第82話 それぞれ


「私は、ルクスのことが好きです」



 隠す必要がないから、そう、はっきりと答えた。

 ルクス本人には言えないけど、両親に真っ直ぐな視線で問いかけられたら、答えてしまう。


 でも待って。

 これって、本人じゃなくて両親に報告?

 そっちの方が変じゃない? だけど聞かれたんだし……。でもやっぱり、変なことには変わりないかも。


 私は言ってから、少し熱を帯びた頬を隠すように下を向く。



「そうか」



 そして返ってきたのはそんな言葉。

 やっぱり変だったのか。そう思って顔を上げると、ルクスのお父さんはさっきまでの怖いほど真剣な表情を少し馬鹿っぽく緩めた変な笑顔をしていた。



「いやー、それは良かった。なあ、母さん」


「ええ、こんな可愛い子が娘になってくれるなんて、とても嬉しいですね」


「ほんとにな。ルクスは昔っから鈍いし、女っ気がなかったから、いやー、ほんと良かった」


「ええ、ええ、とても嬉しいですね」



 二人はなぜか喜んでいる。

 私が好きって言っただけなのに、二人の会話は私を置いて続いてる。


 ──それはまるで、ルクスと結婚したみたいに。


 それはまあ、私としても結婚したらどんな感じなのかな、とか、嬉しいかな、とか思うけど、なんだろ、二人の中では決定事項みたいになってるような。



「あの……まだルクスには言ってないんですけど」



 二人の希望の妄想を止めるのは申し訳ないけど、これ以上はなんだか聞いてるとおかしくなりそう。

 だから止めた。そしたら二人は少し固まった。



「えっ、言ってないのかい?」


「どうして?」



 どうして? って……。



「なんだか、恥ずかしくて……それに、向こうの気持ちは、わからないですから」



 私は好きでも、アイツが私を好きかわからない。

 それなのに言うわけない。もし玉砕したら、私はルクスの隣を歩けない。


 そう思ってたのに、二人はもっと固まった。



「ん? それはルクスの気持ちがわからないってこと?」


「えっ、あの、その……はい」



 だからそう言ってるじゃない。

 そう思って答えると、二人は──ヴェイクとサラが私とルクスを見るような、謎のニヤニヤ顔になった。



「そうかそうか、似た者同士、なのかもしれないな」


「はい?」


「いやいや、こっちの話だよ」



 なんだろ、馬鹿にされた気分。

 だけどまあ、本人に言う前に両親に報告するなんて、少し変な感じ。



「それじゃあ……ルクスとはこのままずっといたい、って気持ちでいいのかな?」



 いつの間にか真剣な表情になっていた二人に見つめられる。少し怖いとも思える表情に、私はただ頷くことしかできなかった。



「そうか。さっきも話したけど、我々は君のお父さんと一緒にいた。それに君のお父さんのことも、リュイスのことも、何一つ守れなかった」


「それは……」


「ルクスが怒ったのも当然のことだ。ルクスは両親のことを何でもできる偉大な人だと思ってるが、我々も……弱い人間なんだ」


「仲間が行ったことも、仲間がずっと待っていてくれたことも、全て忘れて逃げたんだから……エレナちゃんにも、皆にも、ルクスにも……本当に申し訳ないことしたわね」



 ルクスの両親は頭を下げた。

 私はルクスのように怒れない。それは実の両親じゃないからというのもあるけど、いざその場にいたら、自分が二人と違う行動をできるかわからないから。


 それこそ、ルクスの加護で作り出した武器でルクス自身がおかしくなって、もう助けられない、殺すしかないってなったら……私はきっと、ルクスを殺せない。


 全て全て、私は忘れたいと思って逃げ出してしまうかもしれない。


 だからきっと、ルクスの両親も、リタさんとレオナルドさんも、そう思ってしまったのかもしれない。



「もう、大丈夫ですから……」



 もし自分が同じ立場になって、もし同じ行動をした時、私がそう言ってもらいたいから、私は二人にそう言った。



「ありがとう、エレナちゃん。我々は、息子に嫌われただろうか」


「そんな簡単に、ルクスは両親を嫌いにはならないと思いますよ。ルクスは……お二人に憧れてますから」



 そう伝えると、二人は笑っていた。


 そして少し雑談。

 その途中、今度はルクスのお母さんが私に問いかける。



「エレナちゃんの加護は回復の加護なの?」


「はい、聖天治癒師エレメントヒーラーという加護です」


「それは他者の傷を癒やす力、でいいのかしら?」


「他者と自分の傷ですね」


「オウルの加護をちゃんと引き継いだのね。──だけど、それ以外も使えるわよね」



 ルクスのお母さんにそう言われた。だけど、



「いえ、私の加護は傷を癒やすことしかできません」



 ただ、それしか。

 私の加護は傷を癒やすだけ、他には何もできない。

 だけど、



「おそらく気付いてないだけで、他の力があるのかもしれないわよ」


「えっ?」


「加護は基本的に両親が持っていた加護を受け継ぐのは、知ってるわよね?」


「はい、両親の加護を上回るか下回るかだって聞いてます」


「そうなの。だけど今聞いた話だと、まだエレナちゃんは父親の加護しか受け継いでないことになると思うの」


「それは、どういう意味ですか?」


「そうね……エレナちゃんは、お母さんの加護の話を聞いたことある?」


「お母さん、ですか?」



 お父さんの加護は聞いたことがある。


 万能治癒師ハイヒーラーで、他者が負った傷を絶対に癒やす加護。

 それは体の表面上だけじゃなくて、内の傷も治すことができるって。自分には使えないけど、絶対的な加護だって。


 だけどそれは他者にしか使えない。自分には使用できない。


 お父さんの加護を受け継いでるなら、私も他者だけしか癒せない。だけど私は自分にも使える。

 だから必然的に、私のお母さんは自分の傷を癒やす加護だと思う。

 そして両親の加護の良い部分だけ受け継いで、私は自分も他者の傷も癒せる加護なんだって、そう思ってた。


 だけど、



「エレナちゃんのお母さんは、回復の加護とはちょっと違うのよ」


「お母さんのですか?」


「ええ、お母さんの加護は聖天神子エレメントプリーストって言ってね、なんて言ったらいいのかしら……神の代弁者だって、オウルは言ってたわね」


「神の代弁者、ですか?」



 そんな話は聞いたことがなかった。

 そもそもお母さんは自分の加護の話はしなかった。ただよく、お母さんは笑いながら、


 ──お母さんは戦えないけど、誰かを幸せにできる加護を持ったのよ。


 と言って、


 ──エレナにも受け継がれてると思うから、誰かを幸せにできるわね。


 って言ってた。


 それが何を意味してるのか、その当時はわからなかったけど、もしもルクスのお母さんの話が正しいなら、回復とは違う何らかの加護があって、



「私も知らない、お母さんの加護が眠ってるんですか?」



 眠ってるという表現が正しいのかは微妙だけど、そう考えられる。


 自分の加護がどんな力なのかを知ってる人と、それを使ってみないと知らない人がいる。


 ルクスは最初から知っていたらしい。

 自分がどんな加護で、どうすれば力を使えるかを。


 どうしてなのかは、世界中の人間に加護を授けた謎の存在しかわからない。

 私は自分の加護がどんなのかを初めて使うまで知らなかった。


 だから傷を癒やす加護だって、そう思っていた。



「かもしれないわね」



 そう、ルクスのお母さんは言った。









 ♦








「モーゼスさん、これ食べてなのですっ!」


「いやいや、こっちが美味しいから、はいっ!」


「お二人とも、ありがとうございます」


「おいおい、ラフィーネもサラも、あんまりモーゼスさんを困らせんじゃねぇよ」


「何を言ってるのです!? わたしたちは困らせてなんかないのですよっ!」


「そうだそうだ、ヴェイクはモーゼスさんの笑顔が見えないのか!」


「これは困った笑顔だと思うんだが……ん、話は終わったのか?」



 皆の声がした部屋を開けると、なんだか不思議な光景が広がっていた。


 モーゼスさんにサラとラフィーネが果物とかを差し出して──というよりも無理に押し付けて、それをモーゼスさんが優しい笑顔で対応し、ヴェイクとティデリアが呆れた様子だ。


 まあ、モーゼスさんを心配しての二人の優しさだろうけど。



「そういえば、アイツは?」


「ルクスなら」



 ティデリアは椅子に座りながら天井を指差す。



「屋上? こんな寒いのに?」


「少し一人で考えたいんだろう。それに誰かといると、感情が勝手に溢れてしまうのだろうな」


「……お父さんと、お母さんのこと?」


「じゃねぇのか? まっ、あいつの気持ちも分からんでもねぇけど……その時の気持ちは当人しかわからねぇし、時間が過ぎれば過ぎるほど、罪悪感とか、苦しみとか、悲しみとか、いろいろと増大しちまうんだよ」


「そう、よね……」


「まっ、俺たちよりもお前が行ってやったほうがいんじゃねぇか?」



 それはどういう意味? とは聞かない。


 ヴェイクとティデリアも、この世界樹でギルドマスターとはぐれてる。

 それを捜したいと思ってるだろうけど、ヴェイクは探索者の案内人に、ティデリアは迷宮監獄の監視長になった。


 ──怖いんだろう、再会するのが。


 だから二人はわかってるんだ。ルクスの両親とリタさんとレオナルドさんがどんだけ苦しかったのかを。


 そしてルクスが言った正論が、自分に突き刺さってるのかもしれない。



「温かい飲み物でも、持って行ってあげるわね」



 温めたミルクをカップに注いで、それを持って屋上へ。


 この十二階層は夜になるともっと寒い。

 外に出ると全身が少し痺れて、吐く息は白く空へと向かう。

 ここが大きな木の中なんて、とても思えない。


 そしていた。

 こんな寒いのに屋上でボーッと遠くを眺めてる男と──幼女と赤ちゃん。



「なあ、俺が間違ってたのかな?」


「それは我にもわからんのじゃ。主は後悔してるのか?」


「後悔は……どうだろ、わからないよ」


「パーパ、だいじょーぶ?」


「大丈夫じゃ、ないかな」


「……なに子供達にお悩み相談してんのよ」



 幼女と赤ちゃん相手にお悩み相談してるルクスへと、私は歩いていく。

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