フォレスティア・ロンド

伊南

プロローグ

始まりの雨

 ――ぼんやりとしたまどろみの中で初めに感じたのは降り注ぐ冷たい雨。

 その次に土の匂いと何かが焦げるような臭い、そしてすぐ近くではぜる火の音だった。

 僅かに身体を動かして、ようやく自分が地面に倒れ込んでいる事に気が付く。


 ……自分は何をしていたんだっけ。


 はっきりとしない意識のままで気を失う前の事を思い出そうとして。

 直前の出来事が頭の中に甦り、一気に意識が覚醒する。

 閉じていた目を開き、勢いよく身体を起こして――視界に入ってきた光景に愕然とした。


 そこに広がっていたのは荒野だった。

 住居だったはずの建物は吹き飛ばされ、残っているのは土台だった枠組みと建物を構成していた石の欠片。青々と作物が育っていた畑は見る影もなく、僅かに残った物も燻った炎によってその姿を炭へ変えようとしている。

 少し前まで笑い合い言葉を交わした皆が、あちこちに倒れ込み動かなくなっていた。


 儀式に対して不安になっていた自分を励ましてくれていた長老も。

 厳しい事を言っていたが自分を心配してくれていた隣の小父さんも。

 皆地面に突っ伏したまま動かない。

 そして……怒ると怖いがいつも優しかった母と、普段は旅に出ていて滅多に家に居なかった父も。


 少し離れた所で皆と同じように倒れ込んでいた。母を庇おうとしたのか覆いかぶさっている格好の父の姿が目に入る。


 ……失敗、したのだ。


 視界が歪んで熱いものが顔を伝う。

 この惨状は自分の所為だ。自分がもっと上手く出来ていればこんな事にはならなかった。

 上手く出来ていれば。皆を死なせる事はなかった。自分の所為。自分がいたから。自分が。


 ……自分がいなければ、こんな事にはならなかった。


 後悔の念と強い焦燥感が身を覆う。

 どうしようもない気持ちを抱えたまま暗い空を見上げる。

 降ってくる雨はひどく痛かった。このまま打たれ続けていたらここから居なくなる事が出来るだろうか。そんな事を思いながら仰向けに地面へ転がる。

 ……雨はまだ止みそうにない。


 再びぼんやりとしてきた意識の片隅で、自分の名前を呼ぶ声が聞こえて。顔だけ動かしてそちらの方を向いた。

 遠くから見知った人間がこちらに向かい走って来る。彼はこの惨状に戸惑いつつも近寄って来て――倒れている両親の所で立ち止まった。

 ……両親を見下ろす、彼の表情が一瞬で歪む。

 両親と仲の良かった人だ。自分もこの人は嫌いじゃなかった。自分に対しても態度を変えず、明るく接してくれた。……でも、こうなっては……もう以前のようには接してもらえないだろう。 

 表情を歪めた彼は苦しそうに目を逸らし、改めて自分の所へ駆け寄って来た。


「……生きてるのか、良かった……」

 膝をついた彼は泣きそうな顔で安心したように息をついた後、自分を抱えて立ち上がる。

「すぐ治療院に連れて行ってやるからな。もう少し頑張れ。クレアちゃんもそこに居る」

 クレアは妹の名前だ。……あいつは巻き込まれなかったのか。

 薄れていく意識を何とか留め、力を込めて口を動かした。

「……クレアは……無事なんですか」

「ああ、無事だよ。あの子は元々僕の所で預かっていたからね」

「……そう、ですか……」

 妹の無事を聞き、安堵して……我ながら身勝手さに呆れた。自分が引き起こした事で皆を死なせてしまったのに、身内の無事を喜ぶなんて。それでもホッとしたからか力が抜けて保っていた意識が一気に遠のく。


「……今はゆっくり休みな、レヴィス」


 頭を優しく撫でられ、気遣うような彼の言葉を聞いた所で自分の意識は完全に途切れた。

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