第30話 五階層デート?2


 ルクスは何かを隠してる。


 どうしてそう思うのか。それは、私がアイツの所持金の流れを少しだけど把握してるから。


 仲介商会にモンスターを持っていったら、


 ゴブリンが金貨一枚。

 ウォーウルフが金貨一枚と銀貨三枚。

 クスクスが銀貨五枚。


 だけど、倒したモンスターを全部セーフエリアに持って帰ることは不可能。持って帰れても一体か二体。ルクスとヴェイクが背負って持って帰れる範囲内だけ。

 体の一部を持って帰れば多少の硬貨と交換してくれるけど、それでも微々たるもの。


 だから一日に金貨三枚。何度も往復してモンスターを討伐したことがあったけど、それでも、一日の最高金額は金貨九枚程度しか稼げなかった。



「ねぇ、なに食べよっか?」


「んー、どこがいいかな。向こうも見てみようか」



 私達はこの王国みたいに広いセーフエリアを歩き続ける。


 この世界樹でお金がかかる一番の要因は、たぶん宿泊代だと思う。

 階層が変わって宿屋の料金が上がるのは、たぶん、そのセーフエリアに暮らす住民が多いか少ないかで変わると思う。私達は一から五階層まで上ってきたけど、私が見た感じだと、一階層と五階層は人数が多くて、ニ、三、四階層はそこまで多くない。だからきっと、そこで暮らす人達と訪れる人の人数によって、生活に必要なモノの値段が変わってくんだと思う。だから仕方ない……と思うしかないんだけど、やっぱり、この稼ぎでは辛い。


 だから全員が節約しながら生活してる。なのに、ルクスはこの世界樹に来てから少し変だ。



「そういえば、今日は武器を新しくしなくていいの?」


「えっ、ああ、うん……」



 ルクスはよく武器を代える。

 それは形状が大きく変わった物もあるし、種類は同じだけど、刃こぼれしてたのが一瞬にして直ってる物もある。


 それも毎日。それは変としか言えない。

 武器屋で売られてる剣の最安値はおよそ金貨一〇枚。はっきり言ってぼったくりに近い値段で売られてる。

 だからヴェイクは、毎日のように愛用の大きな斧を磨いて手入れしてる。サラも魔銃の銃口に薄い布を突っ込んでよく手入れをしてる。

 戦闘職じゃない私だって、寝る前には必ず愛用の槍の手入れは済ませる。


 ──なのに、ルクスが手入れしてるとこを見たことがない。


 モンスターの血液は鉄を錆びさせる。

 鉄製の剣を手入れしないで長く使うなんて有り得ない。

 なのに私は、ルクスが毎朝素振りをしてるのを建物の陰から見ることはあっても、手入れしてるとこをジーッと見ることはない。


 これらの理由から、ルクスが何らかの方法で大金を手に入れて、無駄遣いとも呼べる武器の購入をしてると予想できる。


 だけど、そのお金はどこから?


 それはわからない。ただ内緒にしてる事が絶対にあるはず。



「あの屋台、なんだか美味しそうな匂いがするわね。ちょっと見てみない?」


「あ、うん」



 私だって手持ちは少しだけどある。ルクスのお金が無くなってもそれなりになら払える。だから後々の事は考えないで、今日はルクスに全財産を出させる。


 いつもモンスターを討伐して、仲介商会に買い取って貰ったお金は皆で分けるんだけど、所持金が〇になったルクスの手持ちをきっちり把握する。


 もし、私が計算した金額以上のお金を使ったら、ルクスはクロ──秘密のお金を持ってる。


 それを特定しないと駄目。

 将来の玉の輿生活を迎えるにあたって、ルクスが得体の知れないお金を持つのは阻止しないと。


 全て管理する。ルクスの全てを管理する。


 それが玉の輿生活には重要なことだ。


 ふふっ。ふふふっ。



「エレナ? どうかした?」


「……なんでもない。それにしても美味しいわね、これ」



 笑顔がつい顔に出てしまった。

 自分でも悪い顔をしてたなと思う。


 そして私とルクスはお店の前でクレープを食べる。


 ……それにしても、クレープ一つで銀貨二枚って、高すぎじゃない。

 二人合わせて銀貨四枚……。勿体ない。普通なら絶対に買ったりしない。


 だけどこれは、必要な支払いなのよね。


 心を鬼にして。今日だけで体重が何キロも増えたとしても、絶対に全て出させる必要がある。



「ねぇねぇ、次はあれ食べてみない?」


「甘い物の後にしょっぱい物か……まっ、いっか」



 鹿肉っぽいお肉の丸焼き。いや、これはウォーウルフのお肉ね。二人合わせて銀貨八枚。



「ねぇ、このジュースも飲んでみよ?」


「え、ああ……うん」



 甘い果物のジュース。二人合わせて銀貨二枚。


 それからも、私はルクスに奢らせた。


 ルクスは結構バカだ。普通ここまで奢らされたら、絶対に怒る。なのにルクスは怒らない。ルクスが優しい性格だからかもしれないけど、それはそれで、少し心配になる。


 お前が言うな、って話だけど、ちゃんと断らないと。私以外の女にそんなことしてたら、いつか破産するっての。



「じゃあ、次は……」


「……エレナ、そろそろお金が無くなるんだけど」



 屋台で購入した物を両手に乗せるルクスは、悲しそうに言葉を漏らす。


 金貨三枚に銀貨七枚を使って終了。

 たぶん、後は今日の宿泊代が限度ってとこかな。


 これで所持金は〇になった。後はルクスの財布を管理してっと。



「そう。それじゃあ、あの雑貨屋みたいなとこ見てもいい?」


「……見てもいいけど、もう奢らないからな?」


「わかってるわよ。人をなんだと思ってんのよ」


「……俺の金で豪遊したエレナ様──いてっ、ちょ、蹴んなって」



 ルクスのお尻を蹴り上げたら、どっかに走っていった。

 全く、大して力入れてないくせに大袈裟なのよ。


 そして、私達は雑貨屋に入って商品を見る。


 ここは所謂、身形を華やかにするお店で、モンスターとの戦闘には大きく影響はないお店。

 だけど身形を気にする女性には大人気なお店。



「なんか変な匂いするな」



 店内に入るなりルクスが嫌そうな顔をしてる。

 ルクスは香水とか、匂いのする物には全く興味を示さない。


 甘い匂いは女性を魅力的にする、とか言われてるけど、ルクスには逆効果。

 まだ外の世界で暮らしてた時、それも私と二人でいた頃の話だけど、私が良さそうな香水を見つけて付けてたら、たぶん、私が付けてたのを知らなかったんだろうね。『なんか臭くない?』って私に訊いてきた。

 その瞬間、私はルクスを蹴り飛ばして、近くにあった川で香水を落とした。


 だからルクスにとって、この雑貨屋の匂いは不快でしかない。


 そんな雑貨屋の商品を、私は物色していく。

 鼻が利くルクスは、匂いを鼻に入らないように手で抑えて後ろを付いてくる。



「……外で待ってても、いいわよ?」


「ん、そう? じゃあそうさせてもらおうかな」



 ルクスは早々とお店を出て行く。最初からそうすれば良かったかな。

 ……まあ、アイツに買ってやりたかったから、一緒に選びたかった気持ちはあったけど。



「お客さん、何にしますか?」



 一人になった私に女性の店員さんが声をかけてきた。

 苦手なんだよな、こうやってお店で声をかけられるの。



「シュプリール宝石って、何処にありますか?」


「シュプリール宝石ですね!? 先程の彼氏さんとペアですか? いいですねぇ、羨ましいで──」


「いえ、彼氏じゃないので」



 私が冷たく否定すると、少し気まずそうに店員さんは案内してくれた。

 よく勘違いされる。私とアイツはそんなんじゃないのに。


 そしてスタスタと売り場に案内され、色違いの小指の爪程度の宝石が、幾つも並べられていた。



「色はどうなさいますか?」


「そうですね……」



 シュプリール宝石は、一つだけ持っていてもただの色の付いた宝石にしかならない。だけど誰かと一つずつ持っていると、その宝石は効果を発揮してくれる。


 その効果は、お互いのシュプリール宝石をこすりあわせておくと、一度離れて、宝石の所有者が近づけば近づくほど、そのこすりあわせた部分が六時間だけ光って知らせてくれる。だから探索者でも、仲間の位置を把握する為に仲間同士で持ち歩いてる人が多い。


 そしてこれは、よくカップルがペアで持ってたら結ばれるとか、よくわかんないおまじないが込められてるとかで、少し人気になってる。


 しかも宝石の色によってなんか叶えたいおまじないの効果が違った気がする……。まあ、それはいいか。


 そして店員さんがそれを一生懸命、私に説明してくれてる。

 その説明をする彼女を、私は冷めた目で見つめる。

 だから、別にアイツとはそういう関係じゃないって。


 ……もう。



「それぞれの色には叶えたい内容がありまして──」


「じゃあ水色でお願いします」


「ですから、こういうのを持っていると──ん、水色ですか?」


「はい」


「水色をお二つですか?」


「……はい」



 店員さんはニコニコとしながら、会計の準備を始める。



「では、合計で金貨四枚になります」


「……はい」



 こんな小指の爪程度の宝石二つで金貨四枚とか、どんだけぼったくりよ。これでどれだけのご飯が食べられたことか……。


 はぁ……。でも仕方ない。ルクスに沢山奢ってもらっちゃったから、少しでも返さないとね。


 結局、私はルクスに奢ってもらった金額よりも大金を払って、お店を出ていく。


 そしてお店の壁に背中を付けるルクスに、さっき購入したシュプリール宝石を一つ渡す。



「ん、お土産」


「……なにこれ」


「なんかの宝石。……銀貨三枚だって。安売りしてたのよ」


「安売りしてたからって買ってきたの? あの節約家のエレナが?」


「……うっさい。いらないなら捨てるわよ」


「いやいや、捨てるのは勿体ないって。……って、なんかこれ、光ってるね」


「光る時と光らない時があるんだって」



 値段も光ってる理由も、ルクスには内緒にしておこう。

 だって「無駄遣いだ!」とか「一緒にいたら光ってるの嫌なんだけど!」とか言われたら面倒だもの。


 ルクスは「ふーん」って言いながら、水色のシュプリール宝石を眺めてる。



「なんか自分勝手な宝石だね。だけど、こんな小さいのじゃ無くしちゃいそうだな」


「人が折角買ってあけだ物を簡単に無くすんじゃないわよ。ほら、頭下げて?」



 このシュプリール宝石は、ネックレスみたいに首にかけられるように、安っぽいチェーンが付けられてる。

 それを私は、頭を下げたルクスの首に付ける。


 この時ばっかりは、胸が無くて良かったと思ってしまう。ラフィーネみたいな大きなのが付いてたら、ルクスの顔に当たって付けてあげられない。


 抱きつくみたいな姿勢で、ルクスの首もとでチェーンのホックを閉める。


 だけど難しい。



「エ、エレナ……まだ、かな?」


「もう少しだから、そのまま待ってなさいよ」



 抱きついてる姿勢みたいで、結構恥ずかしい。

 周りからは変な視線を受けるし、さっさとチェーンを閉めて終わらせたい。



「はい、閉められたわよ」


「あ、ありがとう」


「なんで照れてんのよ」


「はっ!? 照れてないから……」


「あっそ」



 顔を赤くしてるルクスに顔を背けて、私は少し笑顔になった。

 たまには奢ってあげるのも悪くない、かな……。



「──お、おい、あれ……ティデリア監視長じゃねぇか!?」



 少しほのぼのとした雰囲気を割って入るように、知らない男の声が訊こえた。

 そしてさっきまで私達にニタニタと気味悪い視線を向けてきた連中は、銀髪碧眼の少女に視線を向けていた。

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