第一章

アカデミー

 剣と魔法の世界、フォレスティア。

 六大陸から成る世界の大半は未開の地であり、そこに住む人々は居住地域を中心に活動範囲を広げ、先人が残したとされる古代遺跡や書物などを解析して知識や技術を得ていた。その開拓の過程で人ならざる者――魔物と呼ばれる存在やエルフやドワーフ等の他種族との接触を行ない、この世界に住むのが自分達人間だけではない事を知る。

 そうした行動を繰り返し、およそ千年の時間が過ぎた頃。

人は活動地域を全大陸の約半分まで拡張したものの、広げたが故に接触してしまった魔物などによって生活を脅かされる事も多くあった。それ故に人間は身を守る為、未開地を研究する者とは別に魔物と戦う力を持つべく行動を起こす。

 その目的を達成する為に設立されたのが「アカデミー」と呼ばれる探索者育成の学校であり、卒業した学生は古代遺跡の解析を迅速に進め、また人を襲う魔物を討伐するなど人々にとって大きな有益をもたらした。

 

 ――そして、現在。

 アカデミーに在籍する学生にとって一番の難関である卒業試験を一ヶ月後に控えた頃。

 掲示板に張り出された卒業試験のペアを各学生が騒ぎながら確認する中、赤褐色の髪に動きやすい服を着た細身の青年は冷めた表情でそれを興味なさげに見ていた。

「おーい。レヴィスー」

 後方から自身の名前を呼ばれ、青年――レヴィスはゆっくりと振り返る。そこには彼の友人であるボッカが立っていた。ボッカは前に張り出したふくよかな腹を揺らしながら、のしのしという効果音が聞こえてきそうな足取りで彼の元へやってくる。

「ペア表見たか? お前と組めたら試験合格間違いなしだったのになー。オレ、リンドと組む事になっちゃったよ」

「……そういう事を言ってるとリンドがまた怒るぞ」

 心の底からがっかりした様子でため息をついたボッカに対しレヴィスは苦笑いを浮かべるが、一方の相手は不服そうな表情を向けてきた。

「そんな事言ってもさ、リンドが魔道士クラス上位の成績って言ったってお前と比べたら実力が全然違うじゃん」

「言う程違わねえよ。そもそも術の発現力はアイツの方が上だぞ」

「……それを応用力で上回ってるくせによく言うよな。お前、対戦形式の実技でリンドに一度も負けた事ないだろ。いつの間にか魔道士クラストップになってるし……」

 呆れの表情と言葉を向けてくる友人に対して、レヴィスは小さく肩をすくめ掲示板に視線を戻す。


 アカデミーには武術を主体とする「戦士コース」と魔術を主体とする「術士コース」があり、各コースは更に二つのクラスに分類されている。

 戦士コースは「剣士クラス」と「拳闘士クラス」からなり、術士コースはレヴィスが在籍する「魔道士クラス」とボッカが在籍する「法術士クラス」だ。魔道士クラスでは魔力を使って自然の力を利用する攻撃メインの術、法術士クラスでは法力を使って聖なる力を利用する防御メインの術をそれぞれ学ぶ。

 最終試験は在籍するコースでペアが組まれるのだが、それは各クラスを組み合わせたペアで決定される。同系統の術士ではなく異なる術士を組み合わせる事でバランスを取り、且つ協調性や連携をみる為だ。

 ボッカがレヴィスと組めなくて残念がっているのはレヴィスが実力者だから、という事もあったがそれよりは気心が知れた相手なので連携がやりやすい、という事の方が大きい。はあ、とボッカは大きくため息をついた。


「大体先生達もひどいよな。魔道士クラストップにフロート組ませるとか……」

「……ああ、そうだ。そいつどんな奴だ? 何となく名前は聞いた事あるんだが……」

 その言葉で思い出したようにレヴィスは改めてボッカに向き直る。

 掲示板に記載されていたレヴィスのペアの相手は「フロート=ティルル」という名前。同じコースに在籍しているのでクラスが違っても全く接点がない訳ではないが、基本的にレヴィスは他人と関わらない――ボッカのように自分から近付いてくるなら別だが――人付き合いを進んでしない為、知らない人の方が圧倒的に多い。限定された人間関係しか持とうとしないので尚更だった。

 ただし、その友人は唖然とした表情で言葉を発した青年を見ていた。

「レヴィスお前……いくら何でもそれはないだろ……」

「?」

 その意味がよく判らず眉を潜めたレヴィスに対し、ボッカはずいっと詰め寄る。

「フロートはウチの……法術士クラスのトップ! お前と同じ首席候補なの! それに術士コースの中でも可愛いって有名で、ウチだけじゃなくて戦士コースの奴等にも人気があって、魔道士クラスの男はフロートと組めるんじゃないかって淡い期待を抱いてた奴等も多いっていうのに……お前はそれでも男か! 可愛い女の子をチェックするくらいの気概を持て!」

「……そんな事言われてもなぁ……」

 一気に捲し立ててきたボッカに押されつつレヴィスは困った様子で頭を掻いた。

 はっきりいってあまり人と関わりたくないのだ。そんな事に気を回すよりも先に、もっと気にかけるべき事は山積みだ。友人だって進んで作る気がないのに女の子をチェックするとかやっている暇はレヴィスにはない。

 そう言いたげなレヴィスの表情を見たボッカはやれやれ、というように首を横に振った。

「……まあいいや。卒業試験は三ヶ月かけてやるんだし……そんな長い期間フロートと一緒に居ればお前も少しは女の子に興味を持つようになるだろ」

「……だから、そんな興味ない……」

「それでも駄目ならレヴィス、お前は本当に駄目だ!」

 自分の意見を遮ってきたボッカの言葉に、今度はレヴィスが不服そうな表情を浮かべる番だった。



「……フロート! ペア決めの張り出し、見た⁉」

 法術士クラスの教室に駆け込んできて声を飛ばしてきた少女に、自身の席で本を読んでいた少女は顔を上げてそちらの方を向く。

 淡い栗色の長い髪に術士用のローブを羽織った小柄なこの少女が法術士クラス首席候補のフロートだった。彼女は橙色の大きな瞳を少し丸くしながら首を横に振る。

「ううん、まだ。今行ってもゆっくり見られなさそうだから帰る時に見ようかと思ってたんだけど……何かあったの?」

「それがびっくり! ペアの相手、レヴィス=トレヴァンだって!」

 少女の言葉に教室内が一瞬にしてざわつく。

「……マジかよ……」

「……レヴィスって、あの……?」

「……先生達も何考えて……」

 ざわつく教室の中で小さく交わされる会話に耳を傾けつつ、フロートは情報を持ってきた少女を真っ直ぐ見ながら口を開いた。

「……それ本当?」

「ホント、ホント! 思わず三回も見直しちゃったもん!」

 興奮を隠さず大きく頷いた少女の言葉にフロートは口元へ手を当てる。


 レヴィスは術士コースでの有名人だ。歴史あるアカデミーでも『希代の天才術者』なんて言われる程の高い術制御力を持ち、もしかしたら先生達よりも実力は上なんじゃないか、なんて噂が立つくらいである。

 その一方で整った顔をしているので女子から密かに人気を集めていたりするのだが、人嫌いらしく他の学生とは授業以外でほとんど関わりを持たない。術士コースで時々組まれる編成チームで彼に話しかけても満足のいく交流は得られず、それどころか連携しなくても彼一人で課題をこなしてしまう為、その実力差を突き付けられた学生からは逆に距離を置かれて敬遠される……なんて話を聞く事だってあった。

 アカデミーで彼と友好的な関係を築いているのは積極的に彼と接しているボッカと戦士コースに在籍しているという彼の妹、そして後見人を務めている講師のラマくらいではないだろうか。……そんな相手と卒業試験のペア。

 フロート自身だってアカデミーで何年も努力して、首席候補に挙げられるだけの実力を持っている。だが卒業試験の三ヶ月、果たして上手くやっていけるだろうか……なんて不安を彼女が覚えるのは仕方ないと言える。

 そんな事を考えているとボッカが身体を揺らしながら教室に戻って来たのが少女の目に入り。フロートは立ち上がると椅子に腰かけたクラスメイトの元へと向かった。


「……ねえボッカ、ちょっといい?」

「ん? ……ああ、フロート。何? レヴィスの事?」

 声をかけてきた少女にボッカはニヤリと笑みを浮かべて視線を向ける。あの掲示があった時点でボッカは彼女が自分にレヴィスの事を聞きに来るであろうと予測していた。彼と会話出来ている人間は極僅かしかいないのだから。

 フロートは小さく頷きながら表情を少し引き締めてボッカを見ている。

「率直に言って、レヴィス君ってどんな人?」

「魔道士クラスのトップ……っていうのは知ってると思うけど。あいつはねー、頑固でビビリの人見知りだよ」

 その答えにフロートの目が点になった。

「……ビビリ?」

「そうそう、警戒心むき出しのビビリの人見知り。笑っちゃうよなー。希代の天才術者とか言われてるのにさあ」

 けらけらと楽しそうに笑うボッカの言葉を聞いたフロートはぽかんとしていたが、彼の目の奥に浮かんでいた、気遣うような色に気付いて少し表情を戻す。……ボッカが気にしているのは目の前に居る自分ではなく、ここに居ない友人に対してだとすぐに判った。

「フロートなら大丈夫だとは思うけどさ。レヴィスの事、宜しく頼むよ」

「……まあ……長期間のペアだし、出来る限りは」

 言葉を選びながら返事をしてきたフロートに対してボッカは人当たりの良い笑みを浮かべて――それから「あっ、そうそう」と短く声を漏らして少女の肩をぽんと叩く。

「ついでにあいつを年相応の男子学生にしてやってくれ。大丈夫、フロートなら出来る!」

「……何言ってるの?」

 真剣な面持ちで告げられた言葉の意味が判らず、フロートは眉を潜めて相手を見ていた。

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