転送の弊害

「それでは始めますよー」

 台座の中心で緊張した面持ちで立っているレヴィスの様子を見ながら職員が石碑に埋め込まれた宝玉に手をかざすと、そこから発せられた魔力に反応して宝玉の色が変わっていく。それをフロートが興味深そうに見ているのに気が付いた職員は少女へ笑顔を向けた。

「説明しておくと、注ぐ魔力量で各大陸にあるどのミストゲートと共鳴させるかが変わってくるんですよ。ちなみにペルティガは青くなるまで待ちます」

「へえ……」

 職員の説明とフロートの感嘆の混ざった声を聞きながら、レヴィスは台座に魔力が溜まっていくのを感じていた。それに伴い、静電気のように肌の表面がぴりぴりとしてくる。


(転送だから光系の魔力変換だとは思っていたけど……光は光でも雷寄りなのか……)

 台座に充満していく魔力を分析していたレヴィスだったが、濃厚な魔力の圧迫感に少しずつ息苦しくなり始める。身体が押さえつけられているように重い。

(何だ……?)

 強い頭痛と共に眩暈を感じたが、左手で額を押さえて何とかその場に踏み止まった。

「……レヴィス君?」

「はい、それじゃ飛びますー! 動かないで下さいね!」

 ふらついたレヴィスに少女が気付いて名を呼んだけれど、その続きは職員の声と高い耳鳴りによってかき消された。

「……っ!」

 耳鳴りと同時に台座の中一杯に光が溢れて、レヴィスの視界は一瞬で真っ白になる。


 踏みしめていた地面がなくなり、ふわっと身体が浮いたような感覚があったかと思えば、次の瞬間には落ちていくような感覚。

 一瞬意識が遠のいたが、ふっと足元に地面があるのを認識した直後に光が拡散して視界が戻る。レヴィスが何度か目を瞬かせると、目の前に制服を着た職員がいた。ただし先程の男ではなく眼鏡をかけた若い女性であったが。

「はい、お疲れ様でした……って、大丈夫ですか!?」

 女性職員は青白い顔のレヴィスを見て慌てて駆け寄って来た。

「どうしました? どこか具合悪くなりました?」

「……急に頭が痛くなって……身体も重く……」

 女性職員の肩を借りて台座から降りたレヴィスはそのまま部屋の隅に設置された長椅子へと寝かされる。

「ちょっと失礼しますね」

 そう言いながら女性職員はレヴィスの額に手を当ててぶつぶつと詠唱を始める。やがてじんわりと触れられている部分が温かくなり、痛みが若干和らいできたところで台座から光が溢れた。

 光が拡散した後に現れたのはフロートだ。

 到着直後、目を瞬かせて周囲をきょろきょろと見回していたフロートだが、寝かされているレヴィスの姿を見て、慌ててそちらの方へと向かう。


「レヴィス君!? どうしたの!?」

「……判らねぇ……急に頭痛が……お前は大丈夫か?」

「私は特に何も……」

 心配と困惑の混ざった表情を浮かべているフロートに対し、女性職員は手を離さずに顔を上げて小さく微笑んだ。

「一時的なものですから大丈夫ですよ」

 こちらを安心させようと優しく笑う女性職員の言葉に、フロートは二人を交互に見て――やはり心配そうな顔を向ける。

「でも、大分辛そうなんですが……」

「滅多に起こる事ではありませんが、稀に身体に不調を訴える方もいるんです。……貴方、エルフかドワーフの混血でしょう?」

「……え……何で……?」

 判るんですか、という意味を含んだレヴィスの呟きに、女性職員はふふっと笑った。


「ミストゲートでは転送時に高密度の魔力が収束します。魔力値が高い方はそれを感じ取るらしく、身体に負担がかかってだるさの症状が出たりするのですが……魔力検知に長けたエルフや、地脈の流れに敏感なドワーフはその症状がより重い状態で表れるんです。……今の貴方みたいに」

「…………」

 微笑みながら話す女性職員の言葉にレヴィスは胸の内でため息をついた。船や馬車では乗り物酔いするし、ミストゲートではだるさと頭痛に眩暈。……自分に旅は向かないのかもしれない。

「何か……レヴィス君は旅行するのも一苦労だね……」

「言うな」

 呟きと共に同情するような目をフロートに向けられ、レヴィスはふっと視線を逸らす。


 一方、女性職員は小さく笑みをこぼし、レヴィスに視線を落とした。

「まあ、緩和させる方法もありますから、そう落ち込まないで下さい」

「……緩和?」

「ええ」

 少し興味を含んだ顔で見上げてきた青年に女性職員は変わらず微笑みを浮かべている。

「エルフやドワーフは種族特有と言いますか。意識的、無意識的に関わらず常に周囲の力やその流れを探っています。ですのでミストゲート利用時、意識的に力を検知しないようにする事が出来れば……完全に防ぐ事は難しいですが、受ける影響を軽減させられるんですよ。次にまたミストゲートを利用する時にお試し下さい」

「……判りました。やってみます」

 その言葉を聞いた女性職員はにっこりと笑い、レヴィスの額から手を離して立ち上がる。


「ここだとあまり休めないでしょうから休憩室にご案内します。建物外は極寒の世界ですから、体調がしっかり回復してから外に出て下さいね」

「……すみません」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 身体を起こして申し訳なさそうに話すレヴィスに言葉を返しながら、女性職員はゆっくりと歩いて部屋を出て行く。

「大丈夫? 立てる?」

「ああ。治療ヒールかけてもらってたからな。少しは回復してる」

 レヴィスは長椅子から立ち上がり、心配そうにこちらを見ているフロートの頭に手を置いた。

「……ただし、もう少し休みたい……のと、悪いけど休憩室についたら治療ヒールをかけ直してほしい。……あの人、法術あんまり上手くなかった」

「…………」

 後半、フロートにだけ聞こえるようにぼそぼそと呟かれた言葉にフロートは一瞬目を丸くして――それから首を縦に振った。


「どうかしました?」

「すみません、今行きます」

 大分距離が空いた事に気付いた女性職員が立ち止まって二人を見ている。レヴィスは返事をしながらそちらの方へ向かい、フロートもその後を追って歩き出す。

(ちょっとびっくりしたな……)

 レヴィスからさらりとお願いをされた事と、遠回しな言い方ではあったけれど、自分の力を認めてくれている事が嬉しかった。

 その一方で顔が緩むのをどうしても押さえられない事が少し恥ずかしく。それをレヴィスに気付かれたくなくて、建物を出るまでフロートは俯いたままだった。

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