第43話 幸せの定義


「まさか、お前に看病されるとはな」


「俺は何もしてねぇよ。ただ、お前が変な行動をしないか監視してるだけだ」


「監視長を監視するのか?」



 馬鹿にするような笑いをするティデリア、そしてヴェイクも笑っていた。



「もう監視長じゃねぇだろ」


「お前らが私を人質にして逃げるからだろう」


「人質にしたわけじゃねぇのは、お前だってわかってんだろ?」


「……まあな。どうせ優しさだろ、あの男の……。ほんと、似てるな、あのルクスという男は」



 似てる? 俺が誰と?

 そう思っていると、ヴェイクが低い声で答えた。



「お前にもわかるか?」


「当たり前だ。少し話しただけでも、あいつからは同じ雰囲気がしたからな。それで、お前はあいつに付いて行ったのか?」


「……いや、理由は違ぇよ」


「じゃあその理由はなんだ?」


「単純に面白いからだ。あいつらと──」


「嘘を付くな。そんな単純な理由じゃないだろ?」



 真面目な話なのだろうか、声色からそう判断できた。


 自分の話をされてるのに盗み聞きするというのは、あまり気持ちのいいことじゃない。だけど他の皆は、ここから離れる様子はない。

 それぞれがいつの間にか真剣な表情に変わってる。皆、ヴェイクが俺たちに付いてくる理由が知りたいんだろう。


 そして二人の会話に間が空き、ヴェイクの大きな笑いが外まで響いてきた。



「あはははっ、そんな真剣な顔すんなって。俺は単純な理由で何事も決める男だぜ? 忘れたのか?」


「ああ、覚えてるさ。お前はちゃんとした理由がないと決断しない男だとな」


「……ほんと、お前って性格悪いよな」


「お前ほどではない。それで?」


「……少しだけ、力になりたかったのかもな。周りから馬鹿にされてるアイツの」


「外れ七光り、だったか?」


「ああ、俺はアイツのこれまでをずっと見てきたわけじゃねぇから知らないが、アイツはきっと、これまで沢山の努力をしてきたんだろうな。……お前はさ、この世界樹で自分の加護とは関係のない力を訓練する奴を見たことあるか?」


「ないな。そんなことをするぐらいなら、加護の扱い方を学び、加護の底上げをする。加護と才能は比例する。努力というのは、加護の前では無意味な力だからな」



 二人の言葉で、喜びも、悲しみも、どっちも感じた。


 俺がここに来てからしてきた努力を──モーゼスさんに学んできたことを、ヴェイクは知っていてくれたんだという喜び。

 そして、加護とは無関係の力を努力するのは無意味だと言われた悲しみ。


 俺のしてきたことは無意味なのか……。


 そう思っていると、



「……なにしょげてんのよ、話し、終わってないでしょ」



 そう、エレナに小突かれた。

 そして二人の会話は続いていた。



「……だが、この世界樹でそれなりの地位を築いた奴は、基礎的な努力を怠り、弱い奴らは与えられた加護を学ぶことすら放棄する。……どんな小さな部分でも、努力を怠らない奴は強くなる。それを私もお前も、ギルマスから嫌ってほど学んだだろう?」


「ああ、だからルクスは強くなると俺は思う。だけど周りから馬鹿にされてるその姿から、少しだけ──シリウスを連想しちまったのかもな」



 シリウスとは名前なのか。

 たぶんそうだと思う。それに、その名前は二人が所属していたギルドマスターのことだと思う。



「たしかに似てるな、何もかも。だが、ギルマスを見捨てたお前が、なぜ、似てる奴に手を貸すんだ?」


「見捨てた、か……七階層のボスモンスターを、まだ覚えてるか?」


「当たり前だ。視界に入った者の動きを止める黒龍。その視界から逃れることができたお前は、私とギルマスを置いて逃げた」


「そうだな。俺は二人を置いて逃げた。だってそうだろ? あのモンスターは俺たちでどうにかできる奴じゃなかった。三人でどうにか──」



 ヴェイクの言葉途中で、何かガラスのような物が割れる音が響いた。



「だからって逃げるな! ……ギルマスは、あれからどこへ行ったかわからない、ギルマスが私を庇って、自分が犠牲になって引き離してくれた。もしかしたら、ギルマスはもう──」


「生きてるよ、アイツはな」


「なぜお前がそれを知ってる!? 適当なことを──」


「モンスターエリアは幾つかの通路が迷路みたいになってる。だからアイツは──お前の知らない通路から上に向かった。そして、それを手助けしたのは俺なんだからな」


「お前が……? だってお前は、姿を消して逃げたではないか!?」


「……三人では勝てない。だけどもっと大勢の探索者ユグシルがいれば、もしかしたら勝てるかもしれない。そう思って俺は、姿を消したまま走ったんだよ。んで、手を貸してくれる連中を見つけて戻ったんだ。だけどまあ、俺って昔から方向音痴だろ? だから戻る道を忘れてよ、元の道じゃなくて、違う道に行き着いたんだよ」



 ヴェイクは笑っていた。

 それをティデリアは、黙って訊いてるだけだった。



「そしたらよ、運良く一人で戦ってるシリウスと会ってな。まあ、結局は皆で戦っても勝てなくて、隙をついて逃げたんだ。だけどな、俺とシリウスにはあの黒龍が立ちふさがった。同じ退路を阻まれた、って感じだな……シリウスは真っ直ぐ進めば八階層に進めて、俺は上に進むことができなかったんだよ」


「じゃあ、お前は……」


「逃げたと言えば逃げただが、俺だってそこまでクソじゃねぇ。シリウスもお前も、大切な仲間だったんだよ」


「そんな、そんな馬鹿な……じゃあなんで、なんですぐに私に会いに来なかった、私はずっと七階層で待ってた! ギルマスも、お前のことも! ずっと、ずっと……」



 ティデリアの声が震えていた。

 それに少し、涙声のようにも感じた。



「お前は昔っから仲間思いの奴だからよ、会いずらかったんだよ。会ったら絶対、俺を殺そうとするだろ?」


「当たり前だ! 逃げたお前を──私を一人にして消えたお前を……許すわけ、ないだろ……」


「だから会えなかったんだよ」


「会いに、来てほしかった。理由さえ、ちゃんと私の前に帰ってきて、話しさえしててくれれば、それだけで良かった……私は、ずっとお前のことを憎まずに、済んだのに」


「……悪かったと思ってるよ。なんでだろうな……カッコ悪い姿を、お前に見せたくなかったんだよ」


「バカだ……ほんと、お前は昔から馬鹿だよ……」


「ああ、そうかもな。それで、俺はそっから探索者を辞めようと思ったんだ。だけどよ……」



 ヴェイクの声が、いつもより優しく感じた。



「昔さ、約束しただろ? いつか世界樹の最上階からの景色を一緒に見ようって。お前と約束したあの言葉を、俺は忘れられなくなって、ずっと心のどっかに残ってたんだろうな。だから俺はまた、ここに来ちまった」


「そんな昔のこと……とうの昔に忘れた。そんな三年前のことなど」


「……はっ、覚えてんじゃねぇかよ」


「虚覚えだ……バカが」


「んでよ、少しだけ、ほんの少しだけ、昔の夢見る俺とお前に似てたから、少し手を貸したくなったんだよ」


「ルクスと、あの女か?」



 俺とエレナのことだろう。



「ああ、お前も二人と話したら、面白いと思えるぞ?」


「……ただのバカップルだろ、なぜ私が?」



 誰がバカップルよ!

 と叫ぶ前に、サラとラフィーネがエレナの口を手で塞ぐ。

 静かにしろと言った奴が叫ぼうとしてどうするんだ、エレナよ。

 モガモガ言ってるエレナを無視して、俺は二人の会話に聞き耳をたてる。



「まあ、色々とめんどくせぇんだよ。だからよ」



 ヴェイクが立ち上がったような気がする。

 だけど歩いてる感じはしない。おそらく、ベッドで上半身を起こしたティデリアを、ヴェイクが見下ろしてるんだろう。



「お前も手を貸せよ?」


「私が、あいつらの?」


「ああ、それによ、もう一度だけ昔の夢を叶えたいと思わねぇか?」


「最上階からの景色を見よう、か……ずっと、ずっと消えない、昔の話だな」


「それに、シリウスに会いたいしな」


「ギルマスにか……そう、だな」



 ティデリアは少し間を空けてから、声色からでも幸せそうに感じられる声を発した。



「お前が本当に逃げたんじゃないか確かめたいからな。仕方ない、少しだけお前たちに付き合ってやろう」


「相変わらず、お前ってめんどくせぇ奴だな」


「ふんっ、お互い様だ。バカたれ」



 そこからは、二人の他愛もない会話が続いていた。

 この会話は少し、イチャイチャしてるようにも感じた。



「なんかあれね、不器用な二人の恋、みたいな会話よね」



 エレナは壁に背を付けながら小さな声で言う。

 その隣に、俺も背を付けてから答えた。



「まあ、素直じゃない二人っぽいしね」


「結局は両想いなんでしょ? ほんと、めんどくさい二人よね。さっさとくっついちゃえばいいのに」



 そんな話をしてると、目の前に座って、ジーッとしたサラの細い視線を感じた。



「その言葉の意味をよーく考えてからさ、少し自分の胸に手を当ててみな?」


「ん? 胸に?」



 俺は胸に手を当てる。

 とくに何かあるわけでもない、そして隣を見ると、自分の胸を見るエレナ。

 それから俺を見たエレナは、なぜかムスッとした顔になった。



「な、ななな、なに見てんのよ!」


「はあ? なにも──ああ、エレナのち──」


「あ、あんた、私の胸が小さいって言いたいの!? 私の胸は小さくないっ、スマートなだけよっ!」


「別に俺は何も言ってない! てか、静かにしろよ! 二人に気付かれんだろ」


「「あっ」」



 ラフィーネとモーゼスさんの声が揃った。

 俺は恐る恐る上──窓を見上げると、ニヤリと笑ってる男と目が合った。



「お前ら、盗み聞きとはいい趣味してんな?」


「えっと……ヴェイク、俺は止めようって言ったんだ」


「ちょ、ルクスあんた最低よ、あんただってノリノリで話を訊いてたじゃない!」


「べ、別に俺は──」


「まあ、お前らの性格ならやりかねないとは思ってたけどよ。それより、夜メシ食いに行かねぇか?」


「う、うん」



 慌てて立ち上がる俺とエレナ。

 目が合うと、フンっ、と鼻を鳴らしてそっぽを向かれた。


 それぞれ何か理由があってこの世界樹へやってきた。

 そして叶えられた者、叶えられなかった者に分かれ、俺たちはまだ、その願いを叶えられずにいた。



「はあ、あんたも早く、私に世界樹の最上階をプレゼントしてよね。約束を叶えないで逃げたら、承知しないんだからねっ!」


「わ、わかってるよ、なにをそんなにプンプンしてんだよ。だから、ツンデレって言われんだぞ?」


「はあー? 私のどこがツンデレよ、というより、デレたことなんて一度もないでしょ!」


「もっとたち悪いぞ、それ」



 いつも通りのエレナとのやり取り。

 それをヴェイクとティデリアの会話を訊いた後になって、少しだけ、幸せなんだって感じられた。

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