第68話 クエストへ
次の日の朝。
「これは、予想以上に大きいわね」
俺とエレナは二人で、探索者ライセンスを取得しにきていた。
目の前には大きな城のような建物。おそらく三階まではあるだろう、周りには大勢の探索者らしき人がいる。
「中に入って受付するって感じなのかな。入ってみようか」
「ええ、そうね」
建物の中へ入り、真っ直ぐ受付らしき場所へ向かう。
「探索者の方ですね? 本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あの、探索者ライセンスの再発行をお願いしたくて来たんですけど」
「再発行ですね、かしこまりました。お二人ともでよろしいでしょうか?」
俺とエレナを見て言う受付のお姉さんに頷いて答える。
「それでは、二人合わせてユグシル金貨四枚になります」
「……やっぱり」
金を取られるのか。
そう思ってエレナを見ると、腕を組んでそっぽを向いている。支払う気はなさそうだ。
なので金貨四枚を支払い、俺たちは受付を済ませる。
そして案内されたのは広々とした部屋。
そこには一〇人ほどの探索者が椅子に座らされていて、俺たちが扉を開けて入ると、一斉に視線を向けられた。
「どこかに座ろうか……」
「そうね。そこでいいんじゃないかしら」
奥に長い部屋。一方を向くように並べられた椅子。そして、エレナが指差したのは一番後ろに置かれた椅子。
知らない人しかいないから目立つことはないと思うけど、少しは他の探索者と交流してみたいなとか思ったりもする。
なにせ、モンスターエリアで他の探索者とすれ違ったことは何回かあるけど、ちゃんと話すことはなくて、するとすれば「向こうにボスモンスターがいたぞ」とか、そんな注意喚起しかしてない。
だから交流を……と思ったけど止める。
またフィレンツェ王国の無能だとか外れ七光りだとか言われたら困るから、大人しく俺とエレナは一番後ろの椅子に座る。
「それにしても色々な雰囲気の探索者がいるね」
「ええ、見た目だけで、どんな加護の持ち主なのかわかるわね。筋肉質な人は戦闘職で、細身なのは支援職かしら」
「あー、たしかに、そんな気がするね」
そんな他愛もない話をしてると、白髪白髭のお爺さんが、何やら難しそうな顔をしながら部屋の中へと入ってくるなり、
「困った、これは困ったのう」
そんなことをボソボソと呟いていた。
何に困ったのか、それを聞くこともなく、探索者ライセンスを紛失した者たちへの再発行の講習が始まった。
♦
「これが探索者ライセンスなのね」
一枚のカードを眺めるエレナの表情は、少しだけ嬉しそうに見えた。
「ライセンスカードって言っても普通だな。ただの金色の枠に赤色のカードだし」
「もう、あんたって感動とかしないわけ? やっと手にしたのよ、探索者としての証を」
「まあ、少しは嬉しいけど……もう一〇階層にいるからさ」
探索者ライセンスのカードと言っても、外の世界で、街や王国を行き来する為に必要な通行証と何ら変わりはない。それにここは一〇階層。一応は一人前の探索者になってると思う。
そして、ライセンスカードを受け取って帰ろうとすると、講習をしてくれたお爺さんが言葉を発した。
「まあ、知ってるとは思うが、これからはそのライセンスカードを持っていれば探索者としての《クエスト》もできるのでな、積極的に受けてくれたら助かる。それに丁度、大勢の探索者を募集してるクエストもあったからのう、実力に自信があれば参加してくれ、では」
捨て台詞のような、そんな言葉。俺とエレナは不思議そうにその背中を見送ってから、この場を後にした。
「ねえ、ルクス。さっきの先生が言ってたクエストって、モンスターを討伐する仕事のことよね?」
「たぶんね。食材とか装具になるモンスターもいるから、それを討伐してくるクエストとかじゃないのかな」
「クエストね、ちょっと気になるわね。どれだけの報酬が貰えるのかしら」
お金の話になると明るい表情になるのは、エレナのいつも通りだ。
だけど帰ってから、皆と食事をしながら話を聞くと、エレナは少し残念そうな表情に変わった。
「なんだ、あまり稼げないのね」
この一〇階層の食事をするお店は数多くあり、俺たちは迷った挙げ句、賑やかな店内のお店に入った。
そして、その探索者としての仕事とやらの話を、ヴェイクとティデリアが教えてくれた。
「残念だが、受けられるクエストはそこまで高報酬じゃねぇんだ。普通にモンスターを買い取ってくれる仲介商会の、良くて何割か上乗せした程度って考えてくれていいぜ」
「うむ、皆は知らないかもしれないが、クエストというのはお金がメインじゃない」
「え、ティデリア、どういうこと?」
「お金の報酬はヴェイクの言った通りだが、メインとなるのはその報酬以外──つまり、その依頼人から受け取れる別の対価というわけだ」
「別の対価? じゃあ、お金以外に何か貰えるってこと?」
「そうだ。仮に、この食事を提供するお店が探索者にクエストを依頼した場合、この料理の値段を半額にしてくれるかタダにしてくれるというのが、別の形での対価だ」
「えっ、報酬とは別に料金をタダにしてくれるの!?」
テーブルを勢いよく叩いて立ち上がるエレナは興奮していた。
そんな彼女の両端に座っているサラとラフィーネは、味の濃い骨付き肉をガジガジと堪能しながら、エレナに横目で冷ややかな視線を送っていた。
「エレナー、周りに見られてる、恥ずかしいって」
「エレナさんはお金の事になると人が変わるのです」
「う、うるさいわね、少し驚いただけよ」
「いやいや、今の反応は少しじゃなかったって」
「……それで、その別の対価は依頼人が変われば違うってこと?」
二人と周りの視線に恥ずかしくなったのか、エレナはゆっくりと座るとティデリアに質問した。
そして、その回答を腕を組んだティデリアがする。
「一般的に、探索者は自給自足が基本的であって、わざわざクエストを受けて対象のモンスターを討伐するのは億劫だからな。それに、依頼されるのはこの階層に出現するモンスターだけじゃないんだ」
それを聞いて、今度は俺が質問する。
「他の階層のモンスターを討伐してほしいって依頼もあるの?」
「ああ、少しだけ貰える金額が変わるからといって、わざわざ他の階層のモンスターを討伐しようと思う者は少ない。依頼を受けてもらいたいのに、そのモンスターを討伐して得られる報酬というのは、全ての階層、全ての依頼で統一されているから値段を上げることはできない。だから、依頼人は別の対価も支払って、探索者にクエストを引き受けてもらいたいというわけだ」
「なんだか大変だな」
「色々と大変なのだよ。──そこでだ。まさか二人からクエストの話をされるとは思ってなかったが、いい機会だ、幾つか私が良い仕事を見つけてきたから見てみてくれ」
ティデリアはそう言って、三枚の薄茶色の紙をテーブルに置いた。
「なにそれ?」
「この階層で依頼されていたクエストたちだ。報酬は高くないが、追加の報酬は我々にとっては嬉しいと思うものばかりだ」
「なになに、どんな追加報酬なの? ……って、なにこの『移動式ハウス』って」
「移動式ハウス!?」
一枚の紙を見て、期待して損した、と言いたげな反応のエレナの隣に座るサラは目を丸くさせて、バンッ、とテーブルに両手を付いて立ち上がった。
その姿は、さっきのエレナそっくりだ。だから頬杖を付くエレナは馬鹿にするように鼻で笑った。
「サラ、うるさいわよ。周りからの視線が痛い」
「そんなこと気にしてる場合じゃないって! これ、この移動式ハウスは凄い代物なんだよ」
サラの迫力のある反応に驚くエレナはたじろぐ。
「な、なに熱くなってるのよ、移動式ハウスなんて、ただのオモチャかなんかでしょ」
その言葉にラフィーネも続く。
「オモチャに興奮するなんて、サラさんも子供なのですね」
「もう、二人はわかってない! いい、これはオモチャなんかじゃなくて、普通の家なの、手に持って移動できる家なのっ!」
その言葉に、全く信じていない二人は笑う。
「家を手で持つ? 家が移動する? まさか、そんなの有り得ないわよ」
「そうなのです、家はものすごーくおっきいのですよ」
「いやいや、ほんとなんだって! まあ、アタシも噂でしか聞いたことないけど……でも、そうだよね、ティデリア!?」
サラは両手をテーブルに付きながら、ティデリアへと食い入るように体を前へ前へと動かす。
そして、三人の視線を受けるティデリアはゆっくりと頷いた。
「うむ、サラの説明が正解だ。この移動式ハウスというのは特別な力で製造された『大きくも小さくもなる家』であり『簡単に持ち運びできる家』なんだよ」
「それって……」
「もしかして……」
「「凄い物!?」」
「だから、アタシはずっとそう言ってるじゃん!」
女性陣だけで話が盛り上がっていて、俺たち男は話に入れなかった。
「移動式の家か。なんか凄いね」
「入手困難な代物で、持ってる奴もごくわずかだからな。普通の家を買うよりも便利な代物だな」
「そうだよな……ん、どうしたの、モーゼ」
そこで声を止めた。
モーゼスさんは、置かれている一枚の紙を見て固まっていた。
目を見開いて、全身から凍えるような冷たい殺気を放ち、恐ろしい表情。
いつもニコニコと優しい笑顔を振り撒くモーゼスさんの、こんな怖い表情を初めて見た。
「……なぜ、これが」
隣に座る俺にしか聞こえないほど小さな声。少し震えてるようにも感じた。何があったの? そう聞けないから、その視線の先を辿った。
そこには一枚の紙。さっきティデリアが持ってきてくれたクエストだ。
そこに書かれていた追加報酬は──《リヴィーサのネックレス》と書かれていて、それが何か、俺は知っていた。
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