第13話 痴女?


 赤髪を馬の尻尾のようにぷらんぷらんと揺らしながら、正座をする彼女は何度も頭を上下させる。



「すみません、すみません、すみません。盗み聞きするつもりは無かったんです。いやっ、ほんと、マジですみません」


「……はあ、そうなんだ」


「んで。お前は何だ? どうしてそこで話を盗み聞きしていた?」


「それは……」


「言えないなら、不審者として門番に突き出すぞ?」


「ちょ、ダメダメッ! そんなことされたら迷宮牢獄行きだから!」


「……迷宮牢獄?」



 手をハタハタと振って拒む彼女。

 ヴェイクはため息をついて、俺を見る。



「世界樹の中で犯罪を犯せばこの中で処理される。だから迷宮牢獄ってのは、外で言う査問所の、侵入も脱走も難しい世界樹での牢獄だと思ってくれればいい」


「なるほど」


「んで、お前の目的は。いや、その前に名前は?」


「……アタシの名前は、サラ=コスターニャ」


「サラね。んで、目的は?」



 ヴェイクが問い詰める。

 威圧的な鋭い眼光を受けて観念したのか。サラと名乗る彼女は、腰に付けた二つの武器を前に置く。



魔銃マジュウ。アタシの武器。これの魔弾を作ってくれる人を探してたの」


「へぇ、魔銃か。珍しい武器だな」



 小規模の魔術をマナ無し、それに無詠唱で使用できる武器。それがこの『魔装遠発式拳銃マソウエンパツシキケンジュウ』略して魔銃。


 さっき俺が調合した魔術玉に似たようなモノだけど、魔銃は消耗品ではなく一つの武器だ。

 マナが無くても魔術を使えると、前は使う人は多かったって父さんと母さんに習ったのを覚えてる。


 ただ、この便利な武器である魔銃には、弱点というか、使い勝手の悪い部分がある。



「魔弾切れか」



 ヴェイクが置かれた魔銃を手に取って、持ち手の部分にある弾倉を確認する。


 銀色の光沢の二丁拳銃。取り外した弾倉には魔弾を込められる穴が六つ。その穴には何も入ってない。

 俺も魔銃は何度か見たことがある。もし魔弾があれば、弾倉には属性を色で表した魔弾が入ってる。


 火、水、雷、風、闇、光、回復。

 この七つの魔弾からなり、時と場合によって属性を変える。


 そしてヴェイクは、魔銃を床に置く。



「だが、この魔弾は生成できる職人がかなり少ない。だから、魔銃はサブとして、メインは別の武器として使う奴が多い。だけど二丁を腰に付けてるってことは、お前の専門武器は魔銃だよな」


「……そうなの」


「んで、魔弾が無くなったから、魔弾を生成できる奴を捜してたってことか。だがなんで俺らなんだ? 俺らは探索者だぞ?」


「それはね!」



 ヴェイクの質問を受けた瞬間、目を輝かせたサラは、四つん這いで俺に迫ってくる。



「アタシはそこで見てしまったのですっ! あっ、そこでってのは、仲介商会でってことね」


「は、はあ」


「最初は、なんか馬鹿にされてる人がいるなー、とか、なんか滑稽だな~、くらいにしか思わなかったんだけど」



 なんだこの子、メチャクチャ失礼だ。



「──うっ!」



 とそこで気付く。

 彼女の体勢がヤバいことに。

 なんていうか、とにかく男にはヤバい体勢だ。


 おへそを出した上着に、太股を出したショートパンツと軽装な彼女。

 服の上から、ぷらんぷらんと揺れる胸の迫力が凄い。


 顔は幼くて少女みたいだけど、背丈は一五〇ほどあって、快活な雰囲気なのにエロい体型をしてる。

 そんな彼女が──顔と胸だけを強調させる四つん這いの体勢をすると、男を誘惑する谷間から、見てはいけないモノが見えてしまう。


 そんな危ない女は、ルビーのような綺麗な瞳を輝かせながら、右手、左手と、交互に手を前に出して俺に近づいてくる。



「だけど馬鹿にしてたアタシが間違ってたっ! アタシ、すっごく目だけは良いのよ! んで、見ちゃったの!」


「え、えっと、何をかな?」


「あなたの持ってる、その剣! それっ、どこにも売ってない代物だよね!?」


「えっ、これ……?」


「そうそう! それそれっ!」



 たしかにゴブリンソードは、ヴェイクもお店とかで見たことないって言ってた。

 だけど、これとどう関係あるんだろう。



「これ、どこで買ったの!? これ、これこれ!」


「──なっ! い、やめっ、やめろっ! 離れろっ!」

 


 変態が俺の体を上ってきた。

 太股に両手を乗せ、そのまま腹部を通って胸の辺りまで迫ってくる。


 まるで……痴女だ!

 それに、ハアハアって息も荒い。


 まあ、男として悪い気分じゃないけど……。



「って、違うでしょ!」



 俺はハアハアした変態の顔を手で押し返す。

 俺にはエレナが……って、まだそういう関係じゃないけど!



「というより、助けてくれよヴェイク!」


「なんかめんどくせぇから、まあいっか、みたいな感じだな」


「みたいな、じゃない! 全然良くないから!」


「わかったわかった。ほら、早いとこ離れろ、この変態」


「ちょ、アタシは変態じゃないから!」



 彼女は「ぶー」とふてくされていたがなんとか離れてくれた。

 だけどすぐに「まあ」と呟き、ニヤリと笑った。



「中の話が訊こえちゃったから、どうやって手に入れたのかは、なんとなくわかっちゃったけどね」



 ニヤニヤしてる変態。

 そしてヴェイクは自分の武器である斧を担いで、



「よし、殺すか」



 と血も涙もない言葉を発した。



「ちょ、ちょちょ、なんでそうなるの!? アタシまだ何もしてないよね!?」


「まだってことは、何かするつもりなのか?」


「しないしない! なーんもしないっ! 神に誓う、めっちゃ誓うっ! ねっ? ねっねっ?」



 初対面だというのに、なんだろう、凄く騒がしい。

 明るい性格に少し抜けたのが混ざって、それでいて変態が混ざった感じか……。


 なんか、うん。最悪だな。



「それで、どこまで訊いてたの?」


「いやー、全部かな。えっと……名前訊いてもいい?」


「ルクス。ルクス=フィレンツェだよ」


「ああ、フィレンツェ王国の。だから無能とか外れ七光りとか言われてたのね」



 軽くジャブをお見舞いされる。

 だがこんなことではめげない。慣れてるからな。



「ねぇねぇ、ルクスって呼んでいい?」


「別に構わないよ」


「じゃあルクスね。アタシのことはサラでいいから」



 もう、ずっとサラって呼んでるんだが……。



「わかったよ。それで、どこから訊いてたの?」


「んー、最初からかな。二人が加護の話をしてるとこ」


「最初っからじゃねぇか」


「まあ、そうムスッとしないでよ、デッカい人」


「ヴェイクだ、この痴女野郎」


「痴女でも野郎でもない!」



 胡散臭い者同士、なにか通じるモノがあるのだろうか。

 いがみ合っていて話が進まない。俺は咳払いをする。



「……それで、サラの望みは俺に魔弾を作ってほしいってこと?」


「うんうん、そういうこと。まあ、普通にお金を払って買えればいいんだけど、アタシの進んだことのある階層で、魔弾を作れる人がいないんだよね。別に外の世界で買ってもいいんだけど、それじゃあ、効率が悪いかなってね」


「たしかにな。それに、外に出てすぐに魔弾を作れる奴を知ってるのか?」


「いいやー、全く知らないんだよね。だからお願い、アタシに魔弾を作ってくれないかな!? なんなら、アタシをルクス達のパーティーに入れてほしいの」



 真っ赤に燃えるような赤色の瞳を輝かせるサラ。

 パーティーとは、仲間になるということだろう。

 俺はヴェイクを見る。ヴェイクは難しそうな表情をしてる。



「……仲間が増えるのは戦闘が楽になっていいと思う……。要するに、ルクスにいつでも魔弾を作ってもらえるから、仲間になっとけば便利だな、ぐらいの感じで仲間になることを希望してんだろ?」


「言い方がキツいね。まあ、その通りだけど」


「簡単な考えだな……」



 面白そうだから仲間になると言ったヴェイクはどうなんだ?



「だがお前、ギルドにもクランにも加入してないのか?」



 パーティーというのはその場だけの関係性を表す。だけど『ギルド』や『クラン』は団体名で、一度設立してしまうと、その関係性はずっと続いていく。

 二つの違いは、ギルドは少人数の団体で、クランはギルドを幾つか合わせた団体だ。

 どちらも設立するには色々な手続きが必要だったと、前に訊いたことがある。



「まあ、前まで五階層で活動してたギルドに所属してたけど、追い出されちゃったんだよね」


「えっ、なんで?」


「まあ、一番の理由は、魔弾が無くなって補充に行きたいって言ったことかな。その前から不仲だったんだけど、『お前の為に世界樹を出るなんて御免だ!』って言われちゃってねぇー。いやはや、参ったよぉー」



 あまり困ってそうには見えない表情で首を横に振るサナ。

 この理由にはヴェイクも納得していた。



「五階層から世界樹の外に出て、どこにいるのかわからない魔弾を作れる奴を捜してまた戻ってくる。それがどれだけ無駄でめんどくさいことかを考えると、まあ、他のメンバーの言ったことは正しいわな」


「そうなんだよねぇー。だからアタシも、一人で一階層まで戻ってきたってわけさ」


「一人で? それって結構難しいんじゃないの?」


「そりゃあそうだよ! って、もしかしてルクス、探索者になってまだ日が浅いの?」



 あ、そこから説明しなくちゃならないのか。



「ここに来てまだ二日しか経ってないんだよ」


「ほへぇー」



 そう言うと、口をまん丸に開いたサラ。



「そうだったんだ。てっきりアタシは、たまたまこの階層にいただけなのかと思ってたよ。じゃあ三人ともそうなの?」


「いや、ヴェイクは七階層まで進んだことがあるらしいよ。なっ、ヴェイク?」


「ん、ああ、まあな」



 ん?

 なんか歯切れの悪い返事。


 するとサラは首を傾げる。



「えっ、七階層? ヴェイクと二人って元々の知り合いだっあの?」


「いや、全然知り合いじゃないよ」


「えっ、じゃあなんで──」


「──なにこれ」



 サラの言葉を遮るように扉から声が訊こえた。

 そこに立っていたのは、艶っぽくしたオレンジ色の髪をバスタオルでパタパタと乾かすエレナだった。



「……誰よ、それ」



 そして何故か、俺を睨んでいるように感じた。

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