“ギフト”

「さてトレヴァン。具合はどうかなー?」

 フロートを抱き抱えたまま動かない青年の背中に向かってラピスが言葉を飛ばす。

 それでも動かなかったレヴィスだか、しばらくしてゆっくりとした動作で後ろを振り返った。


「……どうして、こいつがあの術を使えるんです? 貴女は……何を知ってるんですか」

「…………」

 鋭いレヴィスの視線に臆する事なくラピスは微笑んだままである。

「人に聞く前に自分で考えてみろー。もっとも大体の予想はついてるんじゃないかー? フロートの家系が代々魔術師でー、出身がユバルだって事を考えればさー」

「…………」

 黙ってしまった青年を見ながら、ラピスは自身の髪の毛をいじりつつ言葉を続けた。

「言っとくけどフロートは何も知らないよー。あれは国外でも機密扱いだからー。術の存在は知っていてもお前と自分の父親に接点があったなんて欠片も思っちゃいないー」

 そこでラピスは言葉を切り、レヴィスに抱えられたフロートに目を向ける。


「それよりさー、悪いんだけどフロートに少しだけでいいから法力を分けてやってくれないかなー? この寒さの中で法力が空っぽの状態はあんまり良くないー。残念ながらボクもあげられるほど余裕ないんだよねー」

 軽口で話すラピスを厳しい表情で見ていたレヴィスだが、現状において同じ意見を抱いたらしい。


 ラピスに背を向け、フロートに視線を落とし──僅かに迷いの表情を浮かべながらも、意を決したように息を吐く。

 それからフロートの頬に手を添え、顔を持ち上げた後に唇を重ねた。

 後ろからラピスの「おおー」という好奇の混ざった声が聞こえたが、それを無視して息と一緒に法力を吹き込む。一瞬、ぴくりとフロートの身体が跳ねたが目を覚ます事はない。

 ある程度法力を吹き込んだレヴィスが顔を離し、フロートの唇を拭ってから再び後ろを振り返った先には、ニヤニヤと楽しそうに笑うラピスの姿があった。

「見かけによらずトレヴァンは大胆だなー」

「……贈与系の術は苦手なんですよ」

 渋い表情で答えるレヴィスはため息を漏らす。


 レヴィスのいう贈与ギフト系の術というのはその名の通り術者の魔力や法力を他者に分け与える術である。

 ちなみに先程ラピスが使った共有シェア系の術は「分け与える」のではなく「互いの力を共有する」術のため、解除すると力を多用していた方は一気に空っぽの状態になる。

 そして通常、贈与の術は体に触れて発動させれば相手に自分の力を与える事が出来るのだが、元々自身の力を外に出す事に積極的でなかったレヴィスはこの術の習得が上手く出来なかった。

 それを何とかしようとレヴィスの母親であるウィルシアが苦肉の策で生み出したのが「直接力を注ぎ込む」という、術でも何でもない力業。……使う事はないだろうとレヴィスは考えていたのだが、この状況では仕方がない……と、思わないとやっていられない。フロートに対しても申し訳ないし。


 渋い表情を浮かべたままの青年にラピスは「ふむー」と言いながら顎に手を当てる。

「なー、トレヴァン。それって口移しじゃなくて別の……」

「しませんし、出来ませんよ」

 ラピスが言わんとしている事を察したレヴィスは途中で言葉を遮り切って捨てる。それを聞いたラピスはどこかつまらなそうに「何だー、そうなのかー」と呟きを漏らした。

 ……何を期待してるんだ! と突っ込みたくなる気持ちを抑え、レヴィスはため息混じりに口を開く。

「それより、話の続きを聞かせて下さい」

「んー? あー、そうだなー……ただなー、ここじゃ寒いし場所を変えてゆっくり話そうー。そろそろ迎えが来るはずだからー」

「……迎え?」

「そー、迎え……あー、来た来たー」

 レヴィスの後方、遠くに視線を合わせたラピスは小さな手を広げて大きく振る。


 そちらに顔を向ければ、フードを深く被り、足元まで覆うローブを羽織った人物が二人歩いて来るのが見えた。教職員用のローブを羽織った人物は魔道士コース講師のカルロだとすぐに判ったが、高そうな質の良いローブを羽織ったもう一人は見覚えがない。

 しかし、深く被ったフードから時折見え隠れする淡茶色の髪にレヴィスは腕に抱えた少女へ視線を落とす。……向かってくる男と少女の髪色はよく似ていた。


「お待たせ、ラピス! 連れて来たよ!」

「あー、うんー。ご苦労様―」

 両手を大きく広げて満面の笑みを浮かべているカルロを軽く流し、ラピスは可愛らしい笑顔をもう一人の男へと向ける。

「初めましてー。わざわざ来て下さって有難うございますー」

「……こちらこそ初めまして」

 被っていたフードを外し、頭を下げる男はやはり、どことなくフロートと似た雰囲気を持っている。

 見た目の年齢は二十歳を少し超えたくらいだが、非常に落ち着いた態度に加えて強い魔力と法力を感じたレヴィスの気が引き締まった。

「……ああ、いつも通りの流しっぷり……ラピスはこうでなくっちゃ……」

「…………」

 その隣で顔を赤らめて身悶えしている講師の姿を出来るだけ見ないようにしながら、レヴィスは言葉を交わす二人をじっと見つめていた。


 男の視線はラピスの後方にいるレヴィスと──彼に抱えられたフロートに向けられる。

「……ところでフロートは……?」

「ちょっと法力を使いすぎましてねー。でも大丈夫ですー。そこのトレヴァンが法力を分けましたので時間はかかりますがそのうち目を覚ましますよー」

「……そうですか……そうか、君がレヴィス君か」

 そう言って向けられた視線にはこちらを探るような色がみえて、あまり良い印象を受けなかったレヴィスはすっと視線を逸らす。

 レヴィスのそんな態度を気にした様子もなく、男は軽く頭を下げてきた。

「試験では妹が世話になっている。僕は兄のフウマ=ティルルだ。宜しく」

「……レヴィス=トレヴァンです。こちらこそ妹さんにはお世話になってます」

 フロートの兄だと名乗ったフウマに対し、レヴィスも同じように頭を下げて挨拶を返した。……しかし、フウマが向けている視線には若干の威圧と嫌悪感がみてとれる。

 レヴィスが再び視線を逸らすのに合わせて、フウマはラピスの方に顔を向けた。


「申し訳ありませんがすぐに移動しましょう。大丈夫といっても、この寒さの中に意識のない妹を置きたくありません」

「あはー、それもそうですねー。行きましょうかー」

 へらっと笑うラピスに対し、今度はレヴィスが視線と言葉を投げる。

「……あの、どこへ……?」

「んー?」

 その問いかけにラピスはいたずらっ子のような顔でにこっと笑う。


「どこって決まってるだろー? 次の試験地、ユバルだよー」

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