レヴィスの過去

 ――フロートが目を覚ましたのは宿屋のベッドの上だった。傾いた太陽の光が部屋の中をカーテン越しに照らしていたが、入口付近は薄暗く見えにくい。

 周囲を見回すと隣にレヴィスの姿があり、規則正しく寝息をたてている。……見た限り顔色はまだ少し良くないが大丈夫そうだ。フロートはホッと息をつきながら身体を起こした。

「……起きたか」

 背後から聞こえた声に振りかえると、バルコニーのガラス戸を開けてアリーシャが部屋の中に入ってきた。持っていた煙草を指で弾いて魔法で跡形もなく燃やし、アリーシャは口元に笑みを浮かべてフロートに近付く。

「具合はどうだ?」

「……少し頭がぼーっとしますけど……大丈夫です」

「そりゃ仕方ない。だってお前、丸一日半寝てたんだからな」

 椅子に座り、腕を組みながらアリーシャはフッと笑う。

「とりあえず顔でも洗って頭を起こして来い。話はそれからだ」

「……はい」

 そう言いながらベッドから降りて――眠ったままのレヴィスに一瞬視線を送り、しかし何も言わずに洗面所へと向かう。


(……丸一日、か……随分眠ってたのね)

 冷たい水で顔を洗っているとぼんやりしていた意識も引き締まってくる。横にかけられたタオルで顔を拭きながら小さくため息をついて。それから自身の頬を軽く叩きアリーシャの所へと戻った。

 アリーシャは腕組みしたままレヴィスをじっと見ていたが、戻ってきたフロートに気が付いて笑みを浮かべる。

「本当ならトレヴァンが起きてから言うべきなんだろうが、ちょっと調子に乗りすぎたからあまり長居出来ないんだ。……まず、ここでの試験は合格だ。アイテムはそこに置いてあるから失くさないようにな」

 その言葉にフロートが視線を移すと机の上に青い宝玉が一つ、無造作に置いてあった。

「それから今後の試験は今回と同様、試験官を立てて行なう事になった。用意していた遺跡を使うか使わないかは試験官判断になるからそのつもりで」

「……判りました」

 頷きながら返事をしたフロートに対し、アリーシャは苦笑混じりに言葉を続ける。

「何か質問はあるか? なければアタシはもう戻らないといけないんでね」

「…………」

 フロートは少し考え込み――ちらりとレヴィスを見た後で、口を開いた。

「……試験とは関係ない事でもいいですか?」

「ああ、良いよ。アタシが答えられる事ならな」

 フロートがそう言ってくるのを予想していたのだろう。あっさりとした口調で了承して、内ポケットから取り出した煙草を咥えて火をつける。 息とともに煙草の煙を吐き出しながら、にやりとした笑みを浮かべてアリーシャはフロートに向き直った。

「どうせトレヴァンの事だろ?」

「…………」

 フロートは何も言わなかったが、顔に浮かんだ表情からは肯定の意志が見える。アリーシャは少し楽しそうに口元を緩めてレヴィスに視線を落とした。


「そうだな……まあ、お前ももう気付いてるだろうけど、コイツは生粋の人間じゃない。エルフの血が混ざってる」

「先生と同じハーフエルフって事ですか?」

「いいや、違う」

 フロートの質問に首を横に振って否定した後、アリーシャはレヴィスの髪をくしゃっと撫でた。

「アタシと同じだったのはコイツの母親――ウィルシアだ。トレヴァンはその半分だからクォーターだな。……まあ、体質的にはアタシとコイツは似てるけど」

 小さく笑いながらアリーシャは自分の髪を掻き上げて耳を見せる。

「アタシとトレヴァンは体質こそ人間寄りだが魔力質はエルフ寄りなんだ。魔力値や法力値が高いのもそれが理由。……ただし、強すぎる魔力は人の身に余る。常に抑えてないと溢れて暴走するんだよ。……あの時みたいにな」

「…………」

 にやりと笑っているアリーシャに対し、フロートはぎゅっと自分の腕を掴む。一方、アリーシャは腕だけでなく足も組んで椅子に深くもたれかかった。

「ティルルお前、トレヴァンが法力を持ってたのに気付いてたんだろ? じゃなきゃあの時『使って』なんて言わないもんな。なら不思議だったはずだ。何でトレヴァンが法力を隠してるのか」

「不思議でしたけど……今の話で何となく判りました。法力で魔力を抑えてたんですね」

「そう。んで、エルフ魔法っていうのは魔力だけじゃなく法力も使うんだ。二つを混ぜ合わせて発動させる。あの時はそれで抑えの法力が少なくなって魔力が暴走しかけた――って訳さ」

「それで……って、それじゃ! あの時レヴィス君がああなったのって先生が煽ったからじゃないですか!」

 納得したように呟きを漏らしたフロートだが、すぐに原因に気付いて声を上げる。そんなフロートを見ながらアリーシャはけらけらと楽しそうに笑った。

「いやー、万が一暴走しかけても、アタシの力で抑えられると思ったんだよね。でもトレヴァンの術が思ったより強くてさ……力を使い過ぎた。ティルルがいてくれてホント助かったよ」

「わ、笑い事じゃないですよ!」

 呆れの混じった表情をアリーシャに向けるが、その相手は悪びれもせずへらへらと笑っている。――が、レヴィスに視線を移すと同時に、アリーシャの顔に少しだけ申し訳なさそうな表情が浮かんだ。

「でもまあ、コイツにはちょっと悪い事をしたよ。また暴走するんじゃないかって思わせたし不安にさせただろうからな」

「……“また”?」

 その言葉に引っ掛かりを覚え、フロートは眉を潜めオウム返しに言葉を繰り返す。

「ああ。また、だ」

 そう言いながらアリーシャの顔には笑みはなく、真面目な表情で少女をじっと見ていた。


「トレヴァンは昔、抑えきれずに魔力を暴走させたんだ。それが原因でコイツの両親は死んだ」

「……え……」

 突然告げられた言葉にフロートは声を詰まらせる。アリーシャはただ淡々とした口調で言葉を続けた。

「同時にコイツは国から要注意人物だと指定されて監視対象になった。強引にラマが妹ごと引き取らなきゃ、今頃は国の機関に幽閉されてたかもしれん」

「…………」

「ラマはトレヴァンに魔力制御を学ばせるためにアカデミーへの入学を進言した。もちろん監視はつくが他国からも人が集まるアカデミーで大っぴらな行動は国も取れないからな」

 そこで言葉を切り、椅子から立ち上がったアリーシャは呆然とした表情のフロートの肩を叩く。

「アタシが話せるのはこのくらいだ。これ以上の事を聞きたいなら本人から聞いてくれ」

「……いえ、もう充分……むしろ聞きすぎたと思うくらいです」

「そうか。そりゃ悪かった」

 俯いて言葉をこぼす少女にアリーシャは小さく笑い、そのままドアへと向かう。

 そして、ドアノブを掴んだところで動きを止めて――振り返らずに再び口を開いた。


「お前も色々あるとは思うが……試験期間中だけでもいい。トレヴァンの事、宜しくな」

「……はい」

 小さくではあったが、はっきりとしたフロートの返事にアリーシャはふっと口元に笑みを浮かべて。それから二人を残して部屋を出て行った。

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