第57話 予測


「お前ら、なんでここにいんだよ!」



 茶色の髪を後ろに流した髪型のルグドは俺たちに気付くなり怒鳴ってきた。



「勝負なんだから当たり前だ、というより、そんな場合じゃないだろ!」


「うっせぇ! お前たちは手を出すな、こいつは俺たちが──」


「ルグド様、避けてください!」



 こっちを向いていたルグドに、聡明騎士団のメンバーが叫んだ。

「しまっ」というルグドの言葉は途中で止まり、ピタッと動かなくなった。



「おい、どうしたんだ!?」


「ルクス、そいつは無視して走り続けろ!」



 ヴェイクの声を聞いて、ルグドを見ながら壁沿いを走り続ける。


 俺とヴェイクとエレナは左回りに。

 サラとラフィーネとモーゼスさんとティデリアは右回りに。


 ここにいる誰もが足を止めずに走り続けていた。



「急に動かなくなってどうしたんだ?」


「おそらくだが、あいつは黒龍に影を捕まえられたんだろ。ああなったら助からねぇ、少しずつ真ん中で横になってる奴らと同じになるはずだ」



 この空間の中心部を見る。そこには大勢の聡明騎士団のメンバーが横になってる。ピクリとも動かない姿は死んでるのかと思ったけど、よく見ると、微かに呼吸をしてる。



「ああなったら助けることは不可能だ。近寄って動きを止めれば黒龍に影を狙われる。助けてる連中も、すぐにああなる」


「じゃあ私たちも、このまま走り続けるしかないってこと!?」


「……前まではそこまでしなくても良かったんだが、俺が知ってる黒龍とは違って気性が荒いんだ。それぐらいの気持ちでいたほうがいい」



 たしかに、聡明騎士団のメンバーもずっと走り回ってる。

 だけどあの鎧が邪魔で、ほとんどのメンバーが息を切らして汗だくだ。リーダーであるルグドも一歩も動けずに、表情を変えずに苦しそうに唸ってる。

 このままいけば、聡明騎士団が全滅するのは時間の問題だ。



「凍てつけ──絶氷斬アイシクル・スレイド



 反対側の壁からティデリアの声が響く。

 氷の槍を生み出し対象に放つ術。その向かう先は天井に張り付く黒龍。


 勢いよく放たれた氷の槍──だけど黒龍は消えるように前方へ移動し、何かに怒ってるように吠えた。



『グゥオオオオッッ!』



 怯んでしまうほど怖いと感じてしまう。

 だがティデリアは加護の力を使うのを止めない。



「マズいな……あいつ、頭に血が昇ってやがる。あんなに加護の力を乱用してたら、すぐに使えなくなるぞ」



 それを聞いて、迷宮監獄での苦しそうなティデリアを思い出した。



「ティデリア! そんなに力を使わないで!」


「こいつは……こいつは私が倒すんだ! 私から全てを奪ったこいつを、私が──凍てつけ──絶氷斬!」


「ティデリア!」


「止めても無駄だ……あいつにはもう、黒龍を討伐することしか頭にねぇんだからな」



 一緒に走っていたヴェイクは足を止めた。



「ヴェイク!?」


「上に張り付かれちゃ戦えねぇ。俺は同じ舞台に下りてきてから動く。俺だって、あいつと同じ気持ちなんだよ」



 スッと姿を消したヴェイク。

 消えていれば黒龍に認識されないって前に言ってたから、天井から下りてきたとこを狙うのか。



「ヴェイクもティデリアも、いつもと違うわね」


「二人の人生を変えたモンスターだからか……」


「ええ、だけどこのままじゃ、ヴェイクが言ってたようにティデリアが危険よ……ルクス、どうするの?」


「天井から落とすしかない」



 と言っても、どうすればいいのかわからない。

 ティデリアの氷は簡単に避けられるし、聡明騎士団が放つ矢も避けられる。予想以上に動きが速くて、その動きにも法則性がない。

 姿は大きいのに命中しないなんて有り得ない。


 はあ、はあ、はあ。


 どうするか考えていたら、エレナは苦しそうな呼吸をしていた。



「大丈夫か、エレナ?」


「え、ええ……なんとかね」



 フェリアを背負いながら走ってんだから疲れてるはずだ。

 俺はエレナの隣を走りながら、



「フェリアを俺に」


「え、でも」


「いいから早く!」



 俺が背負ったほうがまだマシだ。

 エレナからフェリアを受け取り背負う。



「パーパ、ごはん、いっぱい!」


「もう、ご飯なんて無いって」



 お腹が空いてるのかな。少し和んだ。

 フェリアは赤ちゃんだから軽い。揺れて泣かないし、これでもなんとかなりそうだ。



「まずは同じ舞台に立たせることを考えないとな」


「そうね。だけどどうするの?」



 ここで捕獲ネットを使って、果たして動きを封じられるだろうか。

 そんな不安はあったけど、試さないとこのまま倒れるまで走ることになる。


 走りながら狙いを定めて、引き金に指をかけた。


 だけど、



「落ちてきてよ、くろりゅうちんっ!」



 俺が撃つよりも先に、サラの魔銃が黒龍を襲う。

 爆音を轟かせながら放たれた魔弾は真っ直ぐ黒龍に向かってるけど、予想通り、違う場所に黒龍は現れた。



「あーもう、すばしっこいな!」



 そしてサラは怒り狂ったように連射した。

 一発、二発、三発。

 だけど簡単に避けられて、魔弾の無駄遣いに感じた。



「サラ、適当に撃ってたらすぐ無くなるぞ!」


「数撃てば当たるかもしれないって! それに、このままじゃあアタシたちも動けなくなるもん!」


「そんな……」



 やっぱり当たらない。

 素早いのだから当然──だけど少し、気になる動きをしてる。



「エレナ、あの黒龍もしかして移動できるのは前方だけなんじゃないか?」


「えっ、そうなの?」


「それも毎回、五歩先くらいを移動してるように見えるんだ」



 消えて現れた時には必ずと言っていいほど前方に進んでるように感じる。そしてサラが弾倉を替えて撃つのを止めた時に、この空間の端まで移動した体を方向転換して、また前方に道が開けるように向き直ってる。



「もしかして……。サラ、俺が合図を出したら六発連続で、黒龍の進行方向に向けて撃ってくれ」


「進行方向に向けて? んー、よくわからないけど、とりあえず撃ち続ければいいってことでしょ、わかったよ!」



 俺はアイテム袋からもう一つ捕獲ネットを取り出し、それをエレナに渡す。



「エレナ、俺が撃ったのと同時に、サラの六発分と俺の撃つ位置の五歩先を狙って撃ってくれないか」


「難しいお願いね……それに、ルクスと同時でいいの?」


「ああ、俺ので捕らえられたらいいけど、もし逃げられた時のことを考えて。準備はいい?」


「……わかったわ」



 黒龍は聡明騎士団を見下ろし威嚇するように吠えている。

 俺は移動距離を予測して狙いを定める。遠目で距離を測るのは容易じゃない、サラとエレナと撃った場所が被ったら無駄になる。だからしっかりと予測して、



「サラ、今だ!」


「あいよー」



 六発の銃声が鳴り響く。

 そして予想通り、黒龍は前へ前へと移動していく。



「エレナ!」


「わかったわ!」



 同時に捕獲ネットを放つ。

 違った場所へ飛んでいき、天井に到達する手前で、狙った個所に黒龍が出現した。



『グッッ、オオ!』



 覆い被さった捕獲ネット。そして包まれると、動きがピタリと止まった。



「ティデリア、黒龍を落としてくれ!」


「任せろ!」



 ティデリアは氷の槍を放つと、天井にぴったりと張り付いている黒龍の両手足に突き刺さる。


 落ちろ。落ちろ落ちろ落ちろ。


 そう願い、そして左手がぶらんと天井から離れた。



「よし!」


「まだだ──落ちてこい、黒龍」



 ティデリアは再び氷の槍を放った。

 刺さった部分からじんわりと凍っていき、感覚がなくなったのか、傷口から漏れる黒い血と共に巨体はゆっくりと落ちてきた。


 よし、これで戦える。


 黒龍が落下すると、ドンっ、という地面を揺らしながら強烈な音が響いた。

 そして俺が走り出した時には既に、モーゼスさん、そして消えていたヴェイクが黒龍に迫っていた。



「一撃で終わらせます!」


「くたばりやがれっ!」



 振り上げられた刀。

 振り下ろされた斧。

 人間とは比較にできないほどの巨体を攻撃する二人。

 じんわりと黒い血が床に流れていく。


 これで終わり、俺たちの勝ちだ。


 ──そう思った。



「グゥゥゥゥオォッ!」


「ぐっ──」


「しまっ──」



 だが二人の体は、ピタッと止まった。

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