タイミング
一夜明けた早朝。
レヴィスはボッカと朝食を摂りながらフロートを待っていた。
「……しっかし……昨日はリンドが迷惑かけちゃってごめんな。まさか本当に何かするとは思ってなかったよ……」
昨日の出来事を聞き、自分のペアがやらかした事を知ったボッカは申し訳なさそうに頭を下げる。
レヴィスを煽るためにああ言ったのだけれども、それが実際に起こってしまうと流石に笑えない。被害にあったフロートからすれば尚更、冗談ではすまないだろう。
落ち込んだ様子のボッカにレヴィスは小さく笑いかけた。
「別にボッカが謝る必要ないだろ。俺もリンドがあそこまで馬鹿だとは思ってなかったし……まあ、また……アイツに対して頭が悪い行動をするようなら、今度はもう容赦しない」
言葉の途中から笑みが消えて、背筋がヒヤリとするような表情を浮かべたレヴィスにボッカはぶるっと身体を震わせる。
レヴィスとボッカはそれなりに付き合いが長い。しかし、ここまで冷淡な表情を浮かべるレヴィスを見るのは初めてだった。
(……フロート、すごいなー)
他人に対して基本無関心を貫いている友人にこういう顔をさせる少女を改めてすごいと思いつつ、昨日から抱いていた小さな疑問をぶつけるために口を開く。
「……そういや、ちょっと思ってたんだけど」
「ん?」
スープをかき混ぜながら話すボッカにレヴィスは表情を戻してそちらの方を見る。視線の先にいる青年はスープを一口飲んでから言葉を続けた。
「レヴィスさ……昨日からフロートを『アイツ』とか『お前』とか言ってるけど……何で名前で呼ばないんだ?」
──その言葉に、レヴィスは喉を詰まらせて盛大にむせた。
「……レヴィスお前、動揺し過ぎ」
ボッカが呆れ顔を浮かべる一方、ようやく落ち着いてきたレヴィスは軽く咳き込みつつ非難の目を向けている。
「い、いきなり変な事を言うからだろ!?」
「今の質問におかしなところがあったって言うお前の方が変だと思うんだが……」
「う……」
呆れ顔のまま正論を返してきた友人に、今度は言葉を詰まらせて視線を逸らす。
しばらくレヴィスは視線を泳がせていたが、やがて観念した様子で大きく息をついた。
「……何て言うか……半月前くらいから、いい加減そろそろ名前で呼ばないと失礼だなとは思ってるんだが……今更な感じもするしタイミングが掴めなくてそのまま……」
「レヴィスは本当に頭良いくせに馬鹿だよな」
ぼそぼそと言い訳がましく呟いているレヴィスへボッカの冷ややかな視線が突き刺さる。
昔からレヴィスは変なところで変な事を気にして足踏みする事があるのだ。
その大半は他人と関わらないといけなくなった時に出てくるため、その辺りがボッカに「レヴィスは警戒心むき出しで人見知りのビビリ」と言わせる所以でもあるのだが。
呆れの混じった視線を向けつつも、ボッカは口元に笑みを浮かべながらレヴィスを見ていた。
「そんなあれこれ考えないで気楽に名前で呼べばいいじゃん。オレとか……何だっけ、クレアちゃんの友達……ジークだっけ? に言うみたいにさ」
「……いや、お前らとアイツは何か違うし……」
「違うのは判ってるけど、それを深く考えずに言っちゃえって言ってんの」
レヴィスが呟く言い訳を一蹴して、ボッカはビシッと相手を指差す。
「一回言えば後は普通に言えるだろ? 変に気負わずにさらっと名前呼んじゃえば、フロートも気づかないで流すって」
……たぶんだけど。
最後の言葉は心の中だけで呟きつつ、ボッカは発破をかける。
それでもレヴィスは視線を逸らしたまま若干困ったような顔をしていたが、それについての返答をボッカが聞く事はなかった。
その理由は簡単。
レヴィスが口を開くよりも先に話の中心になっていた少女が姿を現したからだ。
「――あ、ボッカも来てたのね。お早う」
「お早うフロート。お邪魔してるよ。……あんまり思い出したくないだろうけど、昨日はうちのペアがごめんな。オレからも注意はしておくから」
「別にボッカのせいじゃ……」
朝の挨拶と会話を交わす二人の横で、レヴィスはどこかほっとしたように息をつく。
本人が現れた事で先程の件に対して……少なくとも今は、ボッカに突っ込まれる事がないだろうから。
(……なーんて、思ってるんだろうな)
若干安心した様子のレヴィスを見ながら、次にこういう機会があった時にはとことん突っ込んでやろうとボッカは心に決めたのだった。
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