第47話 謎の赤ちゃん


「ティデリア、階段までの経路は覚えてる!?」


「何年も前に来た以来でかなり曖昧だが、覚えてる範囲なら先導するぞ」



 ルクスがそう訊くと、ティデリアは先頭を走った。


 私たちはその後ろを付いていく。


 できる限りモンスターとの遭遇を避けたい、っていうのがルクスの考えであり、私たちの思いでもある。


 次の階層があるのは基本的にモンスターエリアの一番奥で、階段手前でボスモンスターと遭遇すれば、万が一勝てなくて引き返そうとしても、セーフエリアまで逃げることが難しくなるから。

 この階層のボスモンスターは、アイントゴーレムを更に大きくした姿で、私たちとは相性が悪いらしい。


 もし遭遇した時のために、サラには魔弾を節約してもらったけど、それでも、勝てる見込みは乏しいかもしれない。


 引き返すプランであれば、ボスモンスターを捜索して討伐の流れでいいかもしれない。

 だけど次の階層へと向かうなら、ボスモンスターとは遭遇しない最短ルート、尚且つ、アイントゴーレムとの遭遇も最小限にしたい。


 だけど、



「前方からゴーレムちんの足音が聞こえるよ!」



 サラがそう言った。

 サラは耳がいい。そして人とモンスターの足音の聞き分けができる。それは彼女がこの世界樹で身に付けた特技のようなもの。これまでもその特技に助けられている。

 そしてやっぱり、アイントゴーレムは接近してくる。


 モンスターエリアの洞窟はいたってシンプル。

 左右には土の壁の通路がずっと真っ直ぐ続いていて、照らすのは蝋燭の弱々しい灯りだけ。その灯りは等間隔に奥へと続いていて、おそらく、このまま進めば大きな丸い空洞地帯に行き着く。


 私は走ったまま苦い顔をする。



「ルクス、遭遇するにしても、空洞地帯じゃないとやりづらいわよ」



 空洞地帯はここよりももっと明るい。

 だけど通路を照らす蝋燭は、ずっと先まで明るくも暗くもなってない。つまり、ずっと先まで大きな空洞地帯の場所はないということ。

 こんな狭いとこで、あの巨大なアイントゴーレムと遭遇するのは戦いずらくて仕方ない。



「来たぞ、二体だ」



 ティデリアがそう発した時には、もう私の視界でも確認できた。


 一本道。やるしかない。戦いずらくても、このまま真っ直ぐ進むしかないのだから。


 そしてルクスがティデリアに指示を出す。



「ティデリア、少し速度を落として!」


「わかった」



 ティデリアの走る速度がゆっくりになり、私たちに気付いたアイントゴーレムがこちらへ走ってくる。

 ドスン、ドスン、と床が地響きに似た音を鳴らして揺れる。



「まだ、まだだ。もっと近付け、もっとだ」



 ルクスがアイントゴーレムとの距離を計る。

 そして、はっきりと私たちからアイントゴーレムを確認できる距離──物を投げたら当たる距離まで接近すると、ルクスは小さな巾着袋から、よくわからない玉を取り出した。


 手のひらで包めるほどの大きさの玉。おそらく魔術玉の一種だと思う。

 接近戦で戦いづらいモンスターと遭遇した時に、ルクスはあの魔術玉を使う。

 そしてそれを持ったルクスは、肘を引き、勢いよく振りかぶる。



「当たってくれよ、高かったんだから!」



 魔術玉は高価な代物。

 それをルクスが購入したのは確認してないけど、よく使っている。

 決して安くない魔術玉を投げると、こちらへと走ってくる二体のアイントゴーレムの間に落ちる。



「外した?」



 私は声を漏らす。

 だけど、片方の足に触れてたらしく、二体のアイントゴーレムがまるで避雷針のように、大きな落雷が脳天に直撃する。



「仕留めたの?」



 私はルクスに訊く。

 アイントゴーレムは動く素振りを見せない。

 するとルクスが、



「モーゼスさん、ヴェイク!」



 すぐさま指示を出すと、二人は走った。


 あの魔術玉は前にも使ってた気がする。

 相手に雷の攻撃を食らわせる魔術玉で、動かないってことは痺れてる感覚に近いんだと思う。

 であれば、ルクスはその隙にとどめを刺したほうがいいと思ってるはず。


 そして予想通り、ピクリとも動かないアイントゴーレムは、モーゼスさんとヴェイクの攻撃に何の抵抗もなく、千切れた線から岩がポロポロと落ちてくる。



「このまま進んで!」



 ルクスはそう言って、最後尾へと回る。

 モンスターを倒したら、よくそんな行動をする。

 生きていた時の対処をするんだと思ったけど、何かやってる。だけど後ろを振り返った時にはもう、ルクスは私の隣を歩いてる。


 そして倒れていたはずのモンスターは、いつもいなくなってる。


 前に「何をしたの?」と訊いてみたけど、いつもいつも、ルクスは「何もしてないよ」と答える。


 まあ、別に問題があるわけじゃないからいいんだけど、少し気になる時はある。



 そして私たちはずっと先へ進む。

 当然、アイントゴーレムと遭遇するけど、なんとか退けることができてる。


 人数が増えたのは助かった。

 大分、戦闘が楽になったといえる。


 ずっと奥へ奥へ、倒したアイントゴーレムをそのまま放置するのは勿体ないけど、今は次の階層へと続く階段へ向かうのが優先。

 無駄な時間を使って別のモンスターに囲まれる可能性も、ボスモンスターに遭遇する可能性も、どちらも最小限にしたい。



「ねえ、なんか聞こえない?」



 走ってる時に、サラが突然そんなことを言った。

 耳を澄ませてみても、自分たちの足音しか聞こえない。



「……なにも聞こえないわよ? なにか聞こえるの?」


「んー、赤ちゃんが泣いてる声?」



 赤ちゃん?

 サラの言葉に、それぞれが不思議そうな表情をする。


 そして今度は、ラフィーネとモーゼスさんが口を開く。



「あっ、聞こえたのです」


「わたくしも聞こえました。どこかで赤子が泣いてるのでしょうか」



 そう言われれば、たしかに赤ちゃんの泣き声がする。


 だけどこんなとこに赤ちゃんがいる? まあ、赤ちゃんを連れた探索者は珍しくないけど……。


 だけどこの声、かなり響いてる。

 モンスターは音に敏感だから、この声に釣られてモンスターが寄ってくるかもしれない。


 だからヴェイクは、



「無視だな。こんなとこで泣かれちまったら、モンスターの標的になっちまう」



 そう言った。

 残念だけど、確かにその通り。

 それに、両親と来てるなら、両親が助けるはず。



「で、でも、赤ちゃんの泣き声がする方向に向かって、ゴーレムちんの足音がめちゃくちゃするよ!? これってヤバいんじゃないの!?」



 サラがいつになくオドオドしてる。

 随分と走ったから、みんな息が荒い。

 そしてタイミング良く、次の階層へと続く階段を発見できた。



「上の階層に向かうか?」



 ヴェイクがルクスに判断を仰ぐ。

 ルクスは悩んでいた。助けに行こうかどうかだろう。

 ここまで来れば私の耳にもはっきりと赤ちゃんの泣き声が聞こえる。

 どこにいるのかも、なんとなくわかる。

 だけどこの付近にアイントゴーレムがいないってことは、おそらく赤ちゃんの元へ……。



「大丈夫よ、両親が守ってるはず」



 私はそう言う。

 だけど赤ちゃんの鳴き声はどんどん大きく響いてくる。


 本当に両親はいるの?

 子供を置いて逃げたりしてない?


 少しだけ不安になった。そして少しでも不安になったら、もう、その不安は大きくなる一方だ。


 だから私は、気付いたら走ってた。



「エレナ!?」



 ルクスの声がする。

 私は「すぐ戻るから、みんなは待ってて!」と伝えて走る。

 大丈夫。両親が守ってるのがわかれば、すぐに引き返す。


 大丈夫。大丈夫。


 だけど赤ちゃんの姿を確認すると、私は大きく舌打ちをした。



「なんで誰もいないのよ!」



 丸い空洞地帯にいたのは、本当に小さな赤ちゃんと、それを狙うアイントゴーレム。

 両親なんて近くにはいなかった。クリーム色の髪の赤ちゃんは叫ぶようにして泣いて動こうとしない。



「子供を捨てるんじゃないわよっ!」



 私は赤ちゃんの元まで走った。


 自分が父親に捨てられたから、どうしても許せなかった。そして赤ちゃんの姿が、昔の自分と被った。


 アイントゴーレムの間をスルスル抜け、手に持つルクスから貰った毛がフサフサの槍で牽制しつつ、赤ちゃんを抱きかかえる。

 フワフワした肌に、クリーム色の髪と瞳。そして私が抱きかかえると、嬉しそうに笑った。



「もう大丈夫だからね……」


「マーマ!」


「ん?」


「マーマ、マーマ!」



 私を見て、何故かママと呼ぶ子。



「エレナ、その子だけなの!?」



 そしてみんなも来てくれると、ルクスが私の側に寄って問いかけてきた。

 私はアイントゴーレムから逃げるようにして走ると、赤ちゃんは、今度はルクスを指差して、



「パーパッ!」



 と叫んだ。

 ルクスは目を丸くして、



「えっ? 俺?」


「パーパッ、パーパッ!」



 と、ルクスのことをパパと呼ぶ赤ちゃん。

 おそらく女の子、そして頭には──謎の角が二本生えている。

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