決着
「…………」
レヴィスは一度深呼吸してから正面を見据える。
目の前の女性からは笑みが消えていて、その周りでどんどん高まっていく魔力に青年は内心で苦笑した。……が、それと同時にどこかほっとする気持ちもある。これだけの力を持っているなら、本当に何かあったとしてもどうにかしてくれるだろう。
ふぅ、とレヴィスは小さく息を吐き――それから、すっと息を吸い込み、力ある詞を吐きだした。
「……メテオ・ブリッツ!」
響く声に呼応するかのように、掲げていた杖の先に生み出された魔力球からいくつもの稲妻が周囲に落ちて地面を抉る。
そのうちのひとつがアリーシャすぐ近くに落ちるが、アリーシャは微動だにせず、レヴィスから視線を逸らさない。
レヴィスは苦笑しつつ、掲げた杖をアリーシャへと向けて再び口を開いた。
「……バースト!」
詞を合図にして魔力球が一気に膨れ上がり、その姿を荒れ狂う雷撃に変えてアリーシャに襲いかかる。
それでもアリーシャは動かなかったが、雷が自身に当たる直前、詞を呟いた。
「……シルド・ファンシェ!」
その瞬間、レヴィスとアリーシャの姿は光に包まれて見えなくなり、その場には地面を揺るがすような轟音が響き渡った。
「……っ!」
一気に広がった雷光と耳をつんざく轟音にフロートは思わず目を閉じ、反射的に耳を押さえる。
音は余韻を残して小さくなっていったが、強烈な光を浴びた視界はすぐには戻らず、耳も少しやられて聞こえにくい。
それでも何とか意識を集中させて周囲の気配を探っていると、先程と同じ場所に二人が立っているのがぼんやりと見えた。
――ただし、どちらも無傷とはいかなかったらしい。
攻撃を喰らったアリーシャの服はあちこち焼け焦げたように黒くなってぼろぼろだったし、レヴィスも何かしら反撃を受けたのか同じようにぼろぼろで膝をついていた。苦しそうに荒い息を吐きながらアリーシャもがくりと膝をつく。
「……お前、恐ろしいな……初めて使ってコレかよ……反射の魔法でも防ぎきれなかった……」
その言葉を聞いたレヴィスは僅かに笑ったが、その表情はすぐに苦悶のものへと変わった。
「……う……あっ!」
苦しそうな声と同時にレヴィスから魔力が衝撃波となって発せられ、周囲の地面を抉るように吹き飛ばす。
膝だけでなく両手も地面についたレヴィスはその場から動くことが出来ない。それでも魔力は衝撃波となって断続的に周囲のものを吹き飛ばしていた。
「……!」
アリーシャの顔が焦りの表情に変わり、レヴィスへ駆け寄って背中に手を添える。
それから目を閉じたアリーシャだが、舌打ちと共にすぐに目を開けた。
「ちっ、予想以上だなコイツ……少し調子に乗って法力を使いすぎたか……おいティルル! こっち来い!」
「は、はいっ!」
怒鳴るような呼びかけにフロートは慌ててそちらの方へ向かう。その間も衝撃波は発せられており、何度かたたらを踏みながら二人の下へ辿りついた。
アリーシャはやってきたフロートの腕を掴んでその場に膝をつかせる。
「ティルル、悪いがお前の法力もらうぞ」
「えっ!?」
戸惑った声を上げるフロートを無視して、今度はレヴィスに向かって声を飛ばす。
「おい、トレヴァン! ウィルシアに術を教わってたならドレインも使えるだろ! ティルルから取れ!」
「…………」
その言葉にレヴィスは緩慢な動きで顔を上げる。
いつもと違い余裕がなく、必死に何かを堪えているレヴィスの表情にフロートは一瞬息を呑み――それから、青年の肩に手をそっと添えた。
「よく判らないけど……法力が必要なら使って良いよ」
「…………」
そう言ったフロートをレヴィスは少し困惑した表情で見ている。
黙ったまま動こうとしないレヴィスに対し、アリーシャは焦りに苛立ちを含ませて再び声を上げた。
「さっさとしろ、トレヴァン! またあの時みたいな状況にする気か!」
その瞬間、ビクッとレヴィスの身体が震える。
「…………」
レヴィスは再び俯いたが、右手でフロートの腕を力なく掴んだ。
「……悪い。使わせてもらう」
「どうぞ」
ふわりと笑ったフロートの言葉にレヴィスは俯いたまま小さく唇を噛み。それから口を開く。
「……ホーリードレイン」
レヴィスが力ある詞を口にすると同時にフロートは一気に法力を持っていかれ、くらりと眩暈を感じてその場に倒れかかる。
横にいたアリーシャが支えたので地面に突っ伏すことはなかったが、体に力が入らず立ち上がる事が出来なかった。
その一方でレヴィスはぐっと拳を握って歯を食いしばり、自身から出てくる魔力波を抑えようとしていた。
衝撃波は少しずつ弱まっていき、完全に放出が止まったところでレヴィスは大きく息を吐く。
ポタポタと汗が頬を伝い、地面へ染みをつけて吸い込まれていくのを息を整えながらしばらく見た後、レヴィスはアリーシャに抱えられたフロートへ視線を移した。
「……大丈夫……か?」
「何とか……」
声は弱々しかったが先程と変わらない笑みを浮かべているフロートの姿にレヴィスはホッと安堵の表情を浮かべ――それから、気を失った体は崩れ落ちるように地面へと倒れ込んだ。
「レ、レヴィス君!」
慌ててレヴィスを起こそうと動きかけたフロートの身体をアリーシャが引き留める。
「心配するな。急激な魔力放出を抑えようとした反動だ。しばらく眠れば問題ない」
そこで一度言葉を切り、アリーシャはフロートに視線を落とす。
「……それよりお前の法力量も相当だな。トレヴァンがかなりの量を取ったはずなのに意識を保ってられるなんて……まあ、いい。お前も少し寝ろ」
「え……」
アリーシャが淡く光った手をフロートの眼前にかざした瞬間、フロートは意識を失ってそのまま力なくアリーシャの腕に体を預けた。
意識を失った学生二人を見下ろしながら、アリーシャは少し怒鳴るように声を上げた。
「……カルロ、どうせ見てんだろ! こいつら運ぶの手伝ってくれ!」
アリーシャの言葉が合図だったかのように遺跡の影からフードをかぶったローブ姿の男が一人出てきた。
ローブにはアカデミーの校章が入っており、男は冷ややかな視線をアリーシャに向ける。
「……やりすぎだ。トレヴァンの魔力があのまま暴走していたらどうする」
「何だよ、無事に収まったじゃねぇか。確かにティルルがいなかったら少しヤバかったけどさ」
同じように冷ややかな目を浮かべているアリーシャに対し、ローブの男はため息混じりに首を横に振った。
「結果論はどうでもいい。今回の事は上に報告させてもらうからな」
「はいはい」
威圧的な言葉を受け流し、アリーシャは倒れているレヴィスとフロートに視線を移す。
それから小さく口元に笑みを浮かべ、レヴィスを抱えて歩き出した男の後を同じように、フロートを抱えてから追いかけていった。
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