第67話 十階層へ

 あれから、俺たちは八階層から九階層へと到着し、今日は一〇階層へと向かうことを決めて、朝からモンスターエリアにいた。



「ルクス、前から来たよ!」


「何体いる?」



 奥へと走りながら、前方からこちらへ接近してくるモンスターが視界に入った。


 異なる色のしたゼリー状のモンスター《スライム》は、透明感のある体で、その中心には核と呼ばれる丸い形の塊が見える。

 丸っこい目に、糸のように細い口、手足はなく見た目は可愛いとも感じる。


 そしてスライムの数を、サラがいつも通りいち早く知らせてくれた。



「たぶん、三体だと思う!」



 ねっとりとした体が地面を這う音や、『グゥゥゥッ』という鳴き声なのか呻き声なのかわからない声を遠くからわかるのは、おそらくサラしかできない芸当だろう。



「通路での戦闘か……」



 ここは迷路のように何本もの道に分けられた通路で、かなり横幅が狭い。できることなら、広々とした場所で戦いたかった。


 そんなことを考えていると、ヴェイクは苦笑いを浮かべていた。



「まあ、やるしかねぇだろ?」


「そうだね。ヴェイクは後方で、ティデリアとモーゼスさんで一体ずつ相手を頼むよ」


「了解した」


「かしこまりました」



 ティデリアとモーゼスさんが先頭を走る。そして、サラの言った通り、赤、青、紫の色をした三体のスライムは俺たちに気付くと、その手足のない体でノロノロとこちらへ迫ってくる。


 スライムの特徴は、柔らかい体が武器を飲み込んでしまい、物理的な攻撃が一切効かないということ。

 その為、スライム相手にはヴェイクとラフィーネ、そしてエレナと俺では倒すことができない。


 これは相性の問題だから仕方ない。なので力を発揮できるティデリアとモーゼスさん、それに魔銃を使うサラで相手をしてもらうしかない。

 だけど、この階層のモンスターエリアには前の階層にいたアイントゴーレムもいる。

 なので俺たちも、ただ見てるだけではなく、周囲を警戒する。

 そして俺は──暗黒龍の宝剣──ではなく、ランクEの灰色の剣であるゴブリンソードを手にする。


 結局、呪いとも呼べる暗黒龍の宝剣は使わないことに決めた。かといって売るのも勿体ないから、これはいつか使うと考え、腰付近に付けて持っている。

 そして代わりに扱うのがゴブリンソードなのだけど、今回は役目はなさそうだ。



「はあッ!」



 モーゼスさんが一瞬にしてスライムとの間合いを詰め、手に持つ刀で一気にスライムの体を真っ二つにする。

 スライムには物理攻撃が効かない。だけど、モーゼスさんの加護──刀剣士スラストウェザーでは、そのゼリー状の体を斬り倒すことができる。



「モーゼスさんの加護って便利だな」


「そうね。どんなに頑丈なモノでも魔法でも、あんな粘着質なスライムですら斬れるのは凄いわね」


「俺の剣だと潰れるだけなのにね」


「私も、槍で突き刺したら綺麗な形でくぼむだけよ。ほんと、厄介なモンスターよね」



 エレナとスライムについて話をしてると、ヴェイクがつまらなそうにしながらため息をつく。



「それにスライムは色と同じ属性があるからな……ただでさえ攻撃が効かねぇってのに、そんな厄介な能力を持たないでほしいぜ」



 奥が透けて見えるほど薄く色分けされたスライム。

 赤色は炎を吐き、青色は水を吐き、紫色は毒を吐く。他にも色はあるけど、攻撃手段はいつも口を開いて何かを吐くぐらいだ。



「見てるだけの連中は暇そうで羨ましいな」



 どうやら三体のスライムをあっという間に倒したらしく、ティデリアが馬鹿にするような視線をヴェイクに向ける。

 そんな視線を受けたヴェイクは苦い顔をした。



「加護が使えなくなったら、すぐ倒れる奴が偉そうに……まっ、人には向き不向きってのがあんだよ」


「お前には不向きしかないと思うのだが? ただ斧を振り回してるしか能がないのだからな」


「お前だって氷を出してるだけだろ」


「私は剣の心得も持ち合わせている。氷と剣、お前とは格が違うんだ」


「はいはい、さようでございますか」


「はい、は一回だ」


「……めんどくせぇ。ほら、ルクス、さっさと行こうぜ」


「あ、うん」



 二人のいつものやり取りを見ながら、俺たちは先へ進む。


 だけど、ティデリアの言った通り何かスライム相手でも戦う術を身に付けたほうがいいかもしれない。


 そんなことを考えながら、ゆっくりと、尚且つ安全に進んでいく。


 ──そんな時だった。



「……いるな」



 円形の場所に到着するなり、二つの分かれ道の片方を見ながら、ヴェイクは人差し指を唇に付けながら動きを止めた。

 いる、というのは奴だろう。奥から聞こえるのはスライムの動きでもアイントゴーレムの足音でもなく、低い謎の声だ。

 それを俺たちは静かに、その謎の声が遠くなっていくのを待つ。



「……いったのかな?」


「おそらくな」


「今の声って、たぶんこの階層のボスモンスターのよね?」



 エレナの問いかけに、その正体を知らない俺はそうだと思い頷く。

 今までの階層でも、ボスモンスターと遭遇しかけたことはあった。だけど、しかけただけであって、実際に遭遇することは運良くなかった。


 換金すれば金になるし、調合すれば強力な武器にもなる。だけど戦うのは危険になるリスクがあって、どの階層でもボスモンスターを避けている。


 そして今回もボスモンスターを避けることに成功すると、無事に一〇階層へと続く階段を見つけ、そのまま一〇階層へと到着することができた。



「うわー、ここは今までよりも賑やかだねー」


「凄いのですっ! まるで王国なのですよ!」



 モンスターエリアとセーフエリアを隔てる門を抜けると、サラとラフィーネが驚きの声を漏らす。

 目の前に広がったのは大きくて広々とした王国規模のセーフエリアだった。

 中央にはお城のような建物に、辺りには今までの木材の建物とは違うレンガで建てられた家屋が並ぶ。


 そして、セーフエリアにいる人の数は今までの階層とは比べものにならないほどいた。



「ここにはギルドを設立する場所も、探索者のギルドも数多くあるって話だからな……だが、こりゃあ予想以上の賑わいだぜ」


「格好や体型を見るかぎり、ここに暮らすほとんどの者が探索者だろう」



 初めて来たヴェイクとティデリアも驚いていた。

 たしかにセーフエリアの中にいる人は、皆が皆、愛用してるであろう武器を身に付けてる。

 そして入口には、このセーフエリア全体を記してるであろう大きな地図が貼られた看板が建てられていた。


 俺は地図を指しながら、色々と見ていく。



「ここが入口で……ああ、セーフエリアは五カ所に分かれてるのか」


「えっと、右下が食事街なのね。たしかに美味しそうな匂いがするものね」



 エレナも隣で地図を見る。


 右下に食事街。

 左下に居住区。

 右上と左上にそれぞれの探索者が建てたギルドの建物。


 そして一番奥に、ギルドの設立などといった探索者が様々な手続きをするギルド会館がある。



「とりあえず、俺たちは居住区にある宿屋に向かおうぜ?」



 ヴェイクの言葉に、各々が頷く。

 そして宿屋に向かう途中、俺はエレナと明日からのことを話していた。



「そういえば明日さ、探索者ライセンスの発行に向かわないか?」


「ああ、そういえばそうだったわね。何か必要な物とかってあったかしら?」


「いや、時間だけだったはず……でもライセンスの再発行の手続きだから、少しは硬貨を持って行ったほうがいいかもな」



 探索者ライセンスを最初から持っていない俺とエレナは、ライセンスを取得するには再発行という手段をとらないといけない。

 今までは別に必要なかったけど、さすがにギルドという組織を設立してみたいと思う。そしてギルドを設立する為には、探索者ライセンスが必要となる。


 なので、探索者ライセンスを取得しようと思うのだけど……エレナはにっこりと、気味の悪い笑顔を俺に向けてくる。



「もしお金が必要なら……その時は、お願いね?」


「……なんでだよ」


「えっ、だって私、お金持ってないもの」


「そんなの知らないよ。第一、なんで俺がエレナの分まで払わないといけないのさ」


「暗黒龍の宝剣だっけ? あの危険な剣……もしあのまま私が助けなかったら、ルクスどうなってたのかしらね」


「それは……」


「助けてあげたの、誰だっけ? それにその剣を買ってあげたの、誰だっけ?」



 そう言われたら、なんとも言えなくなってしまった。



「……はあ、わかったよ」


「まあ、お金がかからないかもしれないから安心しなって」



 ヴェイクもティデリアもサラも、再発行の手続きをしたことなんてないからわからないと言う。


 お金かからなければいいのだけど……。

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