第100話 君が望む最強ではないけれど 3
地面が割れて、大きく空いた穴へ私は落ちていく。
まるで暗闇から無数の手が伸びて、私の体を引きずり込んでいくように。
暗く、冷たく、寂しい場所へ。
ティデリアが手を伸ばしたけど、それを私は掴めなかった。掴もうとしたのに、私は彼女ではなくルクスを見てしまった。
悲しそうであり、苦しそうであり、幼いころに母親を亡くしたときの私のような表情をしていた。
だから私は言った。
──ごめん、って。
だけど声は出せなかった。
いや、出したくなかったんだ。
私が言いたかったのは「ごめん」という謝罪の言葉なんかじゃなくて「助けて」という嘆きの言葉だったから。
けれどそんなことを口にすれば、きっと、あの馬鹿は自分を犠牲にしてでも助けに来る。
それが嬉しくもあり、同時に、悲しくもあった。
もしも助けに来てもらったなら、私は結局、アイツの重荷でしかないんだって思ってしまう。
変よね。別にそうじゃないかもしれないのに。
でも、私はルクスと肩を並べたかったんだ。守ってもらいたい、お姫様のような扱いを望んでなんかいない。
だから助けてくれたら本気でルクスが私を大切に想ってくれているという意味で嬉しく思い、助けに来てもらったら申し訳なさと自分の不甲斐なさを知って悲しくなる。
──だけど。
────だけど。
彼は私を追って来てくれた。
その姿を見て、嬉しいと思っている自分がいた。
「馬鹿、じゃないの……!? なんで、来るのよ……来ないでよ、あんたまで来たら……!」
素直に喜べないのは、この危機的状況が理由だろう。
白銀世界のここで、アウレガを大きくしたボスモンスターがいる。
けれど私の視線は、落ちていくルクスの姿しか見ていなかった。
ルクスの体が地面に落下すると、周囲に雪が舞う。
苦しそうな声を漏らすルクスは、おぼつかない足で、ゆらりゆらりと私へと近寄り、剣を手にした。
口端から血が垂れ、手足は弱く今にも折れてしまいそうなのに、ルクスは私を見て笑った。
「俺は馬鹿だよ……後で、いくらでも怒っていいから」
そして私を守るように背中を向けた。
『グアアアアアアアッ!』
ボスモンスターはルクスを威嚇するように鳴いた。
全身を震わせるような声を受けても、ルクスは怯むことなく、剣を自分の前に突き刺して踏ん張った。
立っているのも辛いはずなのに、ルクスは笑っていた。自分の心配よりも、私を守ろうとする姿は、どこかルクスらしくて笑えてくる。
「だけどさ、俺がなりたかったのは、エレナにとっての最強だから」
ルクスは剣を握る。
その手も、全身も震えていた。
どうしてそんなことするのか、どうしてここにきたのか、たくさん投げかけたいぶつけたい言葉はあったのに、ルクスは顔を振り向かせて言った。
「──俺は、エレナが好きだから。好きな女を守れない男なんて、お前が望む最強の男じゃないだろ?」
その言葉を聞いて、なんだか全てがどうでもよくなった。
ただただ嬉しくて、ただただ驚いて。私の全身を蝕んでいた痛みが薄れていく。
これは告白なんだろうか。
だったら、両想いということなのだろうか。
こんな危機的状況なのに、嬉しさで頭がおかしくなりそう。
「……だったら」
私は立ち上がる。
きっと、ルクスなりにカッコつけた告白なんだと思う。
らしくない。というより、ここでそんなこと言わないでよ。
──なにがなんでも、生きて帰らないといけないじゃない。
背中を向けた告白なんていらない。
返事を伝えられない状況での告白なんていらない。
だって、ちゃんと返事がしたいから。
「ちゃんと私のこと守ってよ。そしたら……返事するから。ねっ?」
隣に立って伝えると、ルクスは顔を赤くさせてそっぽを向く。
なんで、こんな状況で、甘い展開なんてしてるんだか。
「だけど、負ける気がしないわね……」
ずっと聞きたかった言葉。
それを聞くために、私はルクスと一緒に帰らないといけない。いや、帰って、ちゃんと返事がしたい。
私もアンタのことが、好きだって……。
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