第93話 進むべきか


「ヴェイク、モーゼスさん!」



 爆発音と共に目を覚ます。

 ヴェイクは「な、なんだ!? ティデリアが暴れたのか!?」と辺りをキョロキョロして、モーゼスさんは「外、遠くからですね」と冷静だった。

 俺はベッドから下りると、二人と急いで部屋を出る。


 宿屋にある部屋の中からは、俺たちと同じく状況が理解できていない他の客人たちが大声を出したりしてる。



「ルクス!」



 廊下に出て女性陣の部屋へ向かう途中。同じくこっちに向かおうとしていたエレナたちと再会した。



「全員いるね……音は外からだよね?」


「たぶん。だけど窓から外を見ても、このセーフエリアの中から煙が上がってる場所はなかったわ」


「じゃあ……」



 少し考えていると、ティデリアが、



「であれば、モンスターエリアからだろう」そう言った彼女の表情はいつになく真剣だった。

 モンスターエリアでどうして。

 そう考えている途中、モーゼスさんが顎に手を当てて小さく声を漏らす。



「あのアウレガというモンスターが爆発した、ということでしょう」


「……それしかないよね」



 全身を炎に包んだ亀のようなモンスター。


 ──絶対に触れたら駄目ですよ。


 十三階層で案内所の女性が言っていたこと。

 俺は宿屋の窓から外を見る。

 エレナが言った通り、セーフエリアの中には何かが爆発したことによって生まれた白煙も黒煙も見えない。

 それに家屋と家屋の間の道を行き交う人々の中には、武装した格好で十三階層へと下りるモンスターエリアへ向かう探索者らしき姿が見えた。


 であれば、モンスターエリアで何かが起こったのだろう。


 俺はみんなを見る。



「何があったのか聞きに行こう」



 その言葉にみんなが頷く。

 そして俺たちは走り出すと、宿屋の外はさらに騒がしかった。


 脅える人。大声を発して指示を出す人。モンスターエリアから離れるように逃げる人。子供を抱きかかえる両親。


 それらの人々の姿を見て、想像以上の大変なことが起きたのだとすぐに理解できた。


 俺たちは案内所へ到着する。


 十三階層と同様で、十四階層にも案内所はある。

 ここで行えることは十階層から受けられるようになったクエストを受注することや、ギルドについてのことなんかができる。けれど十三と十四階層では、あまり探索者が探索者らしくない、というよりモンスターを倒してる人がいないから、ただセーフエリアの使い方なんかを説明する暇そうな施設になってる印象だった。


 けれど、



「うわ、凄い人だな……」



 ここへ来て一日だが、夜中だというのに案内所の入口の周囲は多くの人で溢れかえっていた。

 そして案内所の中から、受付のお姉さんの困り声が聞こえた。



「ただいま確認中ですから、みなさん、落ち着いてください!」



 かなり大声を出してるのだろう。だけどそれ以上に、周囲の人々の受付所に伝えようとする声が大きくて、外にいる俺たちまでは微かにしか聞こえてこない。



「おい、さっきの爆発はどういうことだよ!?」

「モンスターエリアで爆発があったわよね!? アウレガが壁に触れたの!?」

「こんなこと今まで無かっただろ!? どうなってんだよ!」



 全てが疑問系で、周囲の人々も理解してる感じはなかった。

 そして、隣に立つエレナが周囲を見渡しながら、



「やっぱり、爆発はモンスターエリアからなのね。どうするの、ルクス?」


「どうするって……状況がわからないからな」



 そんな時だった。


 ──ドオオオォンッ!


 再び、モンスターエリアから爆発音が響いた。

 そして周囲にいる人々の悲鳴が響き、受付所の周囲からは少しだけど人が減った。


 俺たちは開けた道を進み、受付所の中へ向かう。



「あ、あの、モンスターエリアで爆発音があったって、何かあったんですか?」



 まだまだ慌ただしい感じの受付所のお姉さんを捕まえると、少しだけ額から汗を流し、



「わたしたちにもまだ、はっきりとしたことはわかってないんです。ただ、アウレガが何かに触れて爆発したことは確かだと思います」


「壁に、とかですか……?」


「いえ、それはないと思います」



 受付所のお姉さんは、はっきりとそう断言した。



「アウレガは賢いモンスターです。命を狙ってこようとしない人間には敵対心を抱きませんし、歩いてて壁にぶつかるようなことは今までだって聞いたことがありませんでした」


「じゃあ、人に触れて爆発したってことですか?」


「可能性としては、そちらが正しいかと思います。ただ夜中はモンスターエリアが閉まってますから、そんなことは有り得ないと思うんです……」

 はっきりと可能性は無いとは断言できないお姉さんは、


「あっ、はい今すぐ行きます! すみません、また何か状況が掴めたらお知らせしますので」



 頭を勢いよく下げて、他の受付所のお姉さんに呼ばれて立ち去った。


 それ以上の情報は聞けないと考え、俺たちは受付所を後にする。

 外へ出ると、ヴェイクが真っ先に大きなため息をついた。



「はあ……これは、かなり厄介な事になったかもしれねぇな」


「そうだね。だけど俺たちには関係ないんじゃない?」


「いや、そうとも限らんだろう」と今度はティデリアが難しい顔をする。

「十三階層へ戻るモンスターエリアが封鎖されたということだ。この問題が解決しないかぎり、下りることは難しくなるだろう」


「だけど爆発しただけであって、すぐに問題は解決するんじゃない?」



 爆発が二回あったが、それもすぐに止むだろう。そうすれば、普段通りに下階層へ行き来できるはず。

 そう思ったのだけど、ヴェイクが難しい表情をする。



「いいや、まだ二回ってだけで、これから起きないとは限らねぇんじゃねぇか」


「というと」



 そして再び、モンスターエリアから爆発音が響く。三度目の爆発。ヴェイクはため息をつく。



「つまり、アウレガが爆発したのが一回や二回ならすぐに解決するが、連鎖的に爆発が発生するなら、当分は止まないだろうって話しだ。それに……爆発したアウレガがその一回で終わるんならいいが、もし爆発したのと同じアウレガが何度も爆発するなら」


「一度でも発火したアウレガは、殺すまで爆発は止まらないってことね?」エレナが鋭い視線をヴェイクに向けると、ヴェイクは頷いて、


「それにだ。最初にアウレガを紹介してくれた話を思い出してみろよ。受付所の姉ちゃんは『アウレガは仲間意識が高くて、一体でも攻撃したら、その攻撃した奴を他のアウレガが狙う』って言ったんだぜ? つまり」



 ─ドオオオンッ!


 再び爆発音が響く。



「モンスターエリアで最初にアウレガに触れて爆発させたのは人間だろう。そして、今も周囲のアウレガに狙われてる可能性がある。だから何度も何度も、モンスターエリアの中が爆発してんじゃねぇか?」


「じゃあ……」


「俺もアウレガってモンスターをよく知ってるわけじゃねぇが、最悪の場合、十三階層へ向かうモンスターエリアのアウレガ全てが、人間を敵として認識してんじゃねぇかって思うんだよ」


「えっと、えっと……」静かに聞いていたラフィーネがオドオドとしながら、

「あのモンスターエリアにいるアウレガは、次にこのセーフエリアを襲うかもしれないってことなのですか?」


「さあ、それは受付所の姉ちゃんの知らせ次第だろうよ。ルクス、どうすんだ?」


「どうするって……?」


「おそらくだが、このままアウレガを放っておくことはここの連中はしねぇだろ。温泉が有名だとしても、自分らの安全が何より大切なはずだ。だったら、アウレガの討伐がクエストとして依頼される可能性が高いと、俺は予想してる」


「私もそいつの意見に同意だな」とティデリアはヴェイクに視線を向ける。


「もし本当に、あのモンスターエリアの全アウレガが人間に敵意を剥き出しにしてくるのであれば、ラフィーネの言った通り、いずれはセーフエリアに向かってくるはずだ。そして、モンスターエリアとセーフエリアを隔てる門なんて、あの爆発音から想像すれば簡単に破壊されるだろう。だったらアウレガを殲滅できる探索者に依頼するのが当然だろうな」


「それに依頼するってなったら、他の階層の探索者に依頼するには時間がかかるだろ。だったらこの階層にいる探索者に声をかける。俺たちも、そのクエストを受ける対象にされるはずだぜ」



 ヴェイクの言葉に各々が黙る。

 確かにヴェイクとティデリアの言う通りかもしれない。

 もしも全てのアウレガが、このセーフエリアを襲うこととなったら、他の階層の探索者に頼むには時間がかかる、だからまずはこの階層の探索者に声をかける。

 そして、俺たちもそれを防ぐのに力を貸してと頼まれるはずだ。


 けれどそれは強制じゃない。

 温厚なモンスターが突如として人間を襲う。全身を炎に包むモンスター。そんな未知の敵と戦えば、戦い方を知らないから余計に危険になる。


 できることなら避けたい。



「明日、受付所のお姉さんの情報を聞いてから決めよう。どんなモンスターを相手にするかもわからないのに、簡単に受けるべきではないと思うんだ」



 俺は答えを決めあぐねていた。

 そしてみんなも、何も言わずに頷いた。


 ──何もなく、この問題は無かったことになってほしい。


 心のどこかでそう考えながら、朝を待つ。


 みんなには言えなかったけど、正直な気持ちでは、このセーフエリアの人々のことよりも、みんなを危険にさせたくないという気持ちが強かった。

 俺はこのセーフエリアを救う英雄でも、それができる力を持ってる者でもない。だったらできる者に任せたい、そう考えてしまった。


 けれど、それを伝えたら、自分がカッコ悪く見えるんじゃないかと思ってしまった。

 結局のところ、自分は強くなんかじゃない。

 だけどエレナには、そんな弱い自分の姿を見せたくないと思ってしまってる。


 だから落ち着いて、あくまで流れに身を任せるように。

 そんなことを考えながら、朝は受付所のお姉さんの大声と共にやってきた。



「──十四階層、並びに十三階層に生息する全アウレガを討伐するクエストを発注します! 参加可能な探索者のみなさんは集まってください!」



 その声を聞いて、なぜだか嫌な予感がした。

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