第98話 君が望む最強ではないけれど 1
アウレガの動きはとにかく鈍い。
姿は亀だ。ただ背中の甲羅が炎に変わっただけの亀だ。
「はああああッ!」
だからアウレガの背後を取って剣を振り抜く。
ティデリアの加護のお陰で、背負う炎の火力は弱まり近づくことができる。それに氷を宿した剣はアウレガの肉を裂くこともできる。
「どうやら、こいつらの弱点は背中の炎の中に隠れている石みたいだぜ」
ヴェイクの言う通り、アウレガの背負っている炎の中心部には手のひらサイズの赤く輝く石のようなものがあった。
そして、それに剣を突き刺すと簡単に割れ、アウレガの動きはピタリと止まる。
だが、
「でも、その石が生命線だったわけじゃないのか……?」
またすぐに動き出す。
死んだわけではない。ただ、その石を壊したらさっきまで襲ってきたアウレガは俺たちを見向きもせず、敵対心は消え、そっぽを向いてどこかへ行ってしまった。
「あれが興奮状態の理由かもしんねぇな」
ヴェイクの言葉に、受付の女性が言っていた言葉を思い出す。
今のアウレガには二種類いる。
一つは普段通りのアウレガで、もう一つは人を見かけたら襲ってくる興奮状態のアウレガ。
「あの石を壊せば元に戻る。だったら」
狙うべき部分を見つけて、そこを叩くだけ。
アウレガの動きは遅く、攻撃手段は火を吐くことだけ。
唯一の抵抗手段だった背中の炎も消えかかった蝋燭の火のようで、こうなれば少し温かい程度にしか感じない。
「これならいける、なッ!」
ヴェイクが斧を振り払い、押し寄せるアウレガの群れを一層する。
モーゼスさんも、後方のサラとラフィーネを守りつつ周囲のアウレガを対処していた。
この円形の丸い空洞地帯にいたアウレガの数は少しずつ減っていた。
「ああ、これなら……」
いける。
そう思って、次に考えるべきは『進むか?』『戻るか?』だった。
ティデリアの加護の力のお陰でアウレガとの戦闘は容易になった。けれど、この加護だっていつかは切れる。そうなった場合、またティデリアに加護を使ってもらうしかない。
だけど、ティデリアは膨大な魔力を使って疲弊している。
それにこのモンスターエリア内に溢れる熱も、彼女だけじゃなくて俺たちの体力も奪っていく
ただ立っているだけで。ただ剣を一振りしただけで。
全身から大量の汗が吹き出し、額から流れた汗が目元に垂れて視界を邪魔する。
ここに長居はできない。
元々はアウレガの殲滅が目的だった。けれどアウレガの数は多く、どこからともなく押し寄せてくる。
であれば、この奥にいるボスモンスターを討伐すれば収束するとさっきの探索者が言っていたように、今回の目標は、ここにいるアウレガの殲滅ではなくボスモンスターの討伐に変更すべきだろう。
だから少しでも戦況が楽な段階で『進むか?』『戻るか?』を決めないといけない。俺が。リーダーである俺がここで決めないといけない。
「ルクス様、アウレガの数が減って前方の通路を進めますぞ」
モーゼスさんは体力を温存するように周囲のアウレガを集め、
「ルーにぃの魔術書もまだあるのです!」集まったアウレガに向けてラフィーネが無属性の魔術書を放ち一層する。
「倒しても倒しても脇道から湧いて出て、これじゃあきりがないよー」
サラは大きくため息を漏らす。
「このままこいつらの相手をしていても、俺たちの体力が切れるだけだな……ルクス、こいつらを無視してこのまま奥に進むか!?」
ヴェイクに聞かれ、俺は考える。
前方の通路は確かに開いた。この先にボスモンスターがいるのなら、ここを突っ切って進むのが一番だろう。
このままアウレガを相手にしていても、別の通路から無限に溢れてきて切りがない。それこそ、さっき俺たちにアウレガの注意を押し付けた探索者のように、他の誰かに注意を向けないと終わらない。
だけど、このまま進めば無視したアウレガに退路を塞がれて戻ってこれなくなるかもしれない。それどころか、疲弊したティデリアと一緒に進んだら絶対に追いつかれてしまう。
ティデリアの状態を考えて戻るか。
それとも、ここで決着をつけるため進むか。
俺はティデリアに寄り添っていたエレナを見つめた。
♢
いつからだろう。
こうしてアイツの背中を見つめる機会が多くなったのは。
出会った当時は隣に並ぶのが当たり前だった。
駄目な奴、ほんと弱い。だから私が隣で支えてやらないとって。
当時はそれに対して何も思わなかった。ただ弱いなって。
だけど仲間が増えて、ルクスの加護の秘密を知って──ルクスが少しずつ実力を付けていって、気付いたら隣ではなく、私はアイツの後ろを歩くようになっていた。
前まで小さくて頼りなかったルクスの背中が、今では大きく、頼もしく感じる。
それは私が望んだこと。
最強であれ。誰よりも、ずっと、ずっと。
なのに──心のどこかでルクスが大きく、成長していることを望んでいない自分がいた。
置いていかれるのが嫌だったんだって、今の私にはわかる。
背中を追いかけるんじゃなくて、ずっと隣を歩いて、支え合って、これから同じ時間を共有していくんだって、そうでありたいと思っていた。
なのにいつからか、私とルクスの間には大きな距離が生まれ、私は支えるんじゃなくて守られる側になっていた。
私が乙女だったら喜ぶかな?
好きな男に守られて、嬉しいのかな?
そんな疑問を持って思いつくのは、自分の中で占める孤独感だった。
私は乙女なんかじゃない。打算で物事を計り、心の奥底にあるのは乙女なんていう可愛い気持ちじゃない。
だけどこれだけは言える。
私は守られるんじゃなくて、支え合える関係でいたいって。
だから、背中を眺めているよりも、私は彼の横顔を眺めているほうが幸せだ。
♢
私はみんなから少し離れた場所で、魔力切れで横になるティデリアを支えていた。
「具合はどう? まだ立ち眩みみたいな気分?」
「まだ少しだが……すまないな、付き合わせてしまって」
「別にいいわよ」
ティデリアに私は笑顔で応えて戦況を見つめる。
前線はヴェイクとモーゼスさんが立って、その少し後ろで全体を確認しながら指示を出すルクスがいる。
もしもその前線に私が加わっても大した手助けにはならない。それに、私の役目は回復。それが必要なのは今はティデリアしかいない。
だから私がみんなの為に今すべきことは、ティデリアを回復すること。
すると、ルクスは大声を発した。
「このまま奥に進もう!」
ルクスは決断した。
そして、アイツは私とティデリアに視線を向け、
「このままアウレガの注意を俺たちが引きつける。その間に二人はセーフエリアまで戻ってくれ」
そう言った。
要するに魔力切れ状態にあるティデリアを連れて進むのは難しい。かといって、このまま全員で引き返し、体力を回復させ、それから再挑戦しても、またティデリアの加護を使うことになり──再び今と同じ状況になってしまう。
だからこのまま奥にいるボスモンスターへと、ルクスたちだけで進もうということなのだろう。
「……それが、ベストな選択なのね」
既にルクスたちの今の陣形は確立されている。
そこに私が加わる意味も、魔力切れのティデリアを一人でセーフエリアまで向かわせることもできない。
私も一緒に、ここから離脱するべきなのだろう。
有難いことに退路は問題ない。このまま戻っても、何の危険もなくセーフエリアに到着する。
「仲間の安全を思っての、ルクスなりの選択だ。気にするなよ?」
立ち上がった私に、ティデリアが言った。
その表情は疲労からくる苦しそうな感じではなく、どこか心配してくれているようだった。
私の心を見透かすな!
その言葉が出掛かったけど、私はティデリアに肩を貸して、
「こんな暑苦しい場所から離れられて、逆に助かるわ」
そう、心にもないことをいった。
それを聞いて、ティデリアは何も返事をしなかった。
「エレナ、もし危険だと判断したら俺たちもすぐ戻るからッ!」
「わかったわ、あんまり無茶しないようにね!」
私はそれだけを伝えて、ティデリアと一緒に後退していく。
ルクスたちは、私たちが安全にここを離れられる時間を作るために、アウレガたちの注意を引き付けようと声を張り上げ、戦っていた。
「いつの間にか逞しくなって……」
その声にはリーダーらしい頼もしさがあった。
声だけ聞いていたら、まるでルクスじゃない別人みたいだ。
私は元来た通路へ向かって、ティデリアと共に歩いていく。
──だけど。
ふと、景色がぐらっと揺れた。
「え……?」
いや、私の体が斜めに傾いた。
ティデリアに貸す肩とは逆、右側の足が、地面に吸い込まれるように沈んでいることに気付いた。
そしてその傾きは少しずつ深く、そして──左足も飲み込もうと左右に広がっていった。
「ティデリア、離れてッ!」
「えっ?」
視線を足下へ向けた私は嫌な予感がして、ティデリアの体を力一杯に突き飛ばした。
『モンスターエリアには、アウレガが爆発した衝撃によっていくつも大きな穴が生まれてしまっています』
受付のお姉さんが言っていた。
そして地面には、真っ直ぐ伸びる地割れが生まれ──私の体はその割れ目へと沈んでいく。
「エレナッ!?」
ぽっかりと空いた穴に全身が落ちていく中で、私はルクスと目が合って言葉を発した──。
──ごめん、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます