第58話 無限の可能性
「どうしたんだ!?」
ピタッと動きを止めたヴェイクとモーゼスさん。
その姿は、周りにいる影を踏まれた聡明騎士団の連中と同じだった。
影を踏まれた?
いや、そんなはずはない。だって二人の影は黒龍の反対側にあって、黒龍の動きは捕獲ネットで封じてる。だから影には触れられてない。
だけど二人は返事をしない。少し唸っているような、口があまり開いてないので何を言ってるかわからない声を発していた。
だから俺は後方へと下がる。
「一旦下がって!」
「なぜだルクス!? 全員で黒龍を討てば終わる。そしたら影を踏まれた者たちも動けるようになる、なのになぜ後退するんだ!?」
「理由がわからない状況では攻められないんだ!」
不満そうなティデリアが声を張り上げながら俺を見る。
ここで倒したい気持ちはある。今がチャンスなのも理解してる。だけど、このわからない状況では二人のように近付いたら駄目な気がした。
俺とエレナ、そして反対側にいるラフィーネとサラは一歩後退するが、ティデリアは下唇を噛みながら迷っていた。
「ティデリア、下がって!」
「──っ!」
渋々といった表情で迫っていた足を止めたティデリア。
言うことを聞いてくれて良かった、なんて喜んでる暇はない。今もなお、大きくて長い爪で捕獲ネットの粘着質な紐を切ろうと暴れてる黒龍は、いつ逃げ出してもおかしくない。
それに接近して動かなくなった二人が心配だ。だから早く、黒龍の体に刀と斧を突き刺したまま動かなくなった二人の理由を解明しないと。
「今だああぁぁぁっ!」
考えてる間に、聡明騎士団が雄叫びをあげながら黒龍へと向かって走っていく。
「ルーにぃ、早くしないと黒龍が倒されちゃうのですよっ!」
「わかってる」
わかってるんだ。だけどもし、今の二人が影を踏まれた状態だとするなら、このまま理由も考えずに攻撃したら駄目な気がする。
二人の背中から伸びる影は黒龍には触れてない。触れてる個所があるとすれば、
「もしかして、体に触れたら駄目なのか?」
「えっ、影を踏む以外に、体にも触れたら駄目ってこと?」
「わからない……」
「そんな馬鹿な! 私とヴェイクはこいつと前に戦ってる、その時は体に触れても動きを止められることはなかったぞ!?」
一度でも戦ったことのあるヴェイクとティデリアなら、黒龍を相手にする前にそのことを教えてくれたはずだ。
じゃあ理由は?
だけど黒龍の体に武器を触れた聡明騎士団は、次々に動きを止めた。
「やっぱり、武器を通して触れても駄目ってことか」
「だったらどうするの? 私もルクスもラフィーネも、これじゃあ攻撃できないわよ?」
今ならサラとティデリアの攻撃で仕留められるかもしれない。だけど黒龍の周囲には大勢の人がいる、その中にはヴェイクとモーゼスさんも。
ここで二人に攻撃してしまったら──。
「黒龍が逃げ出しちゃうわよ」
「くそっ」
ここで攻めていいのか……。
ここで攻めれば、他の者に当たってしまうんじゃないか……。
そんな不安が頭をよぎった。
そんな時だった、
「誰にも当てず、遠くから攻撃すればいいだけだ──凍てつけ──
ティデリアの声が響く。
長く細い氷の槍が、人と人の間をすり抜け黒龍の大きな体に突き刺さる。
触れた箇所はジワッと氷に包まれ、黒龍は苦しむような声を漏らしながら、必死に逃げようともがいていた。
ティデリアの力だからこそできるのだろう。だけど、サラの魔銃では周りも巻き込むから無理だ。
「ティデリアに任せるしかないのか……?」
「わからないわ。だけどそれしか、もう勝てる可能性はないかもね」
黒龍が逃げなければ、いつか勝てるかもしれない。だけどそれは、ティデリアの加護の力が永遠に使えたらの話しだ。
ティデリアが力を使えば使うほど、ふらふらと立っているのも苦しそうになっているのが見てわかる。
なのに、俺たちは何も手伝うことができないでいた。
そして、彼女は限界を迎えた。
「くっ……タフ過ぎる、んだよ」
「ティデリア!?」
「や……っと、倒せると、思ったのに──シリウスさん、ヴェイク、すまない」
ゆっくりと、そしてなんの抵抗もなく、ティデリアは前に倒れた。
「加護の限界は回復できないわよ……もう、どうしたらいいのよ」
エレナの力では加護の力で失ったモノは治せない。だからもう、ティデリアに頼ることはできない。
「どうしよう、ルクス」
「あーもう、ルクス、やばいって!」
「ルーにぃ……」
三人は指示を仰ぐように俺を見る。だけど何も答えられなかった。
これは相性の問題だ。それでも、俺に力があれば勝てたかもしれない。
力が無い。
努力が足りない。
運が──俺にはない。
「だからって、諦められないんだよ」
俺を信頼してくれた皆を守りたい。
俺は強くなって、父さんと母さんに褒めてもらいたくてこの世界樹に来たんだ。自分の子じゃないって陰で馬鹿にされてた二人に、誇れる息子だって自慢させたかった。
そしてなにより、この世界樹で最強になって──エレナに──勘違いじゃなくて、本当の俺の姿を認められたいんだ。
こんな欲望だらけな願いでも、叶ってくれ。
ずっと、ずっとずっと、苦しんできたんだから何か、何か力をくれよ。
『主よ、力は既に渡しておるじゃろ。求めたってそれ以上は手にできぬ』
「それは、わかってるけど」
『であれば、その力を最大限に利用してみるのじゃ』
「だけど俺の剣じゃ、戦えないだろ……」
『まったく、前に主に伝えはずなのじゃ』
その瞬間、アイテム袋が謎の光を放った。
眩しい光。そしてその光は幾つもの粒子になって目の前へと移動すると、人型のように集まった。
「ふむ、まあ、こんなものじゃな」
「なんで……?」
目の前に現れたのは、自分の体を観察するルシアナだった。
一房だけ黒色の前髪があり、暗い赤色の髪が腰あたりまで垂れている。
「どうして、ルシアナが?」
「言ったであろう、我は加護を具現化した姿だと。つまり現実の姿として主の前に立つこともできるということじゃ」
「……えっ、ルクス、この子は?」
エレナは目を見開いて驚いていた。それは俺も同じ。
だけどルシアナは、めんどくさそうな表情をしながら、
「あぁ、説明は後じゃな。それより黒龍を討伐するのが先じゃろ?」
「そうだけど」
「主には前に言ったはずじゃ、この力はどんなことだってできると。前に出て戦うことも、後ろに下がって戦うことも、仲間を癒やし支援することも。そして調合した武器にはそれぞれ特性がある。だから主よ、もっと周囲を観察するのじゃ。弱い力であっても重ねれば強くなるのじゃ」
ルシアナはニヤリと笑い、握られた手を前に出した。
「ほれ、これを使えば戦いやすくなるはずじゃ」
「えっ」
渡されたのはそれぞれ違った色の小さな石。菱形に似たそれは、全部で一五個ある。
そして気付いたのは、俺の腰に付けていたアイテム袋である巾着袋が無くなっていた。
「これは主が討伐したモンスターの魂じゃ。これを色々なモノと合わせれば──わかるな?」
「基本の調合と変わらない、そういうことか?」
「ルクス、黒龍が逃げ出しちゃうわ!」
エレナの声が響く。
そして黒龍は捕獲ネットから抜け出す寸前だった。
「我は主が沢山の努力をしてきたのを知っておる。色々な武器を使いこなそうとしてきたことも──であれば、辺りに散らばったモノを使って、ありとあらゆる武器を駆使して黒龍を討伐してみるのじゃ。それが──」
無限の可能性を秘めた、
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