第3話 気を許せる相手はいい人だ
目の前の二人組よりもゴツい手に、鍛え上げられたムキムキの体格。
優しくて頼りがいのありそうな兄貴的な雰囲気。だけど今だけは目つきが怖くて、整った眉毛を寄せて威圧感がある。
そんな男が助けてくれた。
だけど俺の知らない相手。彼は誰だ……?
「なんだお前?」
「ここは酒を呑む場所だろ?」
「コイツを酒のツマミにしようとしてたんだろ? ていうより、お前には関係ないよな!?」
「見ててムカつくんだよ。いいから手を離せよ」
お互いの睨みが交錯する。
そして少しの間が空く。
「チッ、わかったよ」
と俺に絡んでいた男の手が離される。
そのまま立ち去る二人の後ろ姿を眺めながら、俺は伸びてしまった服を心配する前に、
「助けてくれて、ありがとうございます」
と頭を下げてお礼を述べた。
「おっ、フィレンツェ王国の坊ちゃんはお礼ができんのか」
ああ、虐める奴が変わっただけか、お礼をして損した。
そう思って露骨な嫌な顔をすると、大柄な男は、カカカッと大きな笑い声を出した。
「冗談、冗談! そんな怒んなって。なっ?」
「冗談とは?」
「いや、王国の息子って嫌な態度する奴が多いだろ? だからお前もそうかな、とか思っちまったんだよ。まあ、まず座ろうぜ?」
と言う前に俺の席に座る大柄な男。
なんだろう、決して悪い奴には見えない。
いや騙されるな。いつもこうやって近寄って、自分の身の丈話を始めたら笑い者にしてくる奴らが多かっただろ。
信用するにはまだ早い。
「あっ、姉ちゃん。俺も麦酒で! お代はこの席でな」
……やっぱりたかってきた。
まあ、助けてくれたから一杯だけならいいけど。
そして麦酒が届くと、隣に座る大男は木樽を高々と掲げた。
「んじゃ、乾杯」
「……乾杯」
「元気ねぇな、ああ、まずは自己紹介だったな。俺はヴェイク=アーレイスだ」
「俺はルクスだよ。助けてくれてありがとう」
敬語を使ってこないし、それに気さくなタイプだ。
初対面だけど敬語じゃなくていいよな。
「ルクスな、オッケー。んでルクスってよ、あのフィレンツェ王国の国王様の息子なんだよな?」
「……そうだけど」
やっぱりこの話題か。
「ふーん、それにしては王国の息子っぽくないよな」
「王国の息子っぽいってのはわからないんだけど。それは貴族らしくないってこと?」
「ああ、そんなとこだな。なんか貴族ってよ、全人類を見下してるような目つきしてんだろ?」
「それは偏見だと思うけど、ヴェイクさん?」
「ヴェイクでいいぜ」
妙にボディータッチが多いヴェイクさん、改め、ヴェイク。
別に嫌なタイプじゃない。むしろ仲良くなれそうなタイプだ。
「ヴェイクは、なんか貴族に怨みでもあるの?」
「ん、まあ、どうだろうな。ただ貴族が嫌いなのは確かだ」
「なるほど。俺も貴族の坊ちゃんは嫌いだね」
「王国の坊ちゃんなのにか?」
「俺のとこは少し変わってるからね。父さんと母さんは普通の家庭の息子と同じように、良いことは良い、悪いことは悪い、って教えてくれたし、食事だって豪勢じゃなかったと思うよ」
「なるほど。たしかに豪勢な料理食べてたら、こんなコッテリしたゲテモノなツマミは頼まないよな」
ヴェイクは甘辛いタレをこれでもかと付けた、カエルの串刺しを手に取りながら言う。
「ウチではこういうのは普通に食卓に並んでたよ。だから俺は他の貴族とは違って、そこまで裕福な家庭で育ったわけではないかな」
「ふーん、それは好感度が上がるな。それで、今は何をしてるんだ? 国王様とかと来たってわけじゃないよな?」
「まあ、一応は探索者を目指してライセンス試験を受けに来たんだよ」
「へぇ、探索者を目指してんのか。だったら相当スゲェ加護の持ち主だから、試験とか余裕だろ?」
えっ、もしかしてヴェイク、俺のことは無知だったの? だから俺を笑わないで助けてくれたの?
だったらエレナ同様、ヴェイクにも力の事は黙っておくか……。
「いいや、俺の
どうせ嘘はいつかバレる。
隠したとこで、誰かから俺の悪い噂は聞くはず、だったらここで教えて馬鹿にされよう。
そう思ったんだけど、ヴェイクは眉を寄せて違う部分に驚いていた。
「んっ、だが加護は遺伝だろ?」
「そうなんだけど、俺はその遺伝という奴に弾かれたんだよ」
「……なあ、一つ聞いていいか?」
「……ああ」
嫌な予感がする。
いつも言われてるような嫌な。
「ルクスって、捨て子だったのか?」
「はあ、やっぱり聞かれるか。だけどそれは違うよ。両親はそれを全力で否定してたからね」
「だが、遺伝しないのはこの世界の常識から逸脱してねぇか?」
「だから父さんと母さんは、俺の遺伝された加護の内容を事細かく教えてくれたよ」
「へぇ、それで納得できる内容だったのか?」
「一応はね。それに両親を疑ったってしょうがないだろ? 俺は父さんと母さんの子供だって、誰が何て言おうと二人がそう言ってるんだから信じてるさ」
それで馬鹿にされることはよくあるが、疑って生きるのは辛い。
俺にとって父さんと母さんは、正真正銘の両親だ。受け継がれた加護が二人と全然違うからって、その事実は変わらない。
麦酒を一気に呑んで、おかわりすると、隣に座るヴェイクは、
「お前って……いい奴だな」
何故か感動していた。
「あ、ありがとう」
「よし、今日はとことん呑むぞ! 俺も付き合ってやるから」
「えっ、はあ」
「姉ちゃん。麦酒をもう一杯! お代は連れと一緒で」
支払いは俺か。
……まあ、久しぶりに人と呑めるからいいけど。
一時間後。
「げっ、ルクスは女と二人で暮らしてんのかよ!」
「んっ、ああ……すぐそこの『フェゼール第一宿屋』ってとこで、エレナっていう、めちゃくちゃツンツンしてる奴と一緒にね。だけどさ、あいつは俺のことが大好きなんだよ」
俺は酔っ払いに進化していた。
ヴェイクは酔っ払ってるかはわからない。なにせ視界がクラクラしてるんだから。
ただ、俺より呑んでるのに一向に変化が見られないってことは、お酒に強いんだと思う。
「んじゃあよ、告白とかしたのか?」
「告白? しないしない」
「ん、してないのに、なんで相手が好きだってわかるんだ?」
「だってさ、無能とか、外れ七光りって言われてる俺に付いて来てくれるって、それしかないだろ」
「それはルクスの加護がまだ使えてないから、今は無能なだけだろ? 別に使えてたら……」
ヴェイクが何か言ってる。
俺はどうやら、自分の加護の事を話したらしい。
「どうなんだろうね、でもあまり強くはないと思うよ」
「……それはどうなんだろうな。だがまあ、ルクスの今の実力を知って、ずっと付いてきてくれるなら、お前の才能云々で好きになったわけじゃねぇんだろうな」
「そうなんだよ。あいつだけなんだ、あいつだけが、俺をちゃんと見てくれたんだよ」
もう、頭がフラフラしていて、テーブルに突っ伏するのが限界だ。
「お前は、そのエレナって奴が好きなのか?」
「好きだな。俺をちゃんと見てくれる唯一の理解者だからっていう単純な動機だけど、好きだな。だけど今のままじゃ駄目なんだ」
「と言うと?」
「俺は周りが言うように雑魚だ。才能なんかこれっぽっちも無い」
なんで初対面の相手に熱弁してんだろう。
周りがうるさいのに、なんで俺はヴェイクに色々と話したがってんだろうか。
――ああ、そうか。
俺は誰かに話を聞いてほしかったんだ。
ずっと一緒にいるエレナには、恥ずかしくて自分の弱さを見せたくない。
才能としてのプライドは消えかけてるけど、男としてのプライドは残ってる。
エレナには言えないことを、初めて会ったヴェイクに話してしまってるんだ。
「才能は無い。だからこそ、父さんと母さんの教えを守って努力だけはしてきた。努力も怠ったら、きっと俺は駄目になると思うんだ。……だけど、努力しても限界はくるんだ」
「その努力を上乗せしてくれるのが、加護だからな」
「ああ。その加護を使うためにも、俺はどうしても世界樹に足を踏み入れたいんだ。父さんや母さん、ましてや王国の手を借りないで、自分の力で足を踏み入れて――アイツの笑顔が見たいんだ。それが腐りかけてた俺を救ってくれたアイツへの、恩返しなんだよ」
それを伝えて、俺の意識は途絶えた。
それから、どれほどの時間が経ったかわからない。だけど意識が戻って、うっすら感じるのはヴェイクの大きな背中におぶられてること。
夢なのか、現実なのか、それすらわからない。
だが父さんのような大きな背中は俺を更なる眠りへ誘う。
そして外を歩いていたヴェイクが、何か言ってるように感じた。
「こいつも、変わり者だな……」
それが何を意味してるのかは知らない。
そして俺が泊まる予定だった『フェゼール第一宿屋』の前で、また意識が途絶えた。
♢
「……お届けモノだが」
「……」
変なのが届いた。
というより、誰よこの大男。
「間違いではないですか?」
「……エレナって奴だよな。俺と一緒に呑んでいた、この酔っ払いのルクスと一緒に暮らしてる──」
「暮らしてない!」
初対面で変な間違いしないでもらいたい。
しかも、なんでまた潰れるまで呑んでるのよ、いつもいつも言ってるじゃない、弱いんだから酔っ払うまで呑むなって。
まったく。
「とりあえず……それを中へどうぞ」
ルクスは馬鹿だけど、人の目利きは優れてると思う。
だからこいつが気を許して一緒に呑んだ男は、きっと悪い人じゃないはず。
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