第2章 曲げられない信念がある

第21話 始まりのムニュ

 ──三階層モンスターエリア



「エレナ、そっちにいったぞ!」


「わかってるわよッ! もう、なんでこんなにすばしっこいのよ」



 動くたびに夕焼け空のような髪を靡かせるエレナは、三階層に到達してから、ずっとぷんぷんしてる。

   

 その理由は、三階層に生息する『クスクス』という、ハリネズミに似たモンスターの素早い動きに苦戦してるからだ。



「こいつらは速いだけで、別にそこまで苦戦する相手じゃねぇぞ! 動きをしっかり見ろ。一定の行動をしてるだろ!」



 巨大な斧を器用に振り回してクスクスの体に当てるヴェイク。

 一八〇を越える大柄な体型なのに、ヴェイクの振り回す斧は足下をちょこちょこと動くクスクスに、しっかりと当てている。これが経験の差なのだろう。



「一定の行動なんてしてないわよッ! ……ああ、もう! さっきから私の背中に乗ってくるんだけど!」



 灰色のクスクスは、エレナの背中に乗って『クスクスクス』と、人を馬鹿にする笑い方をしている。

 その度に、エレナのぷんぷんゲージが上昇する。後で八つ当たりされなければいいけど。



「というより、あの女はどこに逃げたのよ!」



 不機嫌な矛先は、もう一人の仲間に向けられる。だけど周りにいる人型は、俺達三人しかいない。



「サラならたぶん、あそこで隠れてると思うよ?」


「……チッ」



 壁際で俺達をジーッと見てるクスクスを指差すと、エレナは軽く舌打ちした。



「おらよっと! こんなとこだな」



 とそこで、周りにいるクスクスの討伐をヴェイクが終わらせる。 

 残る一匹は、前歯を二本くっきりと見せ、トコトコと二足歩行で近付いてくる。



『いやー、おつかれさま』



 そして、残った一体のクスクス(サラ)に激励の言葉を投げられる。

 自分の姿を別の姿に変えるサラの加護──変幻師ファントシマルテで姿を変えて隠れていたサラ。別にそのことを、俺とヴェイクは気にしない。なにせサラの魔銃は、素早くて小さいクスクス相手には不利なのだから。


 だけど、もう少し申し訳なさそうな態度をしてほしい。



「あら」



 明るくぴょんぴょん跳ねてるクスクスを見つけたエレナは、先端の尖った槍を、クスクスのぷっくりと丸くなった鼻先に近付け、



「まだいたのね、クスクス」



 ブスッ。

 軽く鼻先に刺した。

 すると、どこからともなく、クスクス(サラ)の体からは大量の汗が流れ、



「いったぁぁぁーい! 痛い、痛い、イッタァ!」



 ぴょんぴょん跳ねるクスクス。

 すると、ポワワンとクスクスの周りに煙が生まれ、鼻先を抑えた赤髪ポニーテールのサラは、涙目でエレナを睨み、訴える。



「ちょっと痛いじゃん! なにすんのさ!」


「あら、クスクスがまだ残ってると思ったから、ついね。ごめんなさい、クスクスの正体はサラだったのね」


「わかっててやったな……」


「そんなわけないじゃない」


「嘘付くな、この──ツンデレペチャパイ女!」



 サラの声はモンスターエリアの空洞地帯に響く。

 反響して、何重にもなってくだらない悪口が耳に入ってくる。


 すると、エレナの表情はみるみる赤くなり、こちらも少し涙目になりながら、凶器とも言える槍を振り回す。



「ツンデレ……? ペチャパイ……? だ、誰がよ……」


「あんただよ、あんたっ! 何度でも言ってやる、このツンデレペチャパイ女!」


「ッ! あ、あんたなんか、ただ胸がデカいだけじゃない。そんな邪魔なの付けてても動くのに邪魔なだけよ!」


「ないよりあるほうがマシだねっ! そんな貧相な体よりね!」


「ひ、貧相? 私のどこが貧相なのよっ!」



 二人の喧嘩が始まった。

 喧嘩するほど仲がいいとも言うから、仲良くなってくれて良かったと喜ぶべきか。



「止めなくていいのか?」


「別にいいよ。だって俺が止めたら、なんでかエレナ、もっと機嫌悪くなるんだよな」


「……まあ、そうだな」



 ヴェイクが苦笑いする。俺達は二人のやり取りを黙って見つめることにした。


 エレナが俺の事を勘違いしてると知ってから、今日で一週間が経った。

 一週間経ったのに、まだ一階層しか上ってないというのは、ヴェイク曰わく進むのが遅いらしい。


 一日一階層ずつ、それくらいのペースで進む者達もいるらしい。


 だけど俺は、これぐらいのペースでいいと思う。

 一階層でエリアボスと遭遇して死にかけてから、四人共が慎重になってる。だけどこれぐらい慎重でいいんだ。

 どこかにいるであろうエリアボスに、いつ狙われるかわからない。また狙われれば、階層毎にモンスターは強くなっていく。次は絶対に殺される。

 もうあんなギリギリの戦いはしたくない。

 慎重に進み、多くの経験を積む。俺とエレナにとってはそれが一番必要だ。



「ほら、早いとこ進んじゃおう?」



 俺がそう言うと、二人は渋々といった感じで付いてくる。


 俺の今の武器は、クスクスを調合して手に入った《クスクスソード》のEランクだ。


 ボスゴブリンの時に使っていた《ゴブスレイヤーソード》は、俺が気を失った時に消えてしまったらしい。

 理由は知らない。だけどあの時に感じた、極度の疲労状態は、あのゴブスレイヤーソードが影響してるんじゃないかと、ヴェイクはそう言っていた。


 まあ、例えるのなら『ゴブスレイヤーソードが俺の血を吸った』とか、そんな感じらしい。


 そして逃げる時、ゴブリンの群れが近くにいたから、殺したボスゴブリンはそのまま放置したらしい。

 とはいえ、アイテム袋は調合師スペシャリテである俺が使わないとただの巾着袋だから、俺が気を失ったら使えない。


 勿体ないとは思うけど、命と比べれば易いものか。



「あっ、階段が見えてきたね」



 そしてやっと、俺達は三階層から四階層へと上る階段を見つけることができた。


 鉄の階段。

 土壁で囲まれてるモンスターエリアには似合わないそれは、他とは違う世界から現れたかのように感じる。

 誰か人が作ったのかな? とか思うけど、これも世界樹の謎の一つとして、気にはしないほうがいいのだろう。



「次のセーフエリアが見えてきたな」



 ヴェイクの言葉に各々がホッとする。

 迷路のような通路であるモンスターエリアで、エリアボスをけて、次の階層へと続く階段を探すのは一苦労だ。

 だからようやく、世界樹の中にある探索者ユグシルの者達が暮らす街──セーフエリアに到達して、全員が安心できた。


 俺達はセーフエリアとモンスターエリアを隔てる大きな門を抜ける。一階層、二階層、三階層と全く似た雰囲気の街並み。



「あんま変わらないな」


「そうね。私はなんとなく、階層が上がる度に街が豪華になってくのかと思ったのだけど……」


「街が変わってくのは、主に五階層からだな」


「えっ、そうなの? なんか理由とかあるの?」



 ヴェイクに訊くと、人を馬鹿にするような視線を向けられる。



「五階層から新しい何かがあるって、前に言っただろ?」


「五階層から上?」



 なんだっけ? なんかあったかな。

 首を傾げてると、今度は両手を頭の後ろで組み、大きな胸を強調させているサラが、



「もう、ギルドを設立できるんだよ。ルクスは忘れっぽいねぇ」


「あっ、そうだった、そんな話をしてたよね。……って、いやいや、前は五階層に上がったら説明するってヴェイクが言って、うやむやになったんじゃん」


「……だからって、ちゃんと覚えておきなさいよね」



 今度はエレナが。

 人を馬鹿呼ばわりしてくる三人。失礼な奴らだ。



「まっ、とりあえず、世界樹にも賑わってるとことそうでないとこがあるんだよ。理由としては、探索者の人数が多いか少ないかの違いだな」


「ふーん。要するに、上の階層に進めば進むほど、探索者が多いってこと?」


「そうだ」


「じゃあ人数が多いと賑わってて、街全体に活気があるってことよね?」


「そういうことだ。簡単な話だが、全員が上を目指してこの世界樹に挑んでるわけで、それ以上進めなくて脱落した者達は、その階層で暮らす。だから当然、上の階層は賑わってるけど、下の階層はそこまで賑わっていない。しかも、上に進めば進むほど、外では珍しい施設とかもあるって話だぞ?」


「珍しい施設? 何よそれ?」



 エレナが首を傾げる。



「俺もまだ到達したことないんだが、温泉とは違って少し冷たい水を泳げるプールとか」


「冷たい水で泳ぐ意味がわからないわね」


「美味しい料理屋が建ち並ぶエリアとか」


「ふーん、なんかいいわね、そういうの」


「あとはそうだな。ああ、あれだ、金貨を賭けて稼ぐギャンブル施設が──」


「──どこ!? どこにあるのそれ!?」



 一瞬にして目の色が変わるエレナ。


 なんていうか、エレナはお金の事になると人が変わる。

 何か料理を食べに行っても、エレナは決まって自分ではお金とか支払わない。なのでサラからはよく「ケチ」だと言われてる。でも本人は「節約家なのよ」と悪びれる様子もない。

 まあ、二人で外にいた頃からこうだから、俺は馴れてしまった。


 ギャンブル施設ってどこよ!? と熱の入ってしまったエレナと、その猛烈な攻めに困り顔のヴェイク。


 この二人は、セーフエリアの中でもかなり賑やかで、周りからは痛いほどの視線を感じる。


 だけど、俺達よりも更に、周囲の視線を集めてる少女がいた。



「す、すすす、すみません! ど、どうか、どうかわたしの話を聞いてください!」



 小動物のような黒髪少女。

 いや……少女じゃない。体型が。


 ──ロリ巨乳。


 という言葉はきっと、彼女の事を表現するのだろう。

 初対面でそこに目を向けるのは失礼だけど、どうしても目がいってしまう。


 そんなロリ巨乳の彼女は、頭をぶんぶんと上下させながら、道行く人々になぜか頭を下げていた。

 だけど、声をかけた人々はそれを無視──というよりも、軽蔑の眼差しを向けていた。


 そんな彼女に、通行人の男性がぶつかった。



「邪魔くせぇな!」


「す、すみませんなのです! ごめんなさいなのです!」



 お尻から転んだ彼女になんて事を言うのか。

 少しイラっとしてしまい。ぶつかった相手は屈強な男だったけど、こっちには大柄なヴェイクがいるから、少し文句を言ってやろうと思った。


 ──のだが。


 俺は転んで涙目になる彼女を、何度も目にしたことがあった。



「……もしかして、ラフィーネ?」



 そう呼ぶと、彼女はビクッと体を震わせて、恐る恐る俺を見上げた。



「もしかして……ルーにぃ?」


「そうだよ。久しぶりだね。でもなんで、ラフィーネがここにいるの?」


「……う、ううっ」



 涙目だった彼女は、ボロボロと大粒の涙を流して、俺に飛んできた。



「うっ、ううっ、助けてっ、助けてなのですっ!」



 ムニュ、とした豊満な胸の感触。

 俺の胸に顔をうずめるラフィーネ。

 これはこれは、なかなかの感触……。



「……誰よそれ」



 背中に感じる鋭くて痛い視線と、ニヤニヤと『これからなんか面白いことがおきそうだな』といった視線を感じなければ、俺は延々と、この感触を堪能していたはず。

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