ティルル家の長

 ――翌日。

 朝食を食べた後、レヴィスはラマやラピスと共に広間にいた。フロートの父親であるフォルテが帰ってきたのだ。


「…………」

 膝の上でぐっと拳を握りしめ、俯いたままレヴィスは口を閉じている。

 ラマはそれを気遣うように見ていたが、横に座っていたラピスに呆れの混ざったため息とともに後頭部を叩かれた。

 目を瞬かせながらそちらの方を向いたラマをラピスはふんっと鼻息を荒くして一瞥し、何も言わずに正面の扉へ視線を戻した。

(ここには過保護で心配性な男しかいないなー……)

 この場にいる二人だけでなく、他の人物達の顔を思い浮かべながらラピスは大きくため息をつく。


 それからしばらくして、フウマやフェルトと共に男が広間へと入ってきた。

 白髪混じりの頭は年齢を感じさせたが、柔らかい茶色の髪と若干鋭い顔付きはフウマに似ていて、彼が父親なのだとすぐに判る。

 フォルテは三人に視線を送り……一番奥に座っていたレヴィスのところで、ラマ達よりも長く目を止めた。


「おおよそ七年ぶりか。久しぶりだな、レヴィス君」

「……お久しぶりです」

 静かに発せられた言葉にレヴィスは視線を合わせる事なく、当たり障りない返事を口にする。

 そんなレヴィスの態度を見たフウマの表情が厳しくなるが、父親の方は気にした様子もなく椅子へと腰掛けた。

「先生方とも以前お会いしましたが、改めてご挨拶を。ティルル家当主のフォルテと申します。遠方から来て頂いたのに不在でご迷惑をおかけしました」

「いえいえー、こちらこそ突然の訪問でご迷惑をおかけしましたー。法術士クラス講師のラピス=ドルトマですー」

「剣士クラス講師のラマ=グランドールです。今回はお忙しい中、時間を作って頂いて有難うございます」

 それぞれ大人達が言葉を交わす一方、椅子に座ったフウマの視線は鋭く対面の青年に向けられている。そんな兄を見たフェルトは小さく息をつきながら姿勢を正す。


 挨拶が一通り終わったところでラピスはにこっと可愛らしい笑顔を浮かべてフォルテを見た。

「御当主もお忙しいでしょうから早速本題に入りましょうかー。今回此方に伺ったのはですねー……七年前に失敗したあの儀式を完遂させたいからなんですー」

 鈴が鳴るような声で告げられた内容を聞き、レヴィスはハッと表情を変えて顔を上げ、向かい側のフォルテも若干表情が厳しいものへとなる。表情を変えた二人をフウマとフェルトは不思議そうに見やった後、ラピスへと視線を移す。その場にいる全員の視線を集めたラピスはにこにこと笑ったまま言葉を続けた。

「とはいっても以前のように完全な封印を目指すものじゃありませんー。基本は抑えて必要な分だけ力を使えるようにー……要は御当主がいつもやってる術を長期間施せるようにしたいんですよー。……フロートは不完全ながら調律術を使ってトレヴァンの魔力暴走を抑えましたー。それを完全なものにするためにご教授頂きたいんですー」

「……フロートが……?」

 ラピスの言葉に、フォルテは驚いた様子でレヴィスの方へ顔を向けた。

「本当かね?」

「……はい。ドルトマ先生から法力共有の手助けもありましたが、術についてはフロート単独で発動させていました」

「……そうか」

 小さく頷いた青年に対し、フォルテは椅子に深くもたれて息を大きくつく。


「あの時、君の力を見誤ったばかりに暴走事故が起こってしまったが……そうだな。フロートの法力量ならば可能かもしれん」

「……父上? どういうことですか?」

 父親の呟きが理解出来なかったフウマが耐え切れずに口を挟む。フォルテは姿勢を正して自分の子ども達の方へ視線を送った。

「そうだな、お前達にも話しておいた方が良い……二人とも、これから話すことは決して口外してはならない機密事項だ。それを理解した上で聞いて欲しい」

 その言葉に兄妹の表情が引き締まったものへと変わる。それを見たフォルテはひとつ頷いた後、再び息を吐く。


「私達がユバルで名を知られているのは、私達に代々伝わる調律術……人が持つ潜在能力を引き出したり、過剰な力を適正に保つ術を使用出来るからだが……七年前、ロアドナ国から極秘の要請があった。そこにいるレヴィス君の過剰な魔力を封印する協力要請だ」

「…………」

 フウマ達からの真っ直ぐな視線をレヴィスは目を伏せて逸らす。

「とはいっても、私に封印術を施して欲しいという訳ではない。封印術を行なう者は別にいて、私にはその前段階……力が封印に反発しないよう抑制の術をかける役割だ。……しかし、封印は失敗して、彼が住んでいた村はその魔力暴走により壊滅した。……お前達も耳にしたことがあるだろう。マリドウェラの悲劇……そこが、彼の生まれ故郷だ」

「え……」

 息を呑んだフェルトが目を見開く一方で、フウマは逆に目を細めて青年を見ていた。

「君は……自分で自身の故郷を壊してしまったのか」

 レヴィスは黙ったままだったけれど、小さく頷いて返答をする。それに対しフウマは「……そうか」と一言呟きをこぼしてから口を閉じた。


 話が途切れたのを見計らい、ラピスはわざとらしい咳払いをして再び視線を集める。

「ロアドナも一度失敗した封印の儀式を行なうつもりはないでしょうしー、かといって今のままじゃ魔力暴走の危険性を理由に国が彼をいいように使うのは目に見えてますー。こちらとしてはそれを避けるために『魔力が暴走しない確約』をとりたいんですよー」

「……それで私達の調律術、という訳ですか」

「はいー。無理矢理封印しようとしたってまた反発するでしょうからー、平時の魔力を一定に保つ調律術が一番手っ取り早いんですー。……そういう意味でフロートがアカデミーにいたのはこちらにとって幸運でしたー」

「……なるほど……お話は判りました」

 にこにこ笑っているラピスを真っ直ぐ見ながらフォルテは顎に手を当てた。


 ――その時。

 扉をノックする音が広間に響き、全員が扉の方を見たところで、侍女の女性が頭を下げながら中に入ってきた。

「お話し中に申し訳ございません」

 顔を伏せたまま謝罪した後、女性はフォルテの側に寄るとぼそぼそと耳打ちをする。

「……そうか、有難う。……レヴィス君」

「はい」

 呼びかけに対し固い表情で答える青年に、フォルテは僅かに表情を柔らかくして言葉を続けた。

「フロートが目を覚ましたそうだ。君の心配をしていたそうだから、話の途中ですまないが娘の所に行ってもらえないだろうか」

「……! は、はい!」

 慌てて立ち上がったものだから椅子がガタッと音を立て、レヴィスはそれを申し訳なさそうにしながらも足早に広間を出て行く。


 それをフウマが若干不服そうに見ていたが、何か言う事はなく目を閉じて深呼吸をつく。横に座るフェルトが少し苦笑いを浮かべる中、ラピスはフォルテに視線を戻した。

「……それでー……ご協力は頂けますかー?」

 ラピスのどこか試すような口ぶりの問いかけに、しっかりと首を縦に振る。

「七年前、彼の魔力暴走が起こったのは私の責任でもあります。私個人は協力を惜しみませんが……今回それを行なうのは娘です。ですので、娘が了承するのであれば私は構いません」

 そこで一度言葉を切り、フォルテはふっと自嘲するような笑みを浮かべた。

「……まあ、あの様子では……娘が断る事はないでしょうがね」

「あはー、そうですねー。ボクもそう思いますー」

 へらっと笑うラピスの言葉に、場の空気が一気にやんわりとしたものへと変わる。

「…………」


 ――ただし、フウマだけは何ともいえない微妙な表情を浮かべていた。

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