卒業試験開始
そして卒業試験の掲示があってから一週間後。
試験に挑む学生達は割り当てられたペアと卒業試験内容発表の日を迎えていた。
「それじゃレヴィス、フロートと仲良くなー」
「お前もリンドと上手くやれよ」
大きく手を振りながら離れて行くボッカに言葉を返し、レヴィスは講堂をさっと見回してフロートを探した。
ボッカに彼女の容姿を聞いてはいたが、見た事がない人間を人が多い中で探すとなると時間がかかる。
(……あっちから声かけてくれりゃ楽なんだが……)
半ば探す事を放棄しかけた頃、レヴィスは背後から名前を呼ばれて振り返る。
そこには聞いていた通り、小柄で髪の長い少女が立っていた。だが、儚げな見た目とは裏腹に彼女から感じる法力はかなり強い。平時でこれなら術を使う時はもっと力が上がるだろう。法術士クラストップは伊達ではないようだ。
そんな事を考えていたレヴィスに対して、フロートは柔らかく笑いかける。
「初めまして、かな? 今回ペアを組むフロート=ティルルです。宜しくね、レヴィス君」
「……レヴィス=トレヴァンだ。宜しく」
フロートの微笑みを興味なさそうに一瞥した後、レヴィスは視線を逸らして口を閉じた。
(ああ、成程……これが『人見知りのビビリ』ね)
視線を合わせようとしない青年を見ながら、フロートは以前のアドバイスを思い出す。ボッカから聞いていなければただの態度の悪い相手としか思えない。もしかして他人と真正面から顔を合わせるのが怖いのかな。なんてぼんやりと考えていると、壁側に設置されていた長机の近くに立っていた講師の一人が大きく咳払いをして声を上げた。
「今から各ペアに試験内容を通達します。呼ばれたペアはこちらで用紙を受け取って下さい。最初にトーマス・ダニエルペア!」
「はい!」
呼ばれた二人は緊張した面持ちで長机へと向かうと講師から試験内容が書かれた用紙を受け取った。ちなみに試験内容はペアによって異なり難易度も様々だ。
「……簡単なものだと良いね」
「そうだな。さっさと終わらせたい」
かけられた言葉に対し視線を合わせる事なくレヴィスは呟きを漏らす。フロートはそんな態度に苦笑いしながら自分達の名前が呼ばれるのを待っていた。
「レヴィス・フロートペア!」
「はい」
しばらくして呼ばれた名前に返事をして二人は講師の元へと向かう。
「……君等は他の学生達よりも難易度が少し高めになっていますが、クリアするのに問題はないでしょう。頑張って下さい」
「はい、頑張ります」
難易度高め、という言葉にフロートは内心ため息をつきながらも笑顔を浮かべて用紙を受け取った。一方レヴィスは何も言わずに渡された用紙をじっと見ている。
記載された試験内容は遺跡の探索だった。とはいってもすでに調べ終わっている遺跡を使った試験で講師達が用意した仕掛けを解いて指定アイテムを取ってくる事がクリアの条件。ただし探索する遺跡は複数あり、それぞれの遺跡からアイテムを取って来なければならなかった。
「遺跡探索かあ。ちょっと時間かかりそうだね……」
用紙を見ながら言葉を零したフロートだが、黙ったままのレヴィスの様子に首を傾げる。青年は厳しい表情でその内容を凝視していたからだ。
「……どうかした?」
再度の呼びかけの声にようやくレヴィスは我に返り、ハッと顔を上げて少女の方を見る。そこに浮かんでいたのは戸惑いの色。しかしすぐにその表情は消え、視線を逸らして「何でもない」と小さく言葉を零した。
「…………?」
誤魔化すような青年の態度を見たフロートは僅かに眉を潜めた。会ったばかりで仲良くもないしお互いを知っている訳ではないから仕方ないが、それでもあからさまに何か隠すような態度を取られるのは良い気分はしない。
しかしレヴィスはそれ以上何も話さず、結局その日はお開きとなった。
……それからの二週間。
卒業試験開始の朝をレヴィスとフロートは試験対策の打ち合わせを一度も行なう事なく迎えていた。
いや、正確には打ち合わせをしようとフロートは彼が身を寄せているラマの家まで何度か足を運んでいたのだが、レヴィス本人とは一度も会えなかったのである。……この二週間でフロートが得たのは彼の妹であるクレアと仲良くなった事くらいだ。
クレアはレヴィスとは真逆で明るく人懐っこい性格だった。綺麗な金色の髪に澄んだ碧い眼、今でも可愛らしい風貌だが、数年もすれば更に人目を引く少女になるだろう。またいつもにこにこしていて元気がよく、人見知りもしない。初めてクレアと会った時に、本当にこの子は彼の妹なのだろうか。なんて少し失礼な事をフロートが思ったのは言うまでもない。
そしてクレアは体質も兄とは真逆だった。魔力や法力は人並み以下だがスタミナがあって戦士向き。現在はアカデミーの戦士コースでナイフ使いを目指しているという。何でも幼馴染が術士コースに在籍しており、将来はその子と組んで冒険をしたいと考え、それもあって戦士コースを選択したそうだ。
「兄さんは体力がないんで、足を引っ張るかもしれませんが宜しくお願いしますね!」
試験前日、申し訳なさそうにしながら頭を下げてきた少女に対し、この子は実兄の事で苦労しているのかもしれないなあ……と少し不憫に思いながら見ていた。
講堂に集まった卒業試験に挑む学生達が雑多に会話を交わす中でフロートはため息をつく。自分のパートナーはまだ姿を見せない。
……まさかボイコットじゃないでしょうね――と思い始めた集合時間ギリギリ、ようやくレヴィスはやって来た。
「悪い、遅くなった」
「……おはよう。まだ開始の合図前だし大丈夫よ」
短い言葉ではあったが謝罪を述べたレヴィスの態度に、フロートが溜飲を飲み込み微笑んだところで、舞台上に術士コースの主任であるマグルスが現れた。
騒いでいた学生達は口を閉じ、舞台に向き直ってじっとその言葉を待つ中、設置された教壇の前に立ったマグルスは咳払いをひとつしてから口を開いた。
「これから卒業試験という事で皆緊張しているとは思いますが……これまで学んだ事や身につけた技術を存分に発揮すれば必ず合格出来ます。各々悔いが残らないように……ここにいる全員が無事に卒業出来るように信じています」
緊張を隠せない学生達の視線を受けながら、全員の顔を確かめるようにマグルスは見回して柔らかい笑みを浮かべる。
「それぞれに与えられた課題の期限は三ヶ月です。それまでに課題をクリアしてアカデミーに戻って来る事。各ペア毎に支給アイテムと旅の資金を用意していますので入口前の配布スペースで受け取って下さい。……それではこれより、今年度の卒業試験を開始します!」
マグルスの開始宣言と同時に学生達はそれぞれ入口に向かって動き出し……その流れの中、フロートは横にいる青年へ視線を移す。
「……頑張ろうね」
人の波の中でフロートはレヴィスに小さく声をかけたが、彼の耳には届かなかったのか返事はなく。ただ真っ直ぐ正面を見ていただけだった。
「……さてと。それじゃどこから回ろうか……」
講堂を出たフロートはアカデミーの正門前で世界地図を広げる。割り当てられた探索する遺跡は全部で五つ。現在いる中央大陸ロアドナに二つ、広大な土地を有するイェルーダ大陸に一つ、万年氷河のペルティガ大陸に一つ、神聖国家ユバル大陸に一つ。全大陸とまではいかないにせよ各大陸を回っていかなければならなかった。
それに対してレヴィスは自分の地図を取り出してそれを眺めた後、顔を上げずに口を開く。
「近場は後回しにして先に遠くから潰した方がいいんじゃないか。アカデミーに戻って来るのを考えたらその方がいいだろ」
「そうね。だったら……イェルーダ、ペルティガ、ユバルの順がいいかしら。イェルーダに向かう途中にロアドナの遺跡が一つあるし……そっち回ってから別大陸に行くのはどう?」
「それでいい」
フロートの提案をあっさりと了承したレヴィスは手早く地図をしまってスタスタと歩き出す。その後を慌てて追いかけ、フロートは横に並んでから青年を軽く睨む。
「一応、三ヶ月はペアを組むんだから……仲良くしない?」
「三ヶ月だけ、な」
こちらを見ようとせず、ぶっきらぼうに呟かれた言葉を聞いたフロートは流石にムッとした表情を浮かべる。
……ボッカは彼の事を『人見知りのビビリ』と言っていたけれど、本当は単純に人嫌いなだけなんじゃないだろうか。なんて思ってしまうのは自分の器量が狭いから……だけでは決してない、とフロートは思っていた。
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