第二章

ミストゲート

ミストゲートは港と並ぶ交易の要である。

 時空石と呼ばれるアイテムを魔力により活性化させ、空間に歪みを意図的に生じさせて大陸間を一時的に繋げ移動に使う。

利用料金は割高な上に行ける場所も限られてはいるが、船と違いほぼ一瞬で目的地に辿り着くことが出来るため、鮮度が重要な生鮮食品を扱う業者や短時間の移動を希望する旅行者・探索者を中心に利用する者は多い。

 ――とはいっても。

 冬が近づき少しずつ寒くなるこの季節。万年氷河と呼ばれる極寒の大地へ向かう人間は稀であった。


「レヴィス=トレヴァンさんと、フロート=ティルルさんですね。移動はどちらをご希望ですか?」

 提示された身分証明書に記載された名前を読み上げながら、受付の女性が顔を上げる。

 フロートは若干暑そうな表情を浮かべていたが、女性の問いかけに息をついてから微笑んで口を開いた。

「ペルティガまでお願いしたいです」

「……ペルティガ……ああ、それで……」

 フロートの言葉に女性は納得したように呟く。レヴィスは彼女の後ろで何も言わず立っているだけだったが、額にうっすらと汗が浮かんでいる。受付の女性はにっこりと微笑み、声のトーンを少し落として声をかけた。

「向こうの建物は防寒対策がしっかり出来てますから、今はそれ、脱いでいても大丈夫ですよ」

「……あ、そうなんですか……」

 その言葉を聞き、フロートはホッとしたように気の抜けた返事をして、羽織っていたポンチョを脱ぎ始めた。

「やっぱり、今着なくても大丈夫だったじゃねえか」

 同じように厚手のマントを外しながら、非難の目を向けてきた青年に対し、フロートは少し焦ったような表情を浮かべる。

「えー……レヴィス君だって『確かに着いた途端、寒さで動けなくなるのはごめんだ』って言ってたじゃない……」

 小声で交わされる二人のやりとりに受付の女性はくすくす笑いながら、横の棚から紙を取り出して机の上に一枚ずつ置いた。

「ミストゲート利用申請書になりますので、太枠部分の記入と、注意事項をお読み頂いて確認のサインをお願いします」

「あ、はい」

 手袋を外していたフロートはそれを先程脱いだポンチョの上に置き、用意された申請書に目を通す。


 一番上の欄には行き先、その下に氏名と住所、更に緊急連絡先の氏名と住所の記入。それから利用にあたっての注意事項が下の方に書かれている。文章に目を通していたフロートだが、その中の一文にぴたりと動きを止めた。隣にいたレヴィスも僅かに眉を潜め、顔を上げて受付の女性の方を向く。

「……すみません、ひとつ確認したいんですが」

「はい、何でしょう? 」

 にこやかに微笑んでいる女性に対し、レヴィスは注意事項の中にある一文を指差した。

「ここの『予期せぬ事態が起こった場合でも当施設では一切対応出来かねます』というのは……」

「ああ、それですか」

 笑みを崩さぬまま、女性は言葉を続ける。

「魔力による時空石の活性化で空間を歪めて道を作っているので、移動中に魔力干渉が起きると全く違う場所に飛ばされることがあるのです。滅多に起きることではありませんが、起動時に使われた魔力と違う魔力を時空石が感知すると起こる確率が上がります」

「……要は移動中、余計なことをせずに大人しくしとけってことですね」

「そういうことです」

「…………」

 レヴィスと少し困ったように笑う女性のやりとりを横で聞きながら、フロートは少し考え込み、それから荷物をごそごそと漁り出す。

「……何してる?」

 不思議そうな表情をレヴィスに向けられたフロートは「うん……」と短く言葉を返すが、顔は上げずに何かを探している。

「今の話、移動中に別の魔力が発せられると違う場所に飛ばされるかもしれないってことでしょ? 試験で回収した水晶や宝玉が大丈夫かどうか見てもらおうかと思って……」

 水晶や宝玉はそれ自体が魔力を持ったマジックアイテムであることが多く、常に微量の魔力を発している。条件を満たすと大量の魔力を発することもあり、フロートはそれを心配していた。一方、レヴィスは「なんだ、それか」と、少し拍子抜けしたような表情でフロートを見た。

「大丈夫だよ。どっちもレプリカで帯びてる魔力も表面だけだ。ただのガラス玉みたいなもんだよ」

「レプリカ?」

 きっぱりと言い切ったレヴィスに、ようやく目的の物を見つけたフロートは手に持った水晶と宝玉をまじまじと見つめる。

「見た目はよく出来てるけどな。そもそも学生の試験で高価な本物は使わないだろ。それを言うなら杖の魔法石の方が危ないと思うぞ」

「……それもそうね」

 その言葉に納得したフロートとは別に、受付の女性が感心したようにレヴィスを見ていた。

「若いのに目利きがしっかりしてますね。どちらも見た目は精巧に出来ていて、魔力も纏っているから、見分けが付きにくいアイテムのようなのに……」

「……昔、親に仕込まれましたんで」

「そうなんですか。親御さんも相当な目利きをお持ちなんでしょうね……ああ、そうそう。杖の魔法石は魔力を遮断する袋に入れて一時的に無力化しますので、移動には問題ないですからご心配なく」

 にっこりと微笑んだあと、受付の女性は「名前を呼ばれるまで、あちらのソファーでお待ち下さい」と案内を続ける。レヴィスとフロートは言葉に従ってソファーへと向かい、並んで腰かけた。


「……アイテムの見極め方もお母さんに習ったの?」

 ソファーに座ってすぐ、フロートは隣の青年を見上げて問いかける。

 基本的にエルフやドワーフは人間と比べてアイテムの鑑定眼が非常に鋭い。ハーフエルフでもそれは変わらないのだろう。そういった意味を含めた少女の問いかけに、レヴィスは「ああ」と頷きながら返事をした。

「覚えていて損はないからって言われてな。目利きだけじゃなく魔法とか色々叩き込まれた。むちゃくちゃスパルタで、あの時は嫌で仕方なかったが……今は習っていたことで助かってる部分の方が多い」

「へぇ……教育熱心なお母さんだったのね」

「いや、違う」

 フロートの言葉をあっさりと否定したレヴィスは、少し虚を突かれた様子の少女へ苦笑いを返した。

「母さんは何ていうか……好奇心旺盛な性格で、それを誰かと一緒にするのが好きだったんだ。でも父さんは探索者として旅ばかりしてたから家にほとんどいなかったし、その頃は妹も小さかったから、付き合えるのが俺しかいなかったんだよ。しかも妥協するのが嫌いだから、俺も徹底的にやらざるを得なかったんだ」

「……そうなの」

 どこか遠い目をして懐かしそうに話す青年の顔を見ながら、フロートは柔らかく微笑む。


「それなら今度、時間がある時に見極め方を私にも教えてくれないかな?」

「別に良いが……魔力使って判断することも多いから、少し難しいかもしれないぞ」

 少し困ったような表情になったレヴィスに、ふわりと微笑んだままフロートは相手を見上げている。

「うん、流石にエルフ式の鑑定眼を身につけられるとは思ってないから大丈夫。私にも出来そうな範囲で教えてくれると助かるかな」

「……判った。お前にも出来そうなやつを考えておく」

「有難う。宜しくね」

 そう言いながら笑うフロートへレヴィスも小さく笑みを返したところで、先程の女性が二人の名前を呼んだ。


「この奥の部屋が転送室になります。飛ぶのは一人ずつになりますから、部屋にいる担当者に用紙を渡して下さい。それから魔法石が付いているアイテムは全てこの袋に入れて下さいね」

 二人がカウンターで料金を支払った後、受付の女性はてきぱきと説明をしながら中くらいの白い巾着袋を一つずつ手渡した。見た目は普通の袋だが、魔力を遮断する材質で作られた袋なのだと説明を受けたレヴィスとフロートは言われた通りに杖を袋の中へ入れて口を閉じる。

 それから一本道の廊下を通り、『転送室』というプレートが付いたドアの前。職員の制服を着た若い男が人当たりの良い笑顔で二人を出迎えた。

「いらっしゃいませ」

 言葉と同時に開かれたドアを潜って入った部屋の中央には四方を柱で囲まれた台座と、そのすぐ横にこぶし大の透明な宝玉が埋め込まれた石碑があった。この宝玉が時空石なのだろう、とレヴィス達は思いながら職員の後ろを歩いていく。石碑の前で立ち止まった職員はくるりと振り返り、右手で台座を指し示して口を開いた。


「この台座が転送装置になっていますので順番に一人ずつお乗り下さい。また、不測の事態を避けるために、台座に乗りましたら目的地に到着するまで出来るだけ身体を動かさないようお願い致します」

「……もし、動いたらどうなるんです?」

 職員の言葉を聞いて、単純にどうなるのか気になったらしいフロートが質問をする。

 一方、その問いかけに職員は少し困ったような笑みを口元に浮かべてフロートに向き直った。

「ええとですね、転送出来る範囲がこの台座の大きさなのですが……それをオーバーしてしまった場合、その部分は転送出来ずにこの場に残ります。切り取られる状態になるんですよ」

「……えっと、それはつまり……」

「下手に動いて転送範囲から身体の一部が出てしまったら、身体が二つに分かれるってことですね」

「………………」

 困ったような顔をしつつもさらりと話す職員をレヴィスとフロートは固まった状態で見ている。

「今のところ、荷物以外でそういう事故は起こっていませんけど、何があるか判りませんし、転送中はお気をつけ下さいね」

「……はい」

 にっこりと笑う職員の言葉に、二人はそれ以外何も言えなかった。

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