エルフ魔法
「そろそろいくぞ」
突風の中心でアリーシャが不敵に笑みを浮かべたのを見て、レヴィスはごくりと喉を鳴らした。
発動させる魔法の準備は出来ている。後はタイミングを間違えなければいい。
真っ直ぐこちらを見据えているレヴィスにアリーシャはふっと笑ってから口を開いた。
「……テンペスト!」
凛とした声と同時に、吹き荒れていた風が竜巻へと姿を変えてレヴィスに向かう。
勢いを増して向かってくる竜巻に対しレヴィスはすぅっと息を吸って――詞とともに吐きだした。
「……ブラックアウト」
その瞬間、レヴィスの周りに黒い闇が生み出される。
向かっていた竜巻は出現した闇にぶつかり、打ち消されるように勢いをなくし霧散して――その場に残ったのはそよ風だけだった。
アリーシャは虚を突かれた表情でその光景を見ていたが、すぐに声を上げて笑った。
「やっぱ凄いな、お前! その術でそういう使い方するのか!」
「……多少、術式を弄ってますけどね」
楽しそうなアリーシャとは対照的にレヴィスは冷ややかな表情を崩さずに相手を見ていた。
ブラックアウトは闇属性の上級魔法だが、元々は対象を球体状に展開した闇で飲み込み消し去る術である。球体という限定された範囲のため使用出来る状況も限られており、上級魔法では使い勝手が悪い部類に入っている。
レヴィスはその術の起点を自分にした上で、中心を空洞化して球体の表面にだけ闇を張り巡らせ竜巻を消し去った――要は攻撃魔法で防御を行なったのである。
アリーシャは肩を震わせながら短く笑い声を漏らした。
「いやあ、普段から術の応用力は中々のモノがあったけど……ここまでくるとホント凄いな。学生ながら尊敬するわ、お前」
「……たとえ上級魔法を使ったとしても、これはそう突破出来ませんよ」
「そうみたいだな。いやいやホント、恐れ入った」
楽しそうに口元を緩めレヴィスを見ていた女性は、両手をだらんと下げて青年に向き直る。
「防御が出来るのは良く判った。今度はお前の全力でアタシに攻撃してみろ」
「…………」
「手加減するなよ、トレヴァン。さっきも言ったが手を抜いたらティルルに攻撃するからな」
その言葉にレヴィスは僅かに眉を動かすが、口元は笑っていても目が笑っていないアリーシャへ小さく息を漏らした。
「……アカデミーの関係者とは思えない言動ですね」
「関係者だから言ってるんだ。……お前の心配するような結果にはならない。アタシはお前より強いからな。きっちり抑えてやる」
自信たっぷりに話す女性にレヴィスは一瞬驚いたように表情を変えて――それから、小さく笑った。
「……何かあったら責任取って下さいよ」
「そんな結果にもならん。アタシを誰だと思ってるんだ」
「ハーフエルフでしょう? 判ってますよ。……人間寄りの、ね」
後半、呟くように声を漏らした後、レヴィスは持っていた杖を一度振ってから正面に構える。
その瞬間。
今までとは比べ物にならないくらい、強い魔力がレヴィスを中心に発せられた。
ある程度距離を置き、なお且つエルフ魔法の防御壁に包まれたフロートでさえ、強い圧迫感を感じて一瞬息が詰まったほどだ。
通常魔力を持たない人間は魔力やその流れを認識する事が出来ないにも関わらず、一気に変わった、気圧されるような場の雰囲気にフロートは固唾を飲み込んでレヴィスを見ている。
一方アリーシャは心底楽しそうに声を上げて笑った。
「抑えた状態であれだけ術使えてたんだから予想はしてたけど、やっぱり魔力値は高いな! ウィルシアの息子だけの事はある!」
「……!?」
嬉しそうに話す女性の言葉を聞き、レヴィスの表情が驚愕のものへと変わる。
「……母さんのこと、知って……?」
「ああ、よく知ってるよ」
フッと笑みを浮かべてアリーシャは少しだけ目を細める。
「ウィルシアとアタシは置かれた環境は違えど似たような立場だったからな。最も、お前の父親やラマが仲介してくれなきゃ会う事もなかったが」
「…………」
「お前、見た目や性格は父親似だけど、魔力に関しちゃウィルシアそっくりだよ。魔力質も……魔力量も、何もかもな」
アリーシャはどこか遠くを見るような目で小さく呟いた後、瞳を一瞬閉じてからレヴィスを真っ直ぐ見据えた。
「おしゃべりはここまでだ! 色々聞きたいならアタシを納得させてみろ、トレヴァン!」
「……そうですね」
高らかに声を上げたアリーシャに対し、レヴィスは静かに呟きを漏らす。
「――さっさと終わらせて、色々聞かせてもらいます」
そう言って杖を掲げたレヴィスの頭上に魔力が一気に収束して、先程アリーシャが生み出したものよりも一回りほど大きな魔力球が出現する。……ただし、その光が纏っているのは風ではない。
「雷か。得意魔法まで母親似だな」
バチバチと音をたて、時折地面に落ちる雷光を見たアリーシャの表情は変わらず楽しそうだった。
一方のレヴィスは自身の魔力制御に全神経を集中させていた。
……アカデミーに入ってから今まで、全力で魔法を発動させた事はない。正直言って不安は大きいが――何かあってもハーフエルフのアリーシャなら何とかしてくれるだろう。
自分の中でそう考えをまとめ、息を吸ったレヴィスの足元に大きな魔法陣が浮かび上がる。その光景を見たアリーシャの顔に初めて動揺の色が浮かんだ。
「お前それ……どこで習った?」
「――昔、母さんから。……実際使うのは初めてですけどね」
「マジかよ……アイツは馬鹿か、ガキにエルフ魔法教えるとか何考えてんだ……」
レヴィスの言葉にアリーシャは唖然とした表情で悪態をつくが、目の前の青年は若干楽しそうに笑っている。
「全力でこいって言ったのは先生ですよ。やっぱり止めますか?」
挑発するような発言に対し、アリーシャはハッと短く声を漏らして眉を吊り上げた。
「アタシを舐めるなよ、トレヴァン! ……とはいっても、エルフ魔法相手じゃこっちも全力でいかないとな」
そう言いながらパチンと指を鳴らしたと同時に、フロートを捕えていた魔法壁がフッと消える。
突然解放されたフロートは目を瞬かせていたが、二人に近付く事は出来ず……むしろ、もっと離れた方がいいと感じて距離を取った。
(……それにしても、エルフ魔法って……いくら魔力値が高いからって習って使えるものなの……?)
充分に距離を取った上で、臨戦態勢に入っている二人を見ているフロートの頭に疑問が浮かぶ。
しかしそれに答えてくれる人はおらず、フロートがその答えを得るにはこの対戦が終わるのを待つしかなかった。
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