第32話 奪還作戦1
「それじゃ、作戦のおさらいをするぜ」
次の日の朝。
軽く朝食を済ませながら、ヴェイクがモーゼスさん奪還作戦の説明をする。
とはいえ、作戦らしい緻密に練られた作戦なんてものはない。
内容は簡単だ。
俺とエレナが見た監視長──ティデリア監視長、彼女の姿に化けたサラと犯罪者となった俺が、迷宮監獄に侵入して、モーゼスさんを助けだす。ただそれだけ。
世界樹にある迷宮監獄には、それぞれテリトリーというのがあるらしい。
この五階層の迷宮監獄が仕切るのは一から五階層まで。なので六階層よりも上は管轄外、そして迷宮監獄同士は仲が悪く、管轄外で犯罪者を捕まえることはできない。
だからヴェイク曰わく、仕事熱心なティデリア監視長は、自分の管轄の犯罪者を捕まえるため、よく一階層から五階層までを見回りにいくらしい。
モーゼスさんが捕まった時も、四階層にいた時にティデリア監視長に捕まったらしい……。
だから一定の時間、ティデリア監視長は迷宮監獄にいない。
そこをサラが化けて、何食わぬ顔で侵入し、モーゼスさんを助け出す。
かなり雑な作戦だけど、ヴェイクが言うには『最善の作戦』なんだとか。
力ずくで助け出すってのは、大勢いる監視員──ましてや恐ろしいほど強いティデリア監視長と戦う必要がある。それは俺達の実力じゃ不可能だ。
ヴェイクの加護である『
だから、ティデリア監視長がいない間に、ティデリア監視長に化けたサラと俺が救い出すってのが、最善の作戦になってしまう。
青白い革製の衣服を着た監視員は、ティデリア監視長の命令なら絶対に従う。
それが捕らわれてるモーゼスさんを迷宮監獄の外へ出すって事でも、きっと大丈夫だろう……。出てからの心配は、ヴェイクとエレナ、それにラフィーネに任せてある。
助け出し、俺達は真っ直ぐ上、六階層へと向かえばいい。
そうすれば、五階層までの迷宮監獄の連中は手出しできない──。
「──はずだな。まあ、そうなってくれねぇと困るけど」
ヴェイクはそう言って、呆れ顔のまま笑った。
助けてから逃げる、そこがこの作戦の一番の重要なポイントだと思うんだけど……まあ、そこまでのことを、迷宮監獄で勤めてたってわけでもないヴェイクに頼むのは酷だな。
するとサラが、
「ねぇ、ティデリア監視長ってのは、本当に別の階層に向かってるの? すぐ戻ってくるとか、ずっと迷宮監獄内にいるとかってのはないの?」
「それに関しては大丈夫だろうな。……あいつは」
普段から明るく笑ってるイメージのヴェイクが、少し寂しそうな表情をしながら、フォークでクスクスのステーキを突き刺し、
「なんていうか、あいつはクソ真面目な奴なんだよ……。自分の意志を曲げない。自分が正しいと思ったことを貫き通す。──いやになるほど、我が強いんだよ」
ヴェイクとティデリア監視長が知り合いなのは、きっと間違いないと思う。だけどそれを、誰かが訊くことはしない。
皆がそれらしい相槌をする。何かあればよく人の事情に突っ込んで訊きたがるエレナだって、今回だけは我関せずといった感じで、どこか違うとこを見てる。
皆わかってるんだ。いつもは適当で胡散臭い表情をしてるヴェイクが、今だけ真面目な表情をしているから、何か言いたくない過去があるんだって。
誰にだって知られたくないことはある。
俺にだって、エレナにだって、普段から明るいサラとヴェイクにだって──いや、普段から明るいからこそ、何か大きな傷を負ってるのかもしれない。
まだ出会って間もない関係なんだから、仕方ない。
「まあ、他に方法はないんだし、やってみようか」
いつか話してくれれば、それでいい。
♢
ギルドを設立するには探索者ライセンスが必要になる。
それは勿論、不法侵入した俺とエレナも例外ではない。
そして、俺とエレナがライセンスを取得する方法は「ライセンスカードを紛失した」とギルドを設立する場所と同じギルド会館に伝え、もう一度『試験』と『説明』を受ける必要がある。
一見、外と同じ工程で手に入るように見受けられるけど、そうでもないらしい。
ライセンスカードを取得するには一週間くらいの期間がいる。外で貰う時は新規、だけど紛失したのは自分の責任。怖い管理者にこっぴどく叱られ、めんどくさい講習を長い期間受ける必要がある。
──すぐにでも救い出したい。
ラフィーネのその気持ちをくんだ俺達は、ここでライセンスカードの取得とギルドを設立するのを諦め、次にある一〇階層で全てを済ませることを決めた。
「ティデリア監視長は、いないみたいなのです」
ティデリア監視長に適当な面会の申し出をして在籍確認。
一歩間違えれば怪しまれる役目。だけどラフィーネはその役目を引き受けてくれた。
自分も力になりたい。そういう想いが彼女をそうさせたのだろう。
ラフィーネが悪いわけじゃないんだから、あまり気にしないで、なんて言っても無理な話だろう。
リスクを冒して自分の頼みを訊いてくれた、ラフィーネはそう思ってるみたいだから。
「んじゃ、始めるね」
サラの
エレナがマナを消費して力を使うのと同じで、ヴェイクとサラは加護を使う時間や効果によって、疲れが生じる。だからこれからは、なるべく時間をかけずに実行しなくちゃいけない。
ボワン。
と謎の煙を撒き散らしたサラは、一〇才ほどの幼い容姿に綺麗な銀髪碧眼のティデリア監視長に姿を変えると、お色気ポーズをしてみせた。
「どう、完璧でしょ?」
「……その姿でされても、なんとも思わないわね。それと、声はサラのままなのね」
「残念ながらね。アタシの力は姿だけ、声とか力をコピーするわけじゃないのさ。まあ、簡単に言ったら幻の体に変身するだけなのさ」
サラもティデリア監視長も、どっちも明るい子供っぽい声をしてるから、あまり違いはわからない。だけど、おそらく監視員の人達には一発でわかるんだろうな。
「サラは喋らないほうがいいね。それじゃ、向かおうか」
「あ、ルクスちょっと待ってくれ」
ヴェイクに止められると、両腕をロープで頑丈に縛られた。
「えっと……」
「お前はこれから犯罪者になるんだからな。さすがに他の監視員を連れてないのに、監視長の隣を堂々と歩いてたら不自然だろ?」
「ま、まあそうだな……」
「ほら、サラがロープを持て」
「はいはーい。んじゃ、行くよ犯罪者くん」
「ちょ、強く引っ張んなって」
ロープの先端を持ったサラがずんずん先へ歩く。
身動きも自分の自由もない。犯罪者ってこんな気持ちなのかな。わからないけど、なんか嫌だな。
「んじゃ、頼んだぞ」
「バレるんじゃないわよ、バカルクス」
「す、すみませんなのです。よろしくお願いしますなのですっ!」
三人に見送られ、俺とティデリア監視長(サラ)は、巨大な砦のような迷宮監獄へと向かう。
入口のとこには、監視員が二人立ってる。
大丈夫なのか? 本当に大丈夫なのか?
俺は大量の汗を流しながら、前を歩くサラを見る。
サラは物怖じせず、堂々とした表情で前を歩いてる。
少しは緊張するとか、ドキドキするとかないのかよ。
まあ、そんな素振りを見せたらバレるわけだから、このままでいいけどさ。でもさ、俺ばっか緊張してたら、なんか俺が弱虫でダサいみたいじゃんかよ。
「……来たね」
前を歩くサラが小声で。
入口を固めてる監視員が慌ててこっちに走ってきた。
「ご苦労様ですっ! ティデリア監視長、どうなさったのですか!?」
「先程出て行ったばかりなのに、もう戻られたのですか!?」
なぜか慌ててる。
予想以上の早いご帰還に驚いてるのか。
そしてサラは、俺に親指を立てて伝える。
『犯罪者を捕まえた』
という意味だろう。
言葉無しで理解した監視員は、慌てて閉ざされた門を開いた。
これは……凄いな。
門を開けると庭のような緑生い茂る場所。
そして大勢の監視員が巡回してるのが確認できる。
これは、バレたら終わりだな。
俺達は歩き始めて、正面に見える迷宮監獄の入口へと進んでいく。
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