第45話 あれからこれから


 六階層から七階層へ向かうモンスターエリアで、私たちは巨大なゴツゴツしたモンスターと戦っていた。



「ルクス、こいつの体、めちゃくちゃ堅いわよ!」


「くっ、剣じゃ無理か」



 走れば黒髪がサラサラと舞い、変な形の剣を持ったルクスは、私のいる後方まで下がってくる。


 このモンスターエリアに生息するモンスターは、『アイントゴーレム』という名の岩のモンスターしかいない。大きさは私たちの二倍くらいといった感じで、姿は人型、だけど体全体が灰色の丸い岩のようなので繋がっていて、人ではなく、ゴツゴツした岩のモンスターだとすぐにわかる。


 前に並び立つ、ヴェイクとモーゼスさんも、少し苦戦気味だ。



「ほんと、こいつやりずれぇよな」


「はい、岩と岩の間にある、細い糸を斬り離せば倒せるのですが……こうも数が多いと、少々やりずらいですね」



 筋肉質な体型のヴェイクが苦い顔をして、執事服を着た白髪白髭のモーゼスさんがアイントゴーレムを観察する。


 たしかに丸い岩と岩の間には、うっすらと糸のような細い線が見える。

 だけどそれを狙おうとすれば、剣も槍も、あの堅い岩に弾き返される。


 アイントゴーレムの数は全部で三体。

 このモンスターエリアにある円形の空洞地帯に広がって、私たちに、その堅い岩の手らしきものを振り下ろしてくる。



「ここは、私の出番のようだな……」



 剣も槍も駄目。言ってしまえば、私とルクスとヴェイクとモーゼスさんは戦いずらい相手だ。

 そんな場面でも、銀髪碧眼の氷少女──ティデリアは余裕そうに笑っていた。


 対象を一瞬で凍らせる《氷帝フリスレイト》の加護を持つティデリアは、手に持つ氷の剣を地面に突き刺し目蓋を閉じる。



「凍てつけ、絶氷斬アイシクル・スレイド



 シューと音を鳴らし、ティデリアの背後から青白い六本の線が交差する六亡星が描かれると、氷の槍が幾つも出現する。

 それらは、そのままアイントゴーレムへと飛んでいき、その岩で形成された体に接触すると、その部分からだんだんと凍っていき、動きを止めた。



「モルルン! モルルンパンチなのですっ!」


『モルモルッ!』



 お腹辺りの毛が白くて、背中辺りの毛がオレンジ色の巨大なハムスターであるハムちゃんは、二本の前歯を出して手を振り上げる。

 その上に乗る、ふわりとした黒髪のラフィーネは振り下ろされないようにギュッとハムちゃんの背中の毛を引っ張っている。


 そして、男たちはその健気で可愛いラフィーネの姿を、ジーッと、いやらしい目で見ている。


 私はルクスに冷ややかな視線を向ける。



「アイントゴーレムの動きが止まったわよ、ほら、いかなくていいの?」


「あ、ああ、そうだな。よし!」



 ルクスが大声を出しながら走っていく。


 なにがよしよ。今めちゃくちゃ胸見てたでしょ、ラフィーネのロリ巨乳を。

 だけどまあ、男ならあの姿を見ちゃうのはわからなくもないんだけど……。



「ん、エレナはいかないの?」



 ふと、隣にアイントゴーレムが並び立った。

 私が隣を見ても一切、逃げようという素振りは見せない。それに、普通は喋らないモンスターなのに、女の子らしい高い声を発してる。



「私のパーティーの役割はね、傷を負った仲間を支援するのよ。だって傷を癒やす加護なんだから、なんで私が男たちに紛れて走らなきゃいけないのよ?」


「んー、でも、エレナっていつもルクスの隣でモンスターと戦ってるイメージがあるからさ」



 隣のアイントゴーレムは失礼なことを言う。


 なぜそこでルクスが出てくるのか……。まあ、私はいつからか前衛で戦うようになったけど、元々は傷を癒やす加護──《聖天治癒師エレメントヒーラー》の持ち主なのだから、別に戦闘する必要はない。


 だけどこのパーティー、あんまり怪我しないのよね。


 怪我しないことはいいことなんだけど、少しだけ、私の持ち味を殺されてる気分だわ。



「というより、あんたは何してんのよ?」


「ん、アタシは魔弾の節約かなー? だってさ、あのゴーレムちん嫌いなんだもん」


「またそれ? あんたがモンスターと戦ってる姿を最近は見ないんだけど?」


「むっ、失礼だなー。アタシだって本気を出せば強いんだからね?」



 隣にいるアイントゴーレムが煙に包まれると、その体は小さくなって、おへそと太股を露出したサラが現れた。

 赤髪ポニーテールのサラは少し怒ってるのか、愛用の二丁の魔銃を手にしながら、頬を膨らませて私を見てくる。



「節約は重要なんだよ? 私の力は限りがあるんだから」


「まあ、重要なとこで使ってくれればいいけど……あっ、終わったみたいよ?」


「ほんとだ。さっ、早いとこゴーレムちんを解体しに行こう!」



 嬉しそうにはしゃぐサラの奥には地に伏せるアイントゴーレム。


 アイントゴーレムの動きを止めてから終わるまでかなり早かった。


 まあ、アイントゴーレムは、あの強固な岩が邪魔なだけで動きは鈍いから、楽に倒せるモンスターらしい。


 適材適所、という言葉もあるように、こういう堅いモンスターには魔法などで動きを止められたり、遠距離攻撃できる仲間がいればいいんだろうけど、このパーティーは接近戦を得意とするのが多いから、どうしても苦戦してしまう。

 この六階層のモンスターエリアに来て三日ほど経つけど、いまだに楽に倒せていない。


 唯一動きを止めてくれるティデリアが仲間になってくれたのは助かるんだけど、何度も加護の力を使わせるわけにはいかない。


 だからこのアイントゴーレムのいる階層はできるだけ早く抜けたいんだけど──ヴェイクとティデリアは渋い顔をしてる。


 二人曰わく、ここで苦戦するなら、まだ上の階層には向かわないほうがいいだろう、とのこと。

 金を稼ぐにしても、七階層のモンスターエリアよりも、この六階層のモンスターエリアのほうが少しは安全なのだとか。

 まあ、その理由は二人の会話にでてきた七階層のボスモンスターである《黒龍》というのがいるからだと思う。



「わーい、合計でユグシル金貨九枚だー!」



 サラはアイントゴーレムの岩を持ちながら嬉しそうにしている。


 このアイントゴーレムの見た目は岩のモンスターだけど、本体は一本の長い特殊な紐らしくて、その紐が沢山の大きな岩を繋げて動いてるらしい。

 だから、モンスターを買い取ってくれる仲介事業商会にゴツゴツした丸い岩を持って行っても、ただの岩だと言われて売れないけど、その薄緑色の紐みたいな本体を持っていけば、一本ユグシル金貨三枚と取引してくれる。


 水に強くて火にも強い。だから使い道は様々で、女性用の防具の紐なんかに使われてるのを見たことがある。



「これで六体目よね?」



 私も皆のもとへと向かう。



「そうだね。合計で金貨一八枚かな。うん、だいぶ稼げたね、ここからどうする?」



 ルクスが岩を引っ張って、薄緑色の紐みたいなのを出しながら皆に訊く。

 それに対して、大きな斧を地面に置いたヴェイクは、



「そうだな、そろそろ時間も時間だし、今日はこれぐらいにして、明日、上の階層に向かうんなら、帰ってから話すか?」


「おっ、やっとだねー。アタシはまだ七階層に上ったことないから楽しみだなー。あっ、上ったことあるのって、ヴェイクとティデリアだけだよね?」


「俺とこいつはあるな」


「こいつと言うな、馬鹿たれ。だが七階層のボスモンスターは危険だから、念入りな準備が必要だからな?」


「準備か。それじゃあ、そろそろ戻ろうか?」



 ルクスの言葉に、それぞれが頷く。

 今日も無事に終わった。だけど明日からは七階層に向かう。そして七階層のボスモンスターは、ヴェイクとティデリアが強いと言っていたボスモンスターがいる。

 何とか出くわさなければいいんだけど……。




 戻ってきてからは、いつも同じ感じ。

 皆で夜ご飯を食べて、男女に分かれてお風呂に入る。

 だけどこのいつも通りな感じが好きだったりする。


 そしてお風呂では、前みたいに憂鬱な気分は薄れて、楽しめるようになった。



「どうした? 私の体に何か付いてるか?」



 湯船に浸かるティデリアが、不思議そうな表情を浮かべながら私を見る。

 私よりも発達していない胸。貧乳仲間は最高ね。



「ううん、なんでもないの」


「そうか。あまりジロジロ見られると、同性でも恥ずかしくなるからな」


「ええ、気をつけるわね」



 ニッコリと返事をする。

 だけど、背後には私よりも身長が小さいくせに、私よりも大きな胸を持った二人が控えていた。



「んー、エレナは仲間ができて嬉しいんだと思うな。ねー、エレナ?」


「仲間なのですか? エレナさんとティデリアさんは仲間ですけど、私たちも仲間なのですよ?」


「違う違う。そういう仲間じゃないのさ」


「ん? そうなのですか?」



 後ろの二人──とくにわざと馬鹿にしてくる奴を殴りたい。


 私はサラからラフィーネを引き離してから、満面の笑顔をラフィーネに向ける。



「サラは何を言ってるのかしらね。私とラフィーネは仲間よ? ただそこの変態が、仲間じゃないだけだから安心して?」


「サラさんは、変態さんなのですか?」


「ちょ、アタシのどこが変態なのさ!?」


「あら、違った? そんな邪魔くさい胸で男を誘惑するのは変態の証よ?」


「なっ、別に誘惑してないし……引っかからないし……というより、アタシが変態だったら、もっと大きいラフィーネのほうが変態じゃん!」


「大きい? 何がなのですか?」


「変態の言うことは気にしなくていいのよ。それに、ラフィーネは優しくて一途な子だからいいのよ」


「ちょ、アタシが優しくなくて一途じゃないみたいじゃん!」


「わ、わわわ、私はそんな……」


「あー、わかっとよ、エレナはひがんでるんでしょ!? アタシとラフィーネがおっぱい大きいから!」


「……別に、ひがんでないわよ」


「嘘つけ! 絶対にひがんでるよ! アタシとラフィーネの胸が羨ましいんだろ!」


「羨ましくないわよ。ねっ、ティデリア?」



 少し助けを求めるようにティデリアを見ると、何故か睨まれた。

 そして寒い。熱いお風呂に浸かってるのに、なんでか、氷に包まれてるように寒い──。



「……私は胸が大きい小さいにそれほど関心はない。だが──私の胸が小さいと勝手に決めつけるのは、あまり感心しないな」



 立ち上がったティデリア。

 タオルで巻かれた体は、誰が見てと幼児体型だ。

 私が言っちゃなんだけど……あまり、膨らみを感じない。


 だけどティデリアは、堂々と無い胸を張っている。


 それに私もラフィーネも、何も言えない。ただ一人の馬鹿を除いて。



「んー、ティデリアよりもエレナのほうが大きいかな。まあ、ティデリアの年齢なら仕方ないよ。うん、これからに期待だね」



 そんな最低な一言を発したサラに、ティデリアは右手を伸ばす。



「私は……」



 これは危険なやつだ。

 そう察知して、私はラフィーネの手を引いてこの場を後にする。


「私は……」


「ちょ、ちょっと待って。やだなーもう、冗談、ほんの冗談だから、それにこれからの成長を考えればまだまだ伸びるって。だから加護の力を使うのは止めよ? ねっ? ねっ?」


「一九才だ!」



 風呂場から出た瞬間に、ティデリアの怒りが滲んだ声が響いた。


 あっ、一九才なんだ……私と一個しか変わらない。


 少しだけ喜んだ私は、ラフィーネと部屋へと戻っていく。










 まだまだお金のない私たちに、一人一部屋なんていう贅沢はできない。

 とはいえ、男女は部屋を分けて寝ている。



「エレナ……寝ないのか?」



 そして皆が寝てるのだと思ったら、机の前に座る私に、ティデリアが声をかけてきた。



「ごめん、起こしちゃった?」


「いいや、まだ寝ていなかったよ。それより、手紙を書いていたのか?」



 二段ベッドが二つ。

 右側にサラとラフィーネ。

 左側にティデリアと私。


 そしてティデリアは二段ベッドの上から足を投げ出して私を見てる。



「ええ、故郷の皆にね。近況報告と、それから、少しでもお金を送りたくてね」


「ふむ、仕送りというやつか。世界樹では、上の階層を目指さないで下の階層でモンスターをひたすら狩っていればかなり稼げるから、外に金を送ろうと考える者も大勢いる。だが、今の稼ぎで仕送りするのは厳しいのではないか?」


「まあね。だけど日々節約していれば、けっこう貯まるわよ? 今日だって、結局あまり使ってないしね」


「なるほど。節約してるから、いつもエレナは新しい物を買わないのだな。ラフィーネとサラは、よく服やら食べ物やらを購入するが、エレナが身の回りの物などを買ってるとこをまだ見たことがない」


「まあ、二人が買いすぎのような気もするわね。なんだろ、私には物欲がないのよね。新しいのを買うよりも、古くて使えるのを大事にしたいのよね」


「それは私も同意見だな。だがそれにしては、お金お金とよく口にしているような気がするが? 物欲が無いのであれば、どうしてそこまでお金を求めるんだ?」



 その質問に、少し返事が遅れた。



「……なんでかしらね。私にもわからないのよ、最近」



 手紙を折りたたみ、封筒の中に金貨と一緒に入れる。

 そして私はベッドの前まで歩き、



「お金が大切だって言われて育ってきたんだけど、いざ沢山のお金を手にしたら、それを何に使ったらいいのかわからないのよね」



 そう言うと、ティデリアは不思議そうな表情をしていた。



「変わってるな、お前は」


「そういう風に育ったからね。普通じゃない、のかもね……」



 それだけを伝え、私はベッドに戻る。


 私の暮らしていた村では金貨一枚だって大金だ。

 それなのに今日一日で、合わせて一八枚の金貨を手にした。

 それを毎日のように手にしてたら、少しぐらい豪遊したいとか思うけど、いざ使おうとすると、これを何に使えばいいのかわからなくなる。


 私はお金が欲しい。その気持ちは変わってない。

 だけどこれは故郷に仕送りするためであって、自分で何かに使おうと思ってない。

 自分の幸せとはなんなのか、それがわからなくなるときがある。

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