雪原の中の試験

 極寒の雪原を二時間ほど進んだ先にある、蒼白く光る小さな建物。それがペルティガにある遺跡の入口である。平時ならその建物以外はどこまでも続く雪原のみ……のはずなのだが。

「……何だこれ」

 建物のすぐ横にそびえ立つ、雪で作られた大きな搭をレヴィスとフロートは唖然とした表情で見上げていた。

 あまり趣味が良いとは言えない、ごてごてした装飾がついた搭を見たレヴィスが呟きを漏らす。フロートは何も言わなかったが抱いた感想はレヴィスと同じだった。

 搭と建物の周りには誰もおらず、しんしんと降り積もる雪があるだけだ。


「……あまりの寒さに町へ戻ったのかな……?」

 アリーシャの話ではここでも試験官がいるはずなのだが、周囲に人の気配はない。フロートの言葉にレヴィスは小さく肩をすくめた。

「予定がまた変わって試験官なしでの遺跡探索になったのか……とりあえず中に入ってみるか……その、フ……」

 語尾がゴニョゴニョとはっきりせず、急に視線が泳いだレヴィスにフロートは不思議そうな顔で首を傾げる。

「……レヴィス君、どうかした?」

「う……何でもない」

 レヴィスは小さく呻いた後、諦めたような表情で深く息をついて視線を逸らす。

 やはり今更名前で呼ぶというのはどうにも気恥ずかしさと変な緊張感がある。かといって名字で呼ぶのは余計におかしい気もするし……。

「……?」

 渋い表情を浮かべているレヴィスをはてな顔でフロートは見つめていたが、不意に上から降ってきた声に顔を上げた。


 そびえ立つ搭の一番上、いつの間にかぽっかりと空いた穴から人が顔を出してこちらを見下ろしていた。

 そこにいたのは十歳前後の可愛らしい子ども。白髪のショートヘアのふわふわとした癖っ毛は柔らかい印象を受ける。突然現れた子どもにレヴィスは眉を潜めたが、その人物を見たフロートは短く「あっ」と声をあげた。

「ラピス先生!」

「……先生!?」

 フロートの言葉に驚いているレヴィスを余所に、ラピスと呼ばれた子どもは外見通りの可愛らしい声で口を開く。

「おー、フロート待ってたぞー。今そっちに行くからなー」

 ラピスはそう言うと頭を引っ込める。それと同時にズズン、という振動と音が辺りに響き渡った。

「……!」

 倒れないようにその場で踏みとどまった二人だが、次の瞬間、目に入った光景にぎょっとする。


 建っていた雪の搭が揺れて崩れだしたのだ。……いや、正確には崩れたのではない。

 搭は揺れながらその形を変えていき──そして揺れが収まった時。二人の目の前に現れたのはラピスを肩に乗せて仁王立ちした、雪で出来た巨大ゴーレムだった。


「よーし、降ろせー」

 ゴーレムの頭を撫でながらラピスがそう言うと、大きな腕が動きラピスを手に乗せてゆっくりとした動作で膝をつく。地面につけられた手からピョンと飛び降りたラピスはにこっと笑いながらレヴィス達を見上げた。

「寒いなかご苦労様だなー。トレヴァンは初めましてかなー? ここの試験官を勤める、法術士クラス講師のラピス=ドルトマだー。宜しくなー」

「……はぁ……」

 にこにこと笑う子どもの姿にレヴィスは微妙な表情を浮かべて見ている。

 自己紹介をされ、フロートが先生だと口にしたのを聞いていても、目の前にいる子どもが先生だとにわかには信じられなかったからだ。

 そんなレヴィスの心情を察したフロートが困ったように笑いながら言葉をかけてきた。

「ええとね、レヴィス君。見た目は子どもなんだけど、ラピス先生はれっきとした法術士クラスの講師で……これでも三十歳越えてるのよ」

「三十!? ラマ様より年上!?」

 どうみても十歳の子どもが自分はおろか自分を引き取ってくれた恩人よりも年上だという事実にレヴィスは驚愕する。ラピスがふふん、と得意気に笑うのを見ながらフロートは言葉を続けた。

「ラピス先生はエルフとドワーフの混血で……それで身体が子どもみたいに小さいの」

「……エルフとドワーフの混血って……そんなことあるのか……」

 それを聞いたレヴィスは信じられないものを見るようにラピスに視線を落とした。


 エルフとドワーフは一般的に仲が悪いと言われている。その理由は至ってシンプル。エルフは美しいものを好むため、小柄で厳つい風貌のドワーフを蔑視する傾向があり、一方のドワーフはそんなエルフの態度を高慢だと反発し嫌悪している。

 実際エルフ集落にいた時、ドワーフに対してあまり良い話を聞いた事がなかったレヴィスは驚きを隠しきれなかった。

 そんな青年に対してラピスは変わらず笑みを浮かべている。

「ふふふー、すごいだろー? 母がドワーフで父がエルフなんだけどー。父が母にベタぼれしてなー。……まー、それはいいとしてだなー」

 にこにこと楽しそうに笑うラピスは二人を交互に見やる。


「遺跡内部は見た限り問題なかったけどー、探索より実戦形式の方が楽しそうだからー……お前達にはこのゴーレムと戦ってもらうー」

 ぽんぽんと雪ゴーレムの足を叩くラピスの表情は変わらずにこやかだ。顔を見合わせるレヴィス達に対してラピスは説明を続ける。

「ただしコイツは雪で出来てるけど耐火対策してるからなー。炎魔法で簡単に倒せるとは思わない事だー」

 その言葉にレヴィスは口元に手を当てて考え込むように少し俯いた。

「……魔法は効くんですか?」

「おー。耐火対策してる以外は普通のゴーレムと変わらないー。ちゃんと身体を構成する核もあるから心配するなー」

「……判りました」

 口元に手を当てたまま考え込む仕草をみせる青年から横にいる少女へラピスは視線を移す。

「フロートは何か質問あるかー?」

「……いえ、私は特にありません」

「そっかー、判ったー」

 にっこりと無垢な笑顔をラピスが浮かべた――直後。ゴーレムが大きく腕を振り上げる。


 振り上げられた腕をぎょっと見上げた二人の耳に、空を切る音と間延びした可愛らしい声が聞こえた。

「んじゃ開始ぃー」

 ラピスの言葉を合図にして、ゴーレムの腕が二人に向かって降り下ろされた。

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