不意打ち
……そんなに長い廊下ではなかったはずなのに目的地までの距離がものすごく長く感じる。逸る気持ちを抑えつつ、レヴィスは侍女の後ろを歩いて行く。
そうしてフロートの部屋の前で立ち止まった侍女はゆっくりとドアをノックした。
「失礼します。トレヴァン様をお連れしました」
「……どうぞ」
間を置いて聞こえた声にレヴィスはごくりと息を呑んで――ゆっくりと開けられたドアから侍女に促されて部屋の中へと入る。
勉強机とセットになった椅子に座っていた少女は体をこちらの方に向け、入ってきた青年へふわりと微笑む。
それに対しレヴィスも笑いかけるが、元気そうな姿を見たその表情は安堵から若干泣きそうなものになった。
「……体の具合は?」
「眠り過ぎて少しだるいかも。……後はちょっとお腹が空いたかな」
そう言って恥ずかしそうに笑うフロートに、レヴィスは表情を和らげて笑った。
「……そうなんだ。エルフの法力……」
大まかにこれまでの話を聞いたフロートはじっと自身の右手を見る。
ベッドの縁に並んで腰かけているレヴィスは申し訳なさそうに顔を伏せた。
「俺の都合で色々迷惑をかけてごめんな」
「ううん。大丈夫」
小さく謝罪の言葉を口にしたレヴィスへフロートは首を横に振る。
「私は迷惑かけられたなんて思ってないから気にしないで。……むしろお礼を言わないといけないかも」
「……?」
レヴィスが怪訝そうに首を傾げる一方で、手に視線を落としたまま言葉を続けた。
「法力の質が深まっているのが判るの。量は同じなんだけど、深みが増したって言うか……濃くなった、って言った方がしっくりくるかな。同じように術を使っても今までより効果が強くなると思う」
広げていた手をぎゅっと握りながら話すフロートの表情は自信と期待に満ちている。……しかし、そんな少女とは裏腹にレヴィスの顔は暗い。
「そのせいでまた、俺の都合に付き合わされるんだぞ?」
「…………」
顔を伏せたままの青年にフロートは顔だけでなく体も向けた。
「判らなくはないけど……気にし過ぎよ。私は付き合わされているんじゃなくて付き合っているの。自分の事は自分で決める。それはレヴィス君がどう思おうと変わらない」
そこで一度言葉を切り、未だに顔を上げないレヴィスの手にそっと触れる。びくっと肩を震わせてようやくこちらの方を向いた青年に対し、フロートはふわりと微笑みを返す。
「私は私の意志でレヴィス君の助けになりたいと思ってる。だからレヴィス君も……少しだけでも良いから、私を頼ってよ」
レヴィスは真っ直ぐ自分を見つめてくるフロートの視線を受け止め、しばらく黙ったままだったが、間を置いて大きく息を吐いた後、ふっと表情を緩めて笑った。
「……有難う」
今までよりもずっと柔らかく笑う青年に、フロートはどぎまぎしながら床に視線を落とす。
(……不意打ちだわ)
頬に手を当てれば熱くなっていて、鏡を見なくても顔が赤くなっているのが容易に想像出来た。
「どうした?」
怪訝そうにこちらの顔を覗きこもうとしたレヴィスに気付き、慌ててフロートは顔を上げる。
「何でもないわ」
「……そうか? 少し顔が赤いけど……ひょっとして熱でもあるんじゃ……」
「いつもこんなものよ」
心配そうな視線を向けてくるレヴィスへ苦しまぎれに言葉を返すフロートだが、すっと伸びてきた手が頬に触れ、強引に下げようとしていた顔の熱が先程よりも高くなる。
「……やっぱり熱いぞ」
頬に触れつつ眉を潜めた青年の態度にフロートの顔は一気に赤くなり、慌てて顔を逸らしてレヴィスの手を頬から離した。
「も……もう! いきなりそんな触られたら恥ずかしくなるでしょ!」
「えっ?」
両頬を自分の手で覆いながら顔を赤くしている少女の言葉にレヴィスは虚を突かれたように目を丸くして――それから、自分も気恥ずかしくなったらしく、若干顔を赤くして「……ごめん」と小さく謝罪を口にする。
お互いに顔を赤くして黙ってしまった事で部屋の中は微妙な空気となったが、不意に響いたノックの音がそれを打ち破る。
続いて聞こえてきたのは先程の侍女の声だった。
「……お話し中、失礼致します。お二方を旦那様がお呼びです。恐れ入りますがお越し頂けますでしょうか」
「あ……判ったわ。すぐに向かいます」
その言葉で我に返ったフロートは了承の返事をした後でレヴィスへと視線を移す。
「話さないといけない事はまだあるけど……とりあえず、父様の所へ行きましょう」
「……そうだな」
そう言ってレヴィスは立ち上がり、そのままドアを開けて外に出る。
ドアの向こうにいた侍女はレヴィスと後に続いて出てきたフロートをじっと見て。表情は変えず少し深めに頭を下げた。
「差し出がましいとは思いますが……洗面所に寄ってから広間に向かいましょうか」
「……はい」
「…………」
侍女の提案に二人は顔の赤みを強くしつつ、素直に頷きを返したのだった。
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