未来への一歩
「ところでどうやって帰るの?」
首を傾げながら疑問を口にしたウィルシアに対し、アリーシャはレヴィスの手元――赤い腕輪を見ながら「それ」と短く言葉を発した。
「それを使えば対の腕輪を持つティルルがいる時代へ飛べる。……まぁ、一度時空の狭間に移動しないといけないけどな」
少し渋い顔をしながらアリーシャは頭をがしがしと掻く。
「ラピスの話だと過去にいたままじゃ無理だが、時間の流れが違う時空の狭間からなら腕輪の座標軸を固定してあるんで戻ってこれるんだと。理屈と理論は何となく判るが、正直どういう構造でその腕輪が作ってあるのかよく判らん」
「……あのドワーフ、そんな物を作っていたのか……」
半ば呆れの混じった表情でクォルが呟きをもらす。……レヴィスを元の時間に帰すために人間の魔力も持つウィルシアの協力をもらおうと考えていたが、それをしなくとも事が進む展開に少し拍子抜けもしたようだ。
一方、ウィルシアは興味津々といった様子で「へぇ」と声をもらした。
「そんな道具を作れるなんて凄いわね。ドワーフが作ったって言った?」
そう言ってからウィルシアはじっと探るように腕輪を見て――それからぎょっと目を見開き、勢いよくアリーシャの方へ顔を向ける。
「何これ! 移動術式だけじゃなくて魔力と法力の変換術式も組み込まれてる! 七年後ってそんなに技術が発展してるの?」
それに対し、アリーシャは首を横に振った。
「いや技術はそこまで進んでない。ラピスが規格外なだけだ。エルフとドワーフの混血とかいう、存在自体が有り得ない奴だからな」
「えっ⁉ ……何それ詳しく」
「だから……」
ウィルシアとアリーシャの会話が若干熱を帯びていくなか、クォルがレヴィスの方へ近づいて来た。
寝耳に水状態で頭が回らず、固まりかけていたレヴィスだが、呼びかけられた事でその場に意識が引き戻される。
そんな青年に苦笑いを浮かべつつ、クォルは頭を下げて謝罪の言葉を述べた。
「今回は私の都合で振り回して本当に申し訳なかったが……私の最後の我侭だと思って受け入れてくれ」
「……クォルさんは初めから、死ぬつもりで動いてたんですね」
言葉は鋭いが表情は暗く泣き出しそうなレヴィスを見て、クォルは困ったように小さく笑う。
「――そうだな。これは『私が』我を通すために起こした行動だ。だからお前が気に病む必要は全くない……そう言っても、お前は気にするんだろうな」
「当たり前じゃないですか。俺が事故を起こさなければ、クォルさんがこういう行動を取る事もなかった……」
そう言ってレヴィスは視線を落とす。
……ウィルシア同様、クォルの考えを変える事は出来ないだろう。
今、レヴィスに出来るのは意味をなさないと判っていても非難と後悔を口にする事だけだ。
そんな青年の心情を理解したクォルの表情が柔らかいものへと変わる。
「この先もお前は事故や今回の事を悔むのだろう。それは私達がいくら言っても変えられない事でもある」
「…………」
「無理に変えろとは言わん。そもそも、自己の考えを押し通そうとしている私達にはそれを口にする権利もない。だが……お前を受け入れてくれる存在がいるなら一人で抱え込むな。……ペアの少女だけじゃなく、グランドールもいるだろう。少しでいいから頼ってやれ」
静かに紡がれる言葉を聞き、レヴィスは驚いて顔を上げた。
「どうした?」
「あ……ラマ様のこと認めてないかと思ってたから、ちょっと意外で……」
「……ああ」
青年が驚いた理由に気付いたクォルは自嘲気味に笑みを浮かべる。
「彼には感謝しているよ。お前やクレアを上の人間から守りながら育ててくれているからな。……独占している事には少し納得出来ない部分もあったが」
以前遺跡前で交わしたものとは違う言い方をするクォルに、あの態度も自分を騙すためのものだったのだと理解したレヴィスは苦笑しながら目の前の相手を見た。
「……クォルさん、手が込み過ぎですよ」
「お前の母親に姑息とか言われるくらいだからな」
ふっと笑みをこぼすクォルにレヴィスもつられるように笑う。
「……おい、話は済んだか? そろそろ行くぞ」
あちらも話が終わったらしい。
口元に手を当てて何か考えているウィルシアから離れ、アリーシャがこちらにやってきた。
「狭間に飛ばせばいいか?」
「いらねえよ。一回飛ばされてそこから戻ってきてるんだ。行き方くらい判る」
クォルがかけてきた言葉をアリーシャは首を横に振って切り捨てた後、ウィルシアの方を見て声を上げた。
「……ウィルシア! アタシ達は帰るぞ!」
投げられた声にウィルシアはハッと顔を上げ――それから、レヴィスへふわりと柔らかい笑みを向ける。
「クレアと一緒に元気で暮らすのよ。……あと、さっきわたしが言った事、忘れないで」
「…………うん」
表情だけでなく優しい声にまた目頭が熱くなる。
揺らぎかけた視界を何とか堪えて、レヴィスも微笑みを返した。
「…………」
──そうして、レヴィス達が消えた後。
ウィルシアの顔からフッと笑みが消えた。
「……大丈夫か?」
「大丈夫よ。……フィードが帰ってくるまでは」
気遣うような言葉に対して突き放すような声でウィルシアは返す。
「それより本当ならいないはずのクォル兄さんがここにいて……もし死体が残ったら矛盾が生じるんじゃないの?」
「私が死んだらその瞬間に体が消えるように術をかけてあるから問題ない。他の皆に見つからぬよう、儀式の日まで隠匿の魔法で姿も隠すからな」
「……そう。なら気付かれてないうちに行ってちょうだい。誰かに見られると説明が面倒だわ」
「判った」
表情を変えず淡々と話す女性にクォルは僅かに微笑んでから扉を開ける。
「……すまないな」
「…………」
扉が閉まる直前、小さく響いた謝罪にウィルシアは何も答えない。
誰もいなくなった部屋の中、横にあった椅子に半ば倒れ込むような形で腰を下ろし、自身の体を両手で抱え込んで顔を伏せた。
そうやってしばらく動かなかったウィルシアだが、不意に視線を床から天井へと上げる。
「……エルフとドワーフの混血……会っておかないと……」
気がつけば空が白み、窓の外が少しずつ明るくなってきた部屋の中。天井を仰ぐウィルシアの声が響いて消えた。
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