなかったのか。
そして彼らは、自分の腹部を確認し──叫んだ。
周りなんて気にしないほどの声量。
痛いはずなのに、痛くない。意識を保ってられないはずなのに、意識はしっかりとある。
彼女の言葉が正しいのなら、彼らの空いた穴を塞いでる氷は、後一時間で溶けて無くなる。そしたら彼らの体には、無数の空洞と、激痛という言葉では表せない感覚が生まれる。
するとどうなるのか、それは、全身痺れてヨチヨチ歩きになる彼らだって、わかっていた。
「や、やめて、くれ……た、頼む。頼むから命だけは」
「お主らは哀れな者達だが、私はそこまで悪魔ではない。では世界樹に向かうとしよう。なに、回復の加護を持った者は沢山いるから安心しろ」
ホッと肩を撫で下ろす三人。
だが、彼女は振り返り、
「私はこの世で最も《逃げる男》が嫌いだ。その行為が、自分を弱虫だと露見してる。次に逃げたら、その時はどうなるかわかってるな?」
さっきよりも冷たい視線。
三人組はコクコクと頷き、彼女の周りにいた監視員らしき者達に連れてかれた。
そしてその中の一人。拳をギュッと握りしめていた者の手から、ポロッと、何枚かの血塗られた銀貨が落ちていた。
「す、すげぇ! すげぇぜディザリア監視長!」
「監視長様、ありがとうございます!」
周囲で見てた人達は声を揃えて彼女──ティデリア監視長を称える。
だけど、その輪の中に入って、周りの者達と一緒になって称えることはできなかった。
悪者を懲らしめて捕まえた。良い事をしてるのはわかってる、だけど、それが良い事だとは思えなかった。
「……なんか凄いわね。まるで正義のヒーローみたいな扱いじゃない、無表情で人を穴ぼこにしたくせに」
「やり方はあれだけど、やってる事は『この世界樹の中で平和に暮らそうとしてる人達を救った』だからね。きっとここの人達には本当の正義のヒーローなんだよ。……俺には、どっちが悪者かわからないけど」
「私もよ。ほんと、薄気味悪いわね。……でも、一つだけわかったことがあるわ」
エレナは正義のヒーローが繰り広げていたヒーローショーの余韻に浸ってる者達に背中を向けるように、回れ右をすると、
「これからしようとしてることを、アイツにばれたら終わりね。到底、勝ち目なんてないわ」
と言って歩き始めた。
そして顔だけを後ろに向け、
「ほら、早くご飯食べに行きましょ? まだ約束の時間まであるんだから」
「え、まだ食べるのかよ……もう金は無いんだぞ?」
「全く。私が出してあげるから安心しなさい」
「えっ、奢ってくれるの? ありがとう」
走って追いかける俺に、エレナは振り返り、人差し指を出して、
「馬鹿な事を言わないで。これは貸しよ、かーしっ! 倍以上にして返してもらうからね」
「ちょ、それはあんまりだろ。俺だっていつも奢ってるんだからさ」
「それは昔の話よ。私は今の話をしてるの」
「なんだよそれ」
この後、なんだかんだ言ってエレナは料理をご馳走してくれた。
まあ、彼女は貸しだと一点張りだったけど、おそらく返さなくてもいい貸しだと思う。
♢
「うーん」
宿屋に戻るなり、俺は唸っていた。
だけど別に、一人で唸ってるわけじゃない。
「んー、んー、んんー」
隣に座るラフィーネが、少しイントネーションを変えて唸る。
「ラフィーネ、なんで俺が唸ってるのかわかってる?」
「わからないのですっ! ただ、ルーにぃのマネをしてみたかったのですよ!」
「マネはしなくていいんだけど……」
「おいルクス、いいから早く決めちゃえよ」
俺とラフィーネ、それに椅子に座るヴェイクしかここにはいない。
エレナとサラに関しては、もう疲れて眠ってる。
ラフィーネはモルルンの餌をやったり、一緒に遊んだりしていたら眠れなくなって、この部屋の様子を見にきたら、俺達が起きてるのを知って──今に至る。
そして悩みの種は、これまで集めたモンスターをどうするか、という事だ。
「いやさ、武器と防具を作りたいって思ってるんだけど、さすがにお金がヤバいんだよ……もう、金貨二枚くらいしかないんだ」
「んなの、お前が見栄を張ってあいつに貢ぐから悪いんだろ」
「別に貢いでなんか……」
まあ、エレナに奢りまくったのは確かだけど。でも、エレナが喜んでくれたから嬉しかった、それに代わりという意味で夜ご飯を奢ってもらった。
あっ、あとよくわからない、今は光ってない宝石をくれた。
「ルーにぃ、エレナさんに貢いでるのですか? 貢ぐのは、あまりオススメしてないのです」
「貢いでないって! もう、ラフィーネに変な事を教えないでよ」
「別に教えてねぇんだが……まあいい、取り敢えず今は、武器の調合が優先じゃねぇか? ルクスがその短剣になってから戦いずらそうにしてるからな」
「……やっぱり気付いてた?」
「気付くだろ普通。まあ運任せだが、新しく調合するべきなんじゃねぇの? 今、どんだけのモンスターを入れてるんだ?」
「ゴブリンが4体に、ウォーウルフが3体、あとはクスクスが7体かな」
「えっ、この袋にモンスターが入ってるのですか?」
ラフィーネはアイテム袋を持って、ムギュムギュと指で押している。
痛い、止めて、死んじゃう。なんて声は出てこないけど、アイテム袋の中を覗いたら、モンスター達の悲痛な表情と目が合いそうなので、俺はすぐにラフィーネから取り上げた。
「こらこら、モンスター達が可哀想だろ」
「ああっ、ぶぅ……」
「モンスターを殺した奴がよく言うぜ」
「ヴェイクもだろ。……って、また話が脱線した。とにかく、サラの魔弾の補充もあるから、あんまり無駄遣いはしたくないんだよ」
「サラに幾つ頼まれてんだ?」
「2つだよ。かなり節約してくれてるから助かるね」
サラの魔弾は6発で1つの弾倉だから、かなり消費量が激しい。
最近はクスクスに化けて攻撃しない、要するに節約してくれてるから、あまり調合しなくて済んでるけど、いつか強敵が現れたら魔弾を惜しみなく使うはず。そうなれば、調合するのに必要なモンスターが増えて、俺の武器に使えなくなってしまう。
「ウォーウルフを調合した時って、どんな剣だったか覚えてるか?」
「大剣だよ。めちゃくちゃ重くて、結局俺の筋力じゃ持てなかった」
「じゃあ、やっぱりゴブリンか?」
「そうだね、ゴブリンを調合した時が形状としては一番良かったかな」
クスクスは短剣。
ウォーウルフは大剣。
その中間がゴブリンの剣だ。
だから調合結果として扱いやすいのは、ゴブリンの剣だな。
まあ、ランクが上がれば扱いやすさとかも変わるとは思う。
とにかく、ここで悩んでても仕方ない。
モンスター袋を持って調合を開始する。
どうせ結果は、一番下のEランクばっかだ。
あまり期待せずに、クスクスソードをアイテム袋に入れ、まずはクスクスから調合を開始する。
『クスクスソード』
『クスクスソード』
『クスクスソード』
『クスクスソード』
『クスリナイフ』
……ん?
なんか違う名前が出てきた。
「こ、これ、もしかして……!」
俺はそのクスリナイフのランクを確認して、夜中の宿屋の一室で絶叫した。
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