宿屋探し

「……うわあ……」

「…………」

 馬車に揺られること五日。

 遺跡近くにある町、ガリスに到着した二人は目の前の光景に呆然とした表情で立ち尽くしていた。

 見渡す限り人、人、人。とにかく人が多い。

 ……ガリスに近付くにつれて馬車に乗ってくる人も多かったので途中で訊ねてみれば、何でも今の時期ガリスは今年採れた農作物を農業の神にお供えする感謝祭をやっていると聞かされた。しかも一ヶ月かけて行なう大々的なもので、それを目当てに来る観光客が多いのだと言っていたのだが……。


「……多すぎだろ、これは……」

 あまりの人の多さにうんざりした様子でレヴィスが呟く。よく見ると町の中は様々な催しをやっているようで、旅芸人や行商の屋台などで賑わっていた。人の波を避けて歩きながら言葉を交わしつつ、二人の頭に同じ不安が浮かぶ。

「空いてる宿……あるかな……?」

「どうだろうな」

 フロートの呟きに短くレヴィスは言葉を返して周囲を見回す。

「とりあえず泊まれそうな宿屋から探すか。二手に分かれて……三十分後に中央広場で落ち合おう」

「そうだね……それじゃ、私は西側の方を当たってみる」

 一緒に回るより別々に探した方が効率良いだろう。そういう意味を含んだレヴィスの言葉に同意してフロートは頷きを返し、そのまま青年と別れて歩き出す。


 そうして歩き始めてすぐ、フロートは宿屋が立ち並ぶ場所を見つけた。ざっと見たところ、五~六軒ほどの宿屋が軒を連ねている。

 これならどこか一軒くらいは空いているところがあるだろう――そう思いながらフロートは店の入口を潜った。


 一軒目。

「すまないね、うちはもう満室なんだ」

「そうですか、判りました」


 二軒目。

「ごめんよ、貸せる部屋はないねえ」

「判りました。有難うございます」


 三軒目。

「あー無理、無理。空いてる部屋はないよ」

「……そうですか」


 四軒目。

「申し訳ないのですが、この時期じゃちょっと難しいですね……」

「いえ、大丈夫です。有難うございました」


 五軒目。

「……悪いけど……」

「……判りました……」


 ……五軒連続で断られると流石に少しへこむ。

 こうなると野宿する事も考えておかなければならないだろうか――そんなことを思いながら、僅かに期待を抱きつつフロートは六軒目の宿屋へ足を踏み入れる。

「いらっしゃいませ!」

 中に入ると同時に元気のいい挨拶がフロートを出迎えた。さっと視線を走らせたロビーには人がほとんどいない。……ここなら大丈夫だろうか?

 カウンターに向かい、空き部屋の情報を聞こうと口を開いたフロートの声は、上から振ってきた明るい声によって遮られた。


「あれ!? フロートじゃない!」

「え?」

 名前を呼ばれ、フロートが声の聞こえた方を見上げると、二階の踊り場の手摺から二人の少女が顔を覗かせていた。

 一人は同じ法術士クラスのシルヴィ。もう一人は魔道士クラスの……顔は覚えているのだが名前がはっきり思い出せない。浮かんでは消えていく名前と頭の中で格闘している間に二人は階段を降りてフロートの元へとやってくる。

「久しぶり! こんなところでフロートに会えるなんてね!」

 シルヴィは左右で二つに結っている三つ編みを揺らしながら嬉しそうにフロートの手をとってぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 そんなシルヴィの様子を微笑ましそうに見た後、フロートは後ろにいたショートヘアの少女へと視線を向けた。

「初めまして。えっと……」

「ロマーナ=ガスケットよ。話すのは初めてね、ティルルさん」

「初めまして、ロマーナさん。……ところで、二人はこの宿に?」

「うん! あたし達の試験内容、伝統行事の地域関連と起源のレポートで、ここの感謝祭を調べてて……はっ!?」

 にこにこと話していたシルヴィだったが、何かに気付いて興奮気味にフロートにずいっと詰め寄った。

「ちょっと待って! フロートがいるって事はもしかして……」

「うん、レヴィス君も一緒だよ。今は宿屋探しで別行動とってるけど」

「きゃー! ホントに!? やったー! 仲良くなるチャンス!」

 フロートの言葉にシルヴィは両手を上げて飛び跳ねた後、ぐっと拳を握る。シルヴィはレヴィスのファンを公言していて、しかし相手にされなかったため遠くから見ている日々をアカデミーで送っていた。ちなみに以前フロートにギャップ萌えやツンデレを熱弁したのも彼女である。


 ひとしきり騒いでからシルヴィはフロートに向き直ってその手をぎゅっと握った。

「フロート、宿屋は決まったの!?」

「そ、それがまだ……どこも空いてなくって……」

 シルヴィの勢いに圧されながら答えると、彼女はぐるっと顔を動かしてカウンターの若い男性を見た。

「ルークさん! 部屋空いてる!? 空いてるよね! っていうか空いてなくてもどっか空けて!」

「えー……えっと……」

「落ち着きなさい」

 困り顔で引きつった笑みを浮かべている男性を見たロマーナは軽くペアの少女の頭を叩き、それから改めて男性へと顔を向ける。

「それでルークさん、空いてる部屋はありますか?」

「ちょっと待ってね……」

 ペラペラと宿泊客名簿を見ていたルークは「あ」と短く声をもらしてから顔を上げた。

「一部屋なら何とか……物置にしてるから片付けと掃除が必要だけど」

「えー。それじゃあどっちかしか泊まれないじゃないですかー」

 不服そうに頬を膨らませたシルヴィに苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。

「一応ダブルの部屋だから拘らなければ二人泊まれるけど」

「よしフロート。空き部屋あったよってレヴィス君呼んできて」

「何言ってるの!」

 真顔でさらっとレヴィスを呼んでくるように言ってきた少女にフロートは非難の声を上げるが、当の本人は人差し指を立てて首を横に振った。


「フロートが何言ってるの。感謝祭のこの時期、空いてる宿屋なんてどこもないよ? ダブルとか小さな事に拘ってたら泊まれないよ? 大体レヴィス君とダブルの部屋とかオイシイ状況を逃すな! 後でどうだったか教えてね!」

「途中から言ってることが無茶苦茶なんだけど!」

「大丈夫! あたしレヴィス君のファンだけど、別に彼女になりたい訳じゃないから! むしろ他人からそういう話を聞く方が楽しいし萌える!」

「私が大丈夫じゃないって言ってるの!」

「えー。我儘だなあー」

「どっちが!?」

「はいはい、二人ともそのくらいにして」

 延々と続きそうな会話を途中で遮り、ロマーナはフロートに向かって口を開く。

「トレヴァンも宿屋探しに行ってるんでしょ? もしかしたら空き部屋あったかもしれないし、合流してからどうするか決めたらどう?」

「そ……そうだね! ちょっと行って来る!」

 そう言ってフロートはその場から逃げるように宿屋を飛び出して行った。


「……ルークさん」

「ん?」

 フロートの姿が見えなくなってからロマーナに名前を呼ばれたルークは短く返事をする。

「今の娘がすぐに肩を落として戻って来るだろうから部屋の掃除をしておいてあげて下さい」

「あ、あたしも手伝うー!」

「……自分で部屋を勧めておいて何だけど、さっきの娘が可哀想になってくるよ。君らが部屋を代わってあげるって選択肢はないの? 女の子二人ならダブルでも平気でしょ?」

「ないですね。それよりあの無愛想なトレヴァンがこの状況でどんな反応するのかが見たい」

「うん! 楽しそうな展開になりそうなのにわざわざ部屋交換とかある訳ないー」

 楽しそうに笑いながら話す二人の少女を見ながらルークはフロートを不憫に思いつつ、部屋を掃除するためにカウンターを出たのだった。

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