クレープとジュース
クォストの町に着いてあっという間に三日が過ぎた。
食事を摂る以外はお互いに部屋で大人しく休んでいたのでレヴィスの体調も整い、フロートも完全回復ではないにしろ八割ほど法力が戻っていたので、そろそろここを出発して遺跡近くにある町――ガリスへと向かおうという話になっていた。
「…………」
ガリス行きの待合所へ向かう途中、不意にレヴィスが足を止める。
それを不思議に思ったフロートも歩みを止めたが、その視線が向かう先を見て「あれっ」と思った。先日フロートが気になっていたクレープ屋台があったからだ。
(……食べたいのかな?)
黙ったままのレヴィスの様子を窺うが特に興味を持っているような顔をしている訳ではない。
なら何でクレープ屋台を見てるんだろう――そう思った矢先、ようやくレヴィスは口を開いた。
「……ここ出る前に買ってきたらどうだ?」
「え?」
「あの店、気になってたんだろ?」
目を丸くしたフロートへレヴィスは視線を返す。そこには深い意味は感じられず、ただ単純に屋台を気にしていたフロートに購入を勧めているだけのようだった。
(人に無関心なようでよく見てるのね……)
と感心しつつ、無関心なレヴィスが気付くくらいに自分は物欲しそうな顔であの屋台を見ていたのだろうか……と少し恥ずかしく思いながらも、フロートは素直に勧めを受けることにした。
「じゃあちょっと……買って来る。レヴィス君も食べる?」
「俺はいい。菓子みたいに甘いのは好きじゃない」
少女の提案にレヴィスは首を横に振った後、少し離れた広場のベンチへと向かって歩き出す。残されたフロートはしばらくその姿を見送っていたが、やがてその足は屋台へと向いた。
「うわあ……」
屋台の前でフロートは大きな瞳を輝かせる。
見本として置かれていたレプリカはどれも美味しそうで見ているだけでも楽しい。
シンプルなバニラアイスにチョコレートソースをかけたもの。
チョコチップを混ぜ合わせたカスタードクリームにバナナを添えたもの。
ストロベリーとチョコソースに加えてふんだんに生クリームを使ったもの。
その他にも色々な果物と生クリームを挟んだものやオリジナルのフルーツアイスを乗せたものなど、すぐには決め切れずに目移りしてしまう。
「うちのクレープはどれ食べても満足するから好きなのを頼みなよ!」
視線があちらこちらに動いているフロートにけらけらと笑いながら店主が話しかけてきた。店主は気の良いおばさんといった感じで、フロートもにっこりと笑みを浮かべて店主に向かって話しかける。
「どれも美味しそうで迷っちゃいますね。人気あるのはどれですか?」
「ウチの一番人気はストロベリーチョコだね。次がチョコバナナ」
「ええと、じゃあ一番人気のストロベリーチョコで」
「毎度! すぐ作るから待ってな」
そう言いながらも手は手際よく動き、鉄板の上に落とされた生地は瞬く間に薄く延ばされていく。それから隣の台に移されたクレープ生地には生クリームとストロベリーが乗せられ、更にその上にチョコソースをかけられて……最後にくるっと巻かれた生地が持ちやすいように紙で包まれ――完成。
「はい、お待ち!」
「有難うございます。凄いですねえ、作るのがあっという間」
差し出されたクレープを代金と交換で受け取りながら感嘆の声を漏らす。それに対し店主は大きな声でからからと笑った。
「もう何年もやってるからね! これくらいはお手の物さ! それよりクレープも海産物と一緒で鮮度が命だからね! 早く食べちゃいな!」
「あはは、判りました。……あ、それと……」
店主の言葉に笑って答えながらフロートは追加注文を口にする。それにも「あいよ!」と元気よく応対した店主に改めてお礼を言って、フロートはレヴィスが待つ広場へと向かった。
「待たせちゃってごめんね」
「別に……って、何だ?」
謝罪をさらっと流そうとしたレヴィスだが、フロートが差しだしてきた手を見て訝しげに眉を潜める。
その手に握られていたのは中サイズの紙コップに入ったフルーツジュースだ。
「一人だけ食べるのも悪いなと思って……ジュースもあんまり好きじゃない?」
「……いや、大丈夫」
ジュースを引っ込めようとした少女にレヴィスは小さく首を横に振り、手を伸ばしてそれを受け取る。
「良かった」
フロートはほっとした表情を浮かべ、隣に腰を下ろしてからクレープに口をつけた。
食べたクレープは本当に美味しかった。
ふわっとした生クリームにストロベリーの甘酸っぱさが上手く合っていて、更にそこへチョコソースが加わり良いアクセントになっている。
自然と顔が緩むのを感じつつ二口目を口にしたところで、フロートはレヴィスがこちらをじっと見ているのに気がついた。
「……何?」
不思議に思ってそちらを見るフロートに対し、レヴィスはハッと我に返ると目を逸らして小さく首を横に振った。
「何でもない。……随分と美味そうに食べてると思っただけだ」
「……やっぱり食べたかった?」
「違う」
首を傾げた少女へすぐさま否定の言葉を返したレヴィスは持っていたジュースをぐっと飲み干す。
その後レヴィスは何も言わず、お互いに黙ったまま時間が過ぎ、ガリス行きの馬車へと乗り込んだのだった。
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