計画
「……どうしてここに?」
僅かながら落ち着きを取り戻し、改めて問いかけの言葉を口にした青年にラマは小さく笑ってからラピスへ視線を移す。
「ドルトマ先生に呼ばれてね。ちゃんと自分でレヴィスに説明しろってさ」
「当たり前だろー」
そう言ってニヤリと笑うラピスにラマは苦笑いを浮かべつつ言葉を続けた。
「初めに謝っておく。お前の魔力を暴走直前まで持っていくように頼んだのはオレなんだ。……すまなかった」
「…………」
そう言って頭を下げてくるラマをレヴィスは黙ったまま見ている。
先程ラピスが言っていた『素案をたてた人物』というのが彼だという事なのだろう。自分の事情を知りながらも引き取ってくれた人が何故こんな計画をたてたのか。その理由は……明確ではないけれどおおよその推測は出来る。
レヴィスはぐっと拳を握りしめてラマを睨み付けた。
「あいつが…… フロートが、俺の魔力を抑えられるか試すためですか」
「……そうだね」
「あいつが俺と組まされたのもそのため?」
「…………」
重ねて質問をぶつけられ、今度はラマが黙ったままレヴィスをじっと見つめている。否定も肯定もしないラマに代わって口を開いたのはラピスだ。
「一応フォローしとくなー。ラマが今回色々根回ししたのは全部お前のためだからー。今のままだと卒業と同時に監視名目で国に徴収されて良いように使われるからなー。……お前の力は脅威だけど同じくらい魅力的でもあるんだー。上手く使えばエルフの力を人間のために使えるからー。……アリーシャみたいになー」
「…………?」
不意に出てきた講師の名にレヴィスの顔に怪訝そうな色が浮かぶ。そんな青年にラピスは少し哀れむような表情を返した。
「……まずは認識の違いを正そうかー。ボクやお前はハーフエルフだとかクォーターエルフだとか呼ばれてるけど厳密にいうと少し違うんだー。ボクはエルフ寄りのドワーフでお前の母さんは人間寄りのエルフー、そんでお前とアリーシャはエルフ寄りの人間だー。エルフの血は入っていてもベースが人間である以上、本来は人間社会で生きなきゃいけないー」
そこでラピスは言葉を一度切り、真っ直ぐにレヴィスを見据える。
「人間であるお前と妹がエルフ集落にいられたのはお前の母さんが族長の娘だったからー。……だけどアリーシャはそういう後ろ盾なんてなかったー。国の監視下に置かれてそれこそ国の良いように使われて過ごしたー。今でこそ飄々とした態度をとってるけど昔は口数も少なくていつも俯いてたよー」
「…………」
どう言葉を返して良いか判らず、レヴィスは口を閉じて視線を下に落とす。
そんな青年にラマが気遣うような視線を向けている一方で、ラピスは含み笑いを浮かべていた。
「お前がこれまで比較的自由に過ごせてるのは母親やラマのおかげだって事を忘れるなー。……まー、人間社会にきたお前の対抗策としてアリーシャはアカデミーに来た訳だけだからー、アリーシャも若干おこぼれをもらってる状態だけどなー」
アカデミーでは大っぴらに干渉出来ないからなー、と言葉を続けて、ラピスはベッドからぴょんと飛び下りる。
「とにかくラマを一方的に悪者扱いするのはちょっと違うって事だけ覚えとけー。……まー、ラマはフロートからは責められても文句言えないけどなー?」
「……はは……そうですね」
後半、ラピスからにやりとした笑みを向けられたラマは頭を掻きながら苦笑する。
一方、レヴィスはため息をついて目の前の二人を見た。
「……不満がないとはいえませんが、理解は出来るのでこれ以上は何も言いません。……アリーシャ先生も協力してたんですね」
「え?」
「アリーシャ?」
呟かれた言葉にラマとラピスは不思議そうな表情で青年に顔を向ける。
そんな二人の様子に若干首を傾げつつ、レヴィスは言葉を続けた。
「違うんですか? アリーシャ先生の時も魔力暴走直前まで持っていかれましたけど……」
「……いや……オレはドルトマ先生にしか……お願いしました?」
戸惑いの表情を浮かべるラマにラピスは首を横に振る。
「ボクも違うー。……いくらなんでもアリーシャに協力を仰ぐ訳ないよー……」
怪訝そうに話すラピスが嘘をついてるとは思えない。……あれはアリーシャが単純に術勝負をしたかっただけなのだろうか。
「その時の事をもう少し詳しく話せー」
「……あ、はい……」
沈みかけた思考はラピスからの呼びかけによって引き戻され、レヴィスはアリーシャの試験について話し始めた。
─ ・ ─ ・ ─ ・ ─ ・ ─
……薄暗い廃墟の中を一人の女性がコツコツと靴音をたてながら歩いて行く。
足下には瓦礫が散乱していたが進む速さは落ちる事なく、やがて大きな部屋に辿り着いた女性は足を止めた。
彼女以外誰もいないように見えた場所で女性は口を開いた。
「……待たせたな。監視を抜けるのに手間取った」
その声を合図にするかのように空気が揺らいで──誰もいなかったはずの場所に男が一人立っていた。
「監視が強まったのはお前が調子に乗りすぎたからだろう……アリーシャ」
「そういうなよ。ああでもしなきゃ、これを手に入れるのは難しかっただろうからな」
女性──アリーシャはフッと笑いながら、白衣のポケットから赤い小さな玉を五つ、掌に乗せて男に向かって差し出す。
男は玉を受け取った後、品定めをするようにじっと見つめ、それから自身の懐へとそれをしまった。
「これで本当にアタシの望みは叶うんだろうな」
「心配するな。これさえ揃えば準備は九割方完了だ。後は……」
「……トレヴァンか……あいつには悪いが……利用させてもらう」
言葉を引き継ぎ、小さな呟きを漏らしたアリーシャに対し、男は首を横に振る。
「……お前が申し訳なく思う必要などない。何せお前は……」
男の言葉の途中。
アリーシャは体から力が抜けて地面に倒れ込んだ。
「……う……っ」
何が起きたのか判らずアリーシャは声を漏らす。そんな女性を男は冷ややかに見下ろしている。
「お前はここでいなくなる。何を思ったところで、全て意味のない事だ」
「な……何……?」
愕然とした表情で男を見上げるが、自身に向けられる視線は何の興味も持っていない、冷たい視線だった。
「お前は『国から解放されたい』と言ったな。……約束通り、望みは叶えてやるぞ」
「……て……てめえ……っ!」
アリーシャの愕然とした表情が一気に怒りの表情へと変わるけれど、男の表情は変わらない。
「──消えろ」
男が静かにそう言った瞬間。
アリーシャの体は揺らぎ、霧となって霧散した。しかしその霧すらその場に留まったのは一瞬で、そこにアリーシャがいたという痕跡は一切なくなる。
気付けば男の姿も消えていて、廃墟は静かな姿を取り戻す。
……僅かな、空気の揺らぎだけを残して。
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