第10話 ゴブリンソード
次の日の朝。
宿屋の窓からは電光石の光が差し込む。
この世界樹の中では時間という感覚はない。
明るいか暗いか。
お腹が空いたか空いてないか。
などで時間を判断するらしい。
そして俺達三人は朝だとわかる時間帯に、朝食を食べながら話をしていた。
「荷物はあんま持ってくなよ。どうせ夜には戻ってくることになるんだしな」
ヴェイクは林檎を丸かじりしながら言った。
「夜には戻ってくる? あら、もしかしたら今日中に次の階層に上がっちゃうかもしれないわよ?」
フォークとナイフを持って上品に食事をしていたエレナが、冗談っぽく言った。
「んなわけねぇだろ。つか、今日中に次の階層に進んだら、困るのはお前らだぞ?」
「えっ、なんでだよ?」
ゴブリン肉、改め、ゴブ肉をフォークでぶっ刺しながら訊くと、ヴェイクは、また人を馬鹿にするように口端を吊り上げて笑った。
「お前らが弱っちぃからだよ」
「ほんと、あんたってムカつくわね。もっと優しい言い方できないの?」
「ははっ、だって本当の事じゃねぇか。それに、考えてもみろよ。ここで運良く次の階層に上がれたとして、次の階層からはゴブリンよりも強いモンスターが出てくるんだぜ? それなのに、昨日ゴブリンにギリギリの戦いをしてたお前らが、ゴブリンよりも強いモンスターに勝てると思うか?」
ムカつくけど正論だな。
エレナは「ぐぬぬ」と声を漏らして、悔しそうにしながら引き下がった。
「それにだ。ルクスは硬貨を幾ら持ってきた?」
「俺はユグシル金貨七枚と、銀貨五枚だな」
この宿屋が朝飯か夜飯かどちらか付いて、一泊の値段が金貨一枚らしい。
そこまで豪華な作りじゃないのに、外よりも倍近く高い。
だけどヴェイク曰わく「これでも安いほう」なのだとか。
たしかに、昨日のゴブリンのフルコースも、店先で出してた武器や防具なんかも、外よりもかなり高額に感じた。
おそらく、世界樹では色々なモノの値段が外の相場より高いのだろう。それに、上へと進んでいくごとに、外の世界へ出るのに苦労するから、上の階層はもっと物品の相場が高くなるらしい。
だから、俺の持ち金じゃあ、食費を合わせて五日から七日くらいしか保たない。
「エレナはいくら持ってるんだ?」
「えっ、私? 私は、その……」
エレナの目線はずっと横にある何かを見ていた。
そういえば、エレナがお金を使っているとこをあまり見ない。いつも「節約節約!」と口にして、何かあれば俺が支払っていた気がする……。
だから、めっちゃ持っててもおかしくないよな。
「エレナ、いくら持ってるんだ」
「えっと、それは……まあ、その」
「エレナ」
「わかったわよ……」
エレナは観念したのか、小さな巾着袋を取り出して、テーブルに逆さまにする。
チャリン。チャリン。
二枚の硬貨が落ちると、エレナは申し訳無さそうに俺を見る。
「うちって、貧乏だからさ」
てへっ、みたいな顔をした。
金貨二枚。たった金貨二枚しかない。
「お前、前に見せてくれた時は巾着袋をパンパンに膨らませてたじゃんか!?」
「あれは……まあ、無くなっちゃったのよ」
「どうやってだよ!」
「手紙に添えて家に送ったのよ。だって、世界樹で硬貨は要らないかなって思ったんだもん!」
「お前、俺に言ったよな!? 『何があるかわからないから、硬貨は残しておきなさいよ』って!」
「……そ、そうね、うん、偉いわね、本当に残しておくなんて……。うん、偉い偉い」
エレナに頭を撫でられた。
甘やかしたのだろうか。俺が悪いのだろうか。
「まっ、二人の関係はどうでもいいが、俺達には暮らす為の硬貨が必要ってわけだな」
「……ヴェイクは幾ら持ってるんだ?」
仲間なんだから、そりゃあ当然、共有するよな?
するとヴェイクは、腕を組んでニヤリとする。
「ねぇよ、俺ってその日暮らしの人間だからよ」
と自信満々に言う。
「はあ……」
結果は、俺とエレナの硬貨を合わせて金貨九枚と、銀貨五枚。
この宿屋に泊まれるのは三日くらいか……。
そんな悲しい現実を知って、俺達は朝食を終えた。
♢
この世界樹の一階層を簡単に説明するなら、セーフエリアが中心にあって、東西南北にモンスターが生息する長い洞窟がアリの巣のようにうねっている。
次の階層へと登る階段の位置を、七階層まで到達したことのあるヴェイクは覚えていると思ったのだが、はっきりと「忘れた!」と答えたので、階段の位置も、階段を守るエリアボスの位置も、全くわからない。
「まっ、他の探索者がいないから、階段の位置はこっちじゃねぇんだろうな」
大きな斧を背負ったヴェイクは笑う。
かなり大物の武器だ。長さはそこまでないけど、両方に鋭い刃が付いていて、大柄なヴェイクが持つと、迫力があって強そうに見える。
「ところで、ヴェイクの加護って何なんだ?」
「ん、俺か? 俺はな……」
そう言って、ヴェイクは何かをした。
何かとは、それがわからないから何かだ。
なにせ、ヴェイクは跡形もなく消えたのだ。
右肩に担いでいた斧も、ヴェイク自身もいない。
これは、あの時の……。
「えっ!? どういうこと、これ」
初めて見るエレナは辺りを見渡す。
これはきっと、俺とエレナを隠れて見ていた時の力。
この力はまるで、
「透明人間、みたいだな」
「ちょっと違うぜ、ルクス」
と声がすると、何もないとこから現れた。
「俺の加護は『
「な、なんだよそれ、視界に入んないってことは攻撃されない……無敵だろ!」
「いやいや、無敵じゃねぇって。雰囲気は透明人間に似てるけど、相手の視覚を阻害する加護であっても、消えてはいないから触れるんだよ、その場にいるからな。人間相手ならいいが、鼻の利くモンスターには、あんま効果はないんだよ」
「なるほどね。なんか仲間にとっては扱い難い加護ね」
「それはよく言われたな」
そこにいるけど、そこにいない。
モンスターには気付かれるけど、仲間には見えない。
エレナみたいに声には出さないけど、たしかに、扱いずらい加護だなとは思った。
「だけど、モンスターにはっきりわかるわけじゃない。それに、これには便利な使い道があんだぜ」
「そうなのか?」
「まあ、見てな」
ヴェイクは俺の手を掴む。
なんだ急に。少し照れるじゃん。
するとそんな恥ずかしい姿を見てたエレナは、
「なるほど」
と声を漏らす。
なるほど? なんだ、どういうことだ?
「触れたモノも視界に入らないのね」
「もしかして、俺の姿も見えてないのか?」
「あっ、見えた。喋ったら現れるのね……。ええ、男同士で手を握りあってる恥ずかしい姿が見えてるわよ」
「なっ、そこじゃないだろ! だけどそうか、ヴェイクが触ったモノも消えるってことなんだな」
「そういうことだな。嗅覚のいいモンスターには使えねぇが、鼻で感じられないモンスターには、積極的に使ってくぜ。──おっと。さあ、訓練の時間だぜ」
ヴェイクはそう言って足を止めた。
前からゴブリン二体。今回の武器はどちらも棍棒。
「さて、俺は消えてるから、あとは二人で頑張れよ」
「ヴェイクは戦わないのかよ」
「俺がいたら訓練にならないだろ。まっ、危なくなったら助けるから安心しろ」
右にいたヴェイクは、一瞬にして消える。
ふぅ……。
「準備はいいか、エレナ?」
「今度は頑張る……。よしっ! 準備いいわよ」
エレナが細長い槍を構える。
俺はゴブリンソードを構える。
なんだろう。このゴブリンソードが強くてカッコ良く見えてくる。
全身灰色の剣。初めての俺の加護の力だ。期待してるからな。
「よし、行くぞ」
俺とエレナはゴブリン目掛けて走った。
ゴブリンも走ってくる。ゴブゴブと鳴き声を発している。
威嚇だろうか。威嚇なんだろうな。
だけど昨日の夜も、今日の朝もゴブ肉を食べた。
それに手にはEランクのゴブリンソードを持ってる。
体の中にゴブリン。
右手にもゴブリン。
なんだか、初見よりも気持ちは楽だ。
「エレナは後ろを頼む!」
「わかったわ!」
前後で狙う相手を分ける。
手前のゴブリンが振り下ろす棍棒をゴブリンソードで防御。
「よし、押し負けてない」
重さとかも丁度いいゴブリンソード。
一対一ならいける。棍棒を跳ね返し、攻めに転じる。
防戦一方のゴブリンを追い立てるように、剣を振り抜く。
だが守りを崩せない。
この棍棒、どんな素材してんだよ。
石のようにも、木のようにも見える。
ただ固さは鉄と同じか、それ以上ある。
視界の片隅にはエレナが見えた。
大丈夫。今日は問題ない。
だけど時間はかけたくない。
これからの事を考えたら、ゴブリンくらいすぐに倒しておきたい。
エレナの援護にいきたい。
その焦りが、自分の足場を崩す。
「しまった!」
大振りした剣がゴブリンの頭の横をかすり地面に刺さる。
焦って攻めを急いだ結果。しまったと思った時にはゴブリンが棍棒を振り上げていた。
脳天直撃。やられた──。
だが、
「おらよっと!」
消えていた大男が斧の刃が付いていない部分で、ゴブリンを叩き飛ばす。
「攻め急ぐなって。落ち着いて、まずは目の前の奴に集中しろ」
「わ、悪い。助かった」
「あいつは周りを見ないで戦ってる。お前を信頼してんだろ。お前も仲間を信頼しろ、それがパーティーってやつだ」
「そう、だな」
エレナは目の前のゴブリンに集中してる。
何をやってんだ、俺は。
俺は剣を持ち直して、飛んでいったゴブリンに剣を構える。
だが持つ部分を間違って、あのボタンを押してしまった。
『ゴブゴブ』
緊張感の抜ける鳴き声。
ヴェイクに笑われて、少し恥ずかしくなった。
だが、この鳴き声で様子が変わったのが二体いた。
「ゴブッ!? ゴブゴブッ!」
「えっ、なに、なんなの!?」
ヴェイクに吹き飛ばされたゴブリンと、エレナと戦っていたゴブリンは勢いよく走って行った。
俺達を無視して、元来たとこへ。
「なんだったんだ、あれ」
「わかんねぇが……」
ヴェイクは腕を組んで、小さな声を出した。
「明らかに、その剣が発した鳴き声を聞いて逃げたよな?」
「……そうかもな」
「理由はわかんねぇが、もしかしたら──ルクスの生成する武器ってのは、何かあるんじゃねぇのか?」
「何かって……」
なんだ?
ただ、この武器が何かしたのはわかった。
まるで脅えるように、ゴブリン達は逃げていった。
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