悪だくみ

「どこも満室だった」

「そうだよね……」

 合流したレヴィスの言葉にフロートはがっくりと肩を落とした。

「やっぱりそっちもなかったか」

「……いや……その……」

 落ち込んだ様子を見たレヴィスがかけてきた声にフロートはどうしようか逡巡し――それから、息をついた後で先程宿屋であった事を大まかに話す。


 それを黙って聞いていたレヴィスは僅かに眉を潜めて考え込んでいたが、ややあって顔を上げて口を開いた。

「……そこにするか」

「え?」

 一瞬何を言われたのか理解出来ず、目を丸くしたフロートを置いてレヴィスは歩き出す。

「行くぞ」

「――ちょ、ちょっと待って!」

「……何だ?」

 慌てた様子で腕を掴んできたフロートに対してレヴィスが向けてきたのは疑問を含んだ視線だ。そういった視線が向けられた事も含めて、フロートは非難の目で青年を見上げた。

「話聞いてた? ダブルの部屋だよ?」

「判ってる。でも今は選り好みしてたら泊まれないだろ。悪いが野宿はしたくないんだ」

「いや、でも流石に――」

「心配しなくても一緒に寝るような事はしない。俺は床で寝るから。……判ったら行くぞ」

 そう言って再び歩き出したレヴィスの背中をぽかんとした表情で見ていたフロートだったが、ハッと我に返って慌ててそれを追いかける。

 ――そして、宿屋に戻ってきた彼らを楽しそうに見つめていた女子二人の顔が、ルークとレヴィスとの話が進むにつれて段々とつまらなさそうなものへと変わっていったのは言うまでもない。


「あーあ、つまんない! 動揺したレヴィス君が見れると思ったのにー」

「トレヴァンって何でいつもああなのかしら。クールぶっちゃって本当につまらない」

「……二人とも好き勝手言い過ぎじゃないかしら」

 程度の差はあれど不満そうな顔で不平を漏らすシルヴィとロマーナへフロートは引きつった笑みを浮かべている。

 部屋に荷物を置いた後、フロートは二人に誘われてシルヴィの部屋にやって来ていた。ちなみにレヴィスは机などを動かして自身が寝るスペースを作るために部屋に籠っている。

 不満気に口を尖らせていたシルヴィだったが、不意に「あっ」と短く声を上げてから期待を込めた視線をフロートへと向けてきた。

「ねえフロート、レヴィス君の寝込み襲ってみない? ご飯奢るから」

「……いい加減にしないとそろそろ本気で怒るよ?」

「ごめんなさいもう言いません」

 顔は笑っているのにまとうオーラは黒くて、ものすごい威圧感を発している少女にシルヴィは素直に謝った。そんな相棒の姿に苦笑しつつ、ロマーナは改めてフロートに向き直る。


「でもタイミング良くこの町に来たわね。感謝祭は明後日が最終日で、最後は町の中心部で奉納の舞や来年に向けての祈祷の儀が行なわれるの。あまり見れるものじゃないし、折角だから一緒に見学しない?」

「あ、そうなんだ……」

 ロマーナの誘いにフロートは威圧感を消してしばし考え込み――それから少し苦笑いを浮かべた。

「……レヴィス君が問題なかったら見てみようかな?」

 若干躊躇いがちに答えたフロートに対し、ロマーナは右手を横に振って笑う。

「トレヴァン? 大丈夫よ、もし興味ないって言ったら宿屋に一人で置いとけば良いんだから」

「えぇー? どうせならレヴィス君とも一緒に行きたいー」

 再び不満そうに口を尖らせたシルヴィへ「はいはい」と生返事しながらロマーナはにこっと笑っている。

「それじゃ明後日、皆で一緒に行きましょうね」

「……うん」

 笑いかけてくる少女にフロートも同じように笑い返した後、ゆっくりとした動作で立ち上がった。

「じゃ、私も明日の準備があるから部屋に戻るね」

「ええ」

「またご飯の時にねー」

 ひらひらと手を振ってにこやかにフロートを送り出した二人だったが、音をたててドアが閉まった瞬間にその顔からすっと笑みが消えて真面目な表情になる。


「……さて、これからどうする? フロートは男子に自分から可愛さアピールするような娘じゃないから、レヴィス君に何のアプローチもかけてないと思うんだよね」

 完全にフロートの事を決めつけた発言だが、実際にそうなのだからシルヴィの読みは間違っていない。

 それに対しロマーナは少し苦笑いを浮かべて目の前の少女を見ていた。

「そもそも、いくらあの娘が法術士クラスのアイドルっていったってトレヴァン相手じゃ難しいでしょ。魔道士クラスの女生徒がいくら色目使っても相手にされないんだから。カナードだって駄目だったのよ?」

「え! 嘘! カナードってあのルナ=カナード!? レヴィス君狙ってたの!?」

 ロマーナの言葉にシルヴィは目を見開いて驚く。


 ルナ=カナードといえばアカデミーで一、二を争うほどの美人でスタイルもよく、術士コースのみならず戦士コースでも人気があり、流した浮名も数知れず。噂ではアカデミーの講師の中にもファンがいるらしく、色々な意味で卒業後の動向が周囲から注目されている生徒だった。


「狙ってたっていうか……アイツがあまりにも誰にもなびかないもんで、面白がったカナードが色仕掛けしてみようって試してみたのよ。でも色仕掛けは尽く流されて、挙句トレヴァンに『用が無いなら近付くな』って言われちゃって終了」

「うっそー……」

「それがあってからうちのクラスでアイツに色目使う娘はいなくなったわ」

「うーん……」

 それを聞いた少女は腕を組んで低く唸った後、大きくため息をつく。

「流石のフロートでもレヴィス君のクールマスクを引っぺがすのは無理かな……?」

「クールマスクって何そのネーミング……ていうか、トレヴァンのファンなら自分でそれをしてみたいとは思わない訳?」

「やー、無理、無理」

 軽口で笑うシルヴィは手をパタパタと横に振った。

「それが出来るならファンとか公言してないよー。それにあたしは普段とは違うレヴィス君見て萌えたいだけだもん。同じように人気のあるフロートなら出来ないかなー、って思ったから策を練っているだけで」

「どこまでも他力本願な……まあ、明後日までに考えれば良いんじゃない」

「うん、そうする! ロマーナも協力してね!」

 そう言って女子二人はくふふ、と悪い顔でほくそ笑む。


「……くしゅんっ!」

 その頃、部屋に戻ってきたフロートは背筋がぞくっとしてくしゃみをした。

「何だ、風邪か?」

「ううん……何か一瞬、嫌な寒気がしただけ……」

「すきま風が入ってきそうな場所はなかったと思うが……」

(ていうか、あの二人が何か企んでいるような気がする……)

 部屋を見回しているレヴィスを余所に、フロートは鼻をすすりながら先程まで一緒だった少女二人の顔を思い浮かべる。――こういう勘は鋭かった。

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