第102話 君が望む最強ではないけれど 5
──調合された武器の中には特殊な武器もあるのじゃ。弱いモンスターだったら魂の姿になれば反抗はしないが、強いモンスターともなれば魂の姿になっても所有者に反抗の意志を示してくる。
俺に力を与えてくれた加護、それが具現化した存在のルシアナはそう教えてくれた。
この加護には無限の可能性が存在する。けれど、分不相応。使用者が自分の身の丈に合わない武器を手にすれば、その強大な力に飲み込まれる。
あの時も、この力に飲み込まれそうになったところをエレナに止められた。
けれど今は止めてくれる者はいない。自己責任。だけどこの力があれば、救えるかもしれない。
「調子に乗るなよ俺……」
昔の自分だったら最強の力を手にそれを振るって、周りからチヤホヤされたいと思っただろう。きっと、力に飲まれても使い続けただろう。だけど今は違う。ただ彼女を守れる、少し背伸びをした力が欲しいだけなんだ。
俺は暗黒龍の宝剣を鞘から抜いた。
「……やっぱり、すごいな」
刃こぼれの一切ない眩しいほど綺麗な刀身、そして、手にしただけで感じる高揚感。
まるで強者に生まれ変わったかのような、自分ではない何者かになったような、そんな力を手にしている。
「考えるな、なにも、今まで通りやれッ!」
勢いよくアウレガボスへ向かって走り出す。
このまま暗黒龍の宝剣を見ていたら、また飲み込まれそうになる気がした。
「はあああああッ!」
走りにくい雪道を駆け、剣を振り抜く。
アウレガボスの背中に付けた炎は弱まりつつあったものの、徐々に回復を始めている。それでも炎の熱は、瞬時に俺の体を焼き払うほどではない。
おそらく暗黒龍の宝剣がそうさせてるのだろう。服が焼け、肌が赤く染まっているのに、痛みだけ綺麗さっぱり消されている──全身が麻痺してるような感覚だ。
この暗黒龍の宝剣に宿る黒龍は、俺が焼き焦がされるのを願っているのだろう。
「俺は飲まれない……必ず、倒すッ!」
炎には近づかず、肌が見えてる足を斬りつける。
刃はちゃんとアウレガボスの肉を切り裂く。初めて与えられた傷に驚き後退するアウレガボスに、追い打ちをかけるように再び振り抜く。
時間との勝負だった。
暗黒龍の宝剣がアウレガボスの体力を奪うか、俺の体が限界を迎えるか。
「ルクス!」
エレナの声がした。
「聖樹の導きよ──《
アウレガの注意を引き付けてくれていたエレナが、俺に向かって加護の力を使ってくれた。
いつもならはっきりとわかる治癒だが、今だけは何も感じない。ただ傷が引いてるのは見てわかるだけ。
「エレナ、ありがとう」
「お礼はいいから……大丈夫なんでしょうね」
「ああ、問題ない」
正直なところ、わからなかった。
自我はある。自分が自分であるよう意識して、暗黒龍の宝剣に飲み込まれないようにはしている。
──だけど何か、嫌な感覚がずっと俺にまとわり憑いているような、そんな感じがした。
長引いたら危険だ。
そう思い、アウレガボスの体力を急いで削っていく。
何度も何度も切り付ける。
俺の体に痛みはない、戦況は押しているのがわかる。
それなのに、焦りが大きくなっていく。
『ルシアナ、まだ大丈夫そう……?』
暗黒龍の宝剣を使ってから、ずっと黙り続けている彼女に声をかけるが返事がない。
前なら何かあったらすぐに声をかけてくるのに。
何かあったのか? このまま使っていたら危険なのか?
微かに感じたその考えが焦りを生み、暗黒龍の宝剣が更に不気味に思えてくる。
「あと、少しなはずなんだ……」
まだ大丈夫。まだこの剣で戦える。
そう考えたときだった。
「ルクス!」
エレナに呼ばれた。
彼女の視線は俺の後ろに向けられていて、振り返ると、
「無事みたいだな、リーダー?」
そこにいたのはヴェイグだった。
巨大な斧を手に、少し息を切らし、全身に見える擦り傷は目立つ。
ここへ来るまで相当な無茶をしたんだろう。いや、してくれたんだろう。その思いが嬉しくて泣きそうになるのをグッと我慢した。
「まあ、なんとかね」
まだまだ余裕だと平然を装ってみせたけど、駆け寄ってきたヴェイグは、
「本当はピンチになるまで待ってから、カッコ良く助けに入るみたいな劇的な演出をしようかと考えてたんだがな……」
暗黒龍の宝剣に目を向ける。
「お前にそれを、長く使わせるわけにはいかないからな」
「そうだね、だけど──」
「おっ、いたいたー!」
大丈夫だから、そう言おうとすると明るい声が聞こえた。
サラがいて、ティデリアがいて、モーゼスさんとラフィーネがいる。
みんなが駆けつけてくれたのを見て、俺とエレナは安堵の表情を浮かべる。
「それじゃあ、はやいとこ片付けるか」
ヴェイクの言葉を受け、
「再会を喜ぶのは、その後ですね」
モーゼスさんと共に勢いよく走り出す。
みんなが来てくれたことによって一瞬にして形勢が逆転した。
あと少し。あと少しだけ頑張れば、みんなで笑って帰れる。俺はそう思い、暗黒龍の宝剣を手に駆け出した。
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