実験

 ……ズズンッ!

 地面を揺らす振動と同時に雪が飛沫となって舞い上がる。

 つい先程までそこに立っていたレヴィスとフロートはそれぞれ横に跳んで離れたので攻撃を喰らう事はなかったが、雪だけでなくその下の地面も抉った一撃に背中がヒヤリとしていた。

「おー、反応速度はまあまあだなー。……でも攻撃力と防御力はどうかなー? 二人で協力して頑張って倒せー」

 いつの間にか遺跡の建物のてっぺんに腰かけたラピスが頬杖をつき、にこにこと笑いながら二人を見下ろしている。一方、ゴーレムはレヴィスの方に向き直ってゆっくり歩き出した。

「…………」

 膝をついていたレヴィスはさっと立ち上がり、こちらに向かってくるゴーレムをじっと観察する。


 ゴーレムが真っ直ぐレヴィスの方に向かってきたのは、攻撃手段が彼にしかない事を知っているからだ。一般的なゴーレムは自立型で「侵入者を排除しろ」とか「この場所を守れ」とか単純な命令を実行するのが基本だが、このゴーレムは自身に危害を加える対象を見極めて動いている。

 とはいってもこのゴーレムに意志や思考がある訳ではない。この行動はゴーレムと繋がり、ゴーレムを動かしているラピスの意志である。

 自立型ではなく操作型のゴーレムは人の意志が加わるので行動の幅が広がり動きが読みづらい。

 ラピスとの繋がりを切る──意識を失わせるとか、操作するための魔力供給を断つなど──を行なえば動きも単調になり倒しやすくなるのだろうが、ラピス本人は高みに避難しているし……仮に下にいたとしても、ドワーフとエルフの混血なんて規格外の存在をゴーレムの相手をしながらどうにか出来るとは思えなかった。

 また耐火対策されているのも厄介だ。

 ベースが雪なのだから耐火性能にも限界はあるだろうが、おそらく上級魔法でないと効果はない。そうなると詠唱に時間がかかる。

 ゴーレムの攻撃を避けつつ、詠唱を完了させるのは中々厄介だ──そんな事を思いながらレヴィスは杖を手に持ち、先端をゴーレムへと向けた。


「おー、トレヴァン。考えはまとまったかなー?」

 杖を構えたレヴィスへ声をかけるラピスだが、その視線がふっと別の方向に移動する。それにつられ視線を追ったレヴィスの周りで空気が揺らいだ。

「……バリアー!」

 凛とした声が雪原に響き、レヴィスは光の壁に包まれる。声の聞こえた先にいたフロートは杖と微笑みを青年へと向けていた。

「防御と時間稼ぎは私がするから……攻撃、宜しくね!」

 頼もしい笑みを浮かべているフロートの言葉にレヴィスは一瞬きょとんとして――それから小さく笑う。


 ……そうだった。

 つい忘れるが、今はこの少女が隣にいるのだ。自分一人でやろうとするな。

 レヴィスは深呼吸をしてから杖を構え直す。

「……少し時間かかるぞ」

「大丈夫、任せて」

「頼んだ」

 二つ返事で答える少女に青年は小さく笑い、魔力を高めながら詠唱を始める。


「…………」

 そんな二人を見ていたラピスが満足そうに笑うのに合わせて、歩みを止めたゴーレムはフロートに向き直った。

「こっからはタイムアタックかなー? トレヴァンが詠唱完了させる前にバリアーを突破されたら負けだぞー?」

「……耐えてみせます」

 小さく、しかしはっきりとした宣言にラピスは屈託ない笑みをフロートに向けた。

「教え子相手でも遠慮はしないからなー」

 建物の上で足をぱたぱたと揺らしているラピスに目を向けず、フロートは真っ直ぐゴーレムを見据えている。

 自分が出来るのは防御だけ。……なんて、後ろ向きな事は考えない。確かに法術は守り中心の術が多いけれど決してそれだけじゃない。使い方次第でその用途は幾重にも広がる。……それこそ、アリーシャと対峙したレヴィスが攻撃魔法で防御を行なったように。


 フロートは杖を頭上に掲げてすっと息を吸う。

「……アーマーバリア」

 力ある詞が響くと同時にフロートの身体は淡い光を纏う。それを見たラピスは「ほー」と感心したように息をついた。

「身体の周りにバリアー纏ってるのかー。それなら動きも制限されないし防御力向上としては申し分ないなー。でもー……」

 ラピスがにこっと笑うのと同時に、ゴーレムが右腕を振り上げた。

「──元々防御力の低い法術士にはそれ、向かないと思うぞー?」

 振り上げられた腕は先程よりも速く振り下ろされる。その攻撃を再び横に跳ぶことで回避したフロートだが──直後。

「甘いよー」

「…………っ!」

 間延びした声が聞こえ、息が詰まるような衝撃を受けて吹き飛ばされた。

 振り下ろされた腕とは反対──左腕が鞭のようにしなってフロートを弾き飛ばしたのだ。

 真っ白な雪の上、煙を撒き上げるように二、三回ほど転がった後、フロートは詰まった息を咳き込んで吐き出す。起き上がるために体を動かせばあちこちに鈍く走る痛み。

 ……遠慮はしないと言ってはいるが、おそらく手加減はされている。雪で出来ているとはいえ、地面を抉るような攻撃をするようなゴーレムだ。本気で殴られたらひとたまりもないだろう。

 ……にも関わらず、これだけダメージを受けているのは……単純にフロート自身の防御力が術で強化しても低いという事だ。


「…………!」

 吹き飛ばされた少女を見たレヴィスは息を呑み、フロートに駆け寄ろうとバリアーから出ようと足を踏み出して──

「出ないでっ!」

 鋭く飛んだ声にレヴィスの動きがぴたっと止まる。

 フロートはふらつきながらも立ち上がり、言葉と同じくらい鋭い視線で青年を射抜く。

「大丈夫。こっちはいいからそこで詠唱を続けて」

「…………」

 攻撃を受けて吹き飛ばされた体の状態は良くないはずだ。それでもフロートの声は普段よりも力強く響く。……レヴィスに自分の心配をさせないために。

 余計な事をして時間がかかればその分だけフロートの負担が増える──それを理解したレヴィスはぐっと杖を強く握り、詠唱を再開させた。

(……ありがと)

 フロートは小さく口元に笑みを浮かべた後、再びゴーレムに視線を戻す。

 両腕をだらんと垂らしたゴーレムは会話が終わるのを待つかのようにじっと動かない。

「お前ら良いペアだなー。意志疎通が良い感じに出来て……んー?」

 満足そうな笑みで二人を見ていたラピスだが、言葉の途中で何かに気付き、終始浮かんでいた笑みが消えた。対称的にフロートは頭上の講師を見て笑う。


 ……ゴーレムの動きがおかしかった。

 左腕が動かせずにだらんと垂れたまま。ラピスの魔力はもちろん、元々組み込んであるはずの魔力も通っていない。……まるで、何かが阻害しているかのように。

 ラピスは笑顔ではなく怪訝な表情を眼下の少女へと向ける。

「……フロートお前、何をしたー?」

「大したことはしていません。さっき腕が触れた時に……私の法力を送り込んだだけです」

 鈍い痛みに耐えながら、それを隠すために虚勢を張ってフロートは笑みを浮かべていた。


 レヴィスが「魔力を法力で抑えている」と聞いた時から、フロートは自分の法力を使って彼の負担を減らせないかと考えていた。

 元々レヴィスの法力値は高い。それでも法術を使うことがほとんど出来ないのは、魔力の暴走を抑えるストッパーとして常時法力が必要だからだ。

 実際に魔力暴走を引き起こしている以上、それを心配して法力を温存しているのは仕方ないかもしれないが……折角生まれ持った才能があるのにそれは勿体なさすぎる。

 だからフロートは自身の力を抑止に使うための方法をずっと考えていたのだ。


 ……そして、それは上手くいった。

 自分の法力を送り込み、相手の魔力を外に出さないように膜を張る。

 今回はゴーレムが相手だから操作するための魔力阻害という形で膜を強めに張ったけれど……まだまだ調整は必要だが、上手く出来れば膜を張った状態でも魔力や法力を使い、かつ余分な力が外に出るのを抑えることが出来るようになるはずだ。

 法力を使った抑制の可能性を実感出来たフロートは内心嬉しくて仕方なかった。


「……なるほどー、法力を抑制に使っているのかー。流石は法術クラストップだなー。攻撃してもお前が触れたら操作出来なくなる箇所が増えるって訳だー」

 魔力の流れを探り直したのだろう。フロートがやったことを理解したラピスは楽しそうにニンマリと笑った。

「んー……あー、そうだー」

 腕を組んで考え込む仕草をしていたラピスだが、ふっといたずらを思いついた子どものような笑みを浮かべて視線を落とす。

「じゃあフロート、こういうのはどうかなー?」

 ラピスの声が響くのを合図としてゴーレムが右手を高々と掲げた。

 頭上高く上げられた手の先、一瞬にして魔力が収束し──それは氷の矢へと形を変えて一気にフロートへと降り注ぐ。

「……きゃあっ!」

 向かってくる氷の矢に反応は出来ても対処が出来るかはまた別の話。広範囲に降り注いでくる矢の雨を回避しきれず、直撃を喰らったフロートは再び吹き飛ばされて雪の上を転がった。


「おー、やっぱり魔法は有効みたいだなー」

「…………っ」

 楽しそうなラピスの声を聞きながら、歯を食いしばりフロートはよろよろと立ち上がる。

 まさかゴーレムが魔法を使ってくるなんて思ってもいなかった。

 正確にいえばラピスがゴーレムを通して魔法を使っているだけなのだろうけれど……エルフの力……ドワーフの力も混ざっているのだろうが、その規格外さには感嘆を通り越して呆れすら感じる。

(……まいったな)

 ゆっくりと向かってくるゴーレムを見ながらフロートは苦笑いを浮かべていた。

 先程の魔力阻害は相手に触れて法力を送り込む必要があるから、間接攻撃にシフトされて距離を置かれるとどうしようもない。

 かといって攻撃を上手くすり抜けて懐に入るだけの技量を残念ながらフロートは持ってなかった。

「もう諦めたのかー?」

 頬杖をつき、足をパタパタと動かして少女を見ていたラピスの視線が――僅かな一瞬、横にずれる。

 その意味を理解するよりも先に──近付いていたゴーレムの身体を中心として、大きな火柱が轟音と共に現れて空へと昇った。


「……悪いな、待たせた」

 舞い上がる火が起こす熱と音に混じって聞こえた声の方を向けば、赤い髪の青年が杖を空に向かって掲げたまま小さな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

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